王宮メイドは元聖女

新人メイドたちの日々

ep2

　「あの、侍女長！」

　アリシアが昼休憩前に思い切って声をかけると、不思議そうに侍女長が振り返った。

　「なんでしょうか？」

　「あの、スカートの中に大剣って…どうやって…？」

　侍女長は肩をすくめた。

　「ああ、それですか。あれはみんなを驚かせるためにしている手品のようなもので、私も大剣を扱えるわけではありませんよ」

　「でも、どうやってしまい込んでいるのですか？」

　「魔法鞄、知っていますか？」

　侍女長の問いかけにアリシアがこくんと頷くと、侍女長は少しスカートの端を持ち上げ、太腿に巻いていたベルト付きのポーチのようなものをずらして下ろし、見える程度の位置にした。
　ポーチの口が普通のものと違うのは、斜め下を向いていることだろう。
　通常であれば上を向いているが、魔法鞄であれば下を向けても物が勝手に落ちてくるという心配はないのであながち間違ってはいない。

　「ここから大剣を引っ張り出して、そしてスカートの中にしまっていたように見せていただけです。あなたたちのような新入りをからかうためのネタ、ですので」

　そう言った後、侍女長は少しおかしそうに声を弾ませた。

　「まあ、あなたのように聞きに来る人はなかなかいませんけどね」

　アリシアが頬を朱に染めて俯くと、侍女長はポンッとアリシアの肩に手を乗せ、微笑んだ。

　「わからないことは積極的に先輩に聞きなさい。もちろん、私でも構いません。同期同士で話し合ってもわからないことは中々解決しません。最初のうちは必ず古株の先輩に尋ねるように」

　「はい」

　アリシアが大きく頷くと、侍女長は満足そうに微笑んだ。

　「よろしい。――さて、あなたも昼食を食べてしまいなさい。食べられるうちに食べてしまわないとお腹が空いてしまうから」

　「はい！」

　アリシアは大きく頷くと、早足で使用人用の食堂へ向かっていったアリシアを見送り、侍女長はふと、やってきた執事長を振り返った。

　「あら、どうかなさいましたか？」

　「いえ、アリシアさんにお願いがあってきたのですけれど、少し遅かったようで」

　「お願い？」

　怪訝そうな顔をした侍女長に、執事長は少し固い笑みを浮かべた。

　「ええ、いや、他に一緒に入った二人には許可を取ったのですが、彼女には会えなかったのでね」

　「…もしかして、歓迎会の、アレ？」

　「はい。マリアンヌ様の無茶ぶりに付き合ってもらうアレです」

　侍女長は深くため息を漏らした。

　「…ああ、アレ。でも、聖女様は正教会が行う信者への感謝を示す夜会で踊れていたようだし、大丈夫なのではないかしら？　…許可を取った方がいいのは事実だけど」

　「そうですよね。マリアンヌ様も余計なお世話と言うか…老婆心と言うか…いえ、老婆ではないですけど、とにかく、お節介なアレで三人とも耐えられればいいのですが…」

　執事長はこめかみを擦った。

　「この前に問題を起こしてやめさせた侍女のうち、一人はストーカーと化していましたからね。マリアンヌ様のお節介程度だったはずなのに、…ですよ？　まあ、その逆もまたしかりなので注意が必要ですが…」

　「やめさせようにも、効果がないわけではないのでやめさせられませんし、姫様の喜んだ顔が可愛いからやめさせられませんし…困ったものです」

　侍女長はそう言うと、執事長はやれやれと首を横に振った。

　「私はとりあえず、食堂に行ってアリシアさんにもお伝えしてきますので、夜会用のドレスを三人分、用意してあげてくださいね。――侍女が王家のパーティで侍女としてドレスを着るのは最初で最後ですから」

　「そうですね。仕事が始まってしまえば、貴族の嫁になるくらいしかパーティでドレスを着る機会なんてありませんからね」

　執事長が頷いて去っていったあと、侍女長は太腿のベルトの位置をさっさと調整し、襟を整え直してから三人のドレスやヘアメイクなどの支度をするため、そのヘアメイクの担当やドレスの着付けの担当を呼びに歩き出したのだった。