王宮メイドは元聖女

夜風 りん

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星獣と元聖女

ep4

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 一角獣が駆けだすと、グレイズがすかさずマリアンヌの前に進み出て、その角を背丈ほどもある巨大な剣で受け止めた。

 「姫を守るのが我がつとめ。ここは通さぬ」

 グレイズが獰猛な笑みを浮かべるも、一角獣は鼻で笑い飛ばした。

 「やりおるな、人間。しかしながら、いつまで耐えられるかな? わが角を人間ごときで阻めると本気で思っているのか?」

 「いや、一人ではないからな」

 グレイズがそう言いのけた直後、グレイズの背を踏み台にハインツが勢いよく飛び上がり、短剣を振り下ろした。
 しかし、その刃は強靭な皮膚に阻まれ、その反動でハインツが軽々と吹き飛んだが、空中で身をひねってしなやかに着地した。

 「うへぇ、オッサン、こりゃあ硬てぇよ」

 短剣を左手に持ち替え、右手をパッパと払う仕草をした彼は、グレイズを振り払って駆けてきた一角獣を闘牛士のように鮮やかな身こなしでかわした。
 そして、すれ違いざまに角を掴んで反動をつけ、その裸馬状態の一角獣に跨ってしがみついた。

 「貴様、離せ!!」

 雷鳴のような嘶きと、「め~が~ま~わ~る~ぅ」と声を上げるハインツの不毛なやり取りにマリアンヌは呆れつつ、マリアンヌが素早く唱えた火の玉を放つ低級魔法で攻めたのだが、その火の玉を防ぐためにハインツを盾にするように突き出した一角獣の行動で彼女の作った火の玉は空中分解してしまった。
 投げ出されたハインツが猫のようにしなやかな着地をし、脳をシェイクされたことによる酔いでフラフラしながらマリアンヌに歩み寄った。

 「姫、何をやっちゃっているんですか。俺ごとやらないでどうするんです?」

 「うっ、でも…」

 視線を揺らして俯いたマリアンヌにハインツが困り半分、呆れ半分の顔をして肩をすくめる。
 そんな二人を見ながら、アリシアは一歩進み出た。

 「ルピルは私にお任せください」

 「アリシア様…」

 グレイズが一角獣と再び剣を交えて引き留めている様子を見ながらアリシアはマリアンヌに微笑んだ。

 「一度、試練で宥めた時は一人だったんです。でも、今は背中を預けられる人がいるのですから、とても幸せなことですよ。最初に宥めた時は、片手を角で突き破らせて受け止めて、強引に引き留めて鎮めたものです。でも、今はそんなことをしなくてもいいのですし」

 そう告げると胸の前で手を握り合わせ、アリシアは目を閉じて歌い始めた。

 ハインツが顔を綻ばせた。
 「へぇ、さすが聖女様、って感じの綺麗な声ですねぇ」

 マリアンヌはちょっと口を尖らせると、小さな声でぼやいた。

 「…ええ、そうね」

 「姫さん、なんで不機嫌そうなんです?」

 プイッとそっぽを向いたマリアンヌはグレイズが振り返ったのでハッと我に返り、小走りに駆け出して完全に動きを止めた一角獣の顔を包み込むように触れ、目と目を合わせた。

 「我が名において命ずる。――我に従え」

 マリアンヌの瞳に再び紫の虹彩が走った直後、一角獣の瞳が揺れて光が消え、虚ろな光が灯った。
 グレイズはにっこりと笑ってマリアンヌを振り返った。

 「姫様、力が抜けてきました。暗示が効き始めたようです」

 しかし、それもつかの間。再び光が戻り、その瞳が赤く染まった。


 「温い。温いぞ、人間!!」


 グレイズは剣で衝撃を受け止めたが、剣の面を突き出した体制のまま2メートル以上下がった。
 そして、衝撃をもろに受けたマリアンヌが弾き飛ばされ、地面に二度叩きつけられるように弾んで転がった。

 「マリアンヌ様!」「姫さん!」

 アリシアは歌を中断して叫び、ハインツが勢いよく駆けだしてマリアンヌを抱き起した。
 額から血を流し、ぐったりとしているマリアンヌがゆっくりと目を開けると、曖昧に微笑んだ。

 「情けないわね、ハインツ。ちょっと幻術を掛けそこなっただけじゃないの。それでしっぺ返しを食らっただけなんだから、そんな顔をしないで」

 「ッ…」

 アリシアは唇を真一文字に結んでいるハインツの横にしゃがみ込むと、そっとマリアンヌの額に左手を乗せた。
 ふわりと淡い光があふれ、マリアンヌの顔色が元に戻り、流血もおさまっていった。

 「ありがとう、アリシア様」

 マリアンヌがハインツの手を借りてゆっくりと立ち上がった。グレイズが一角獣に押されている様子を見ながら、アリシアは髪の毛を解くとカチューシャを付け直し、両足を開いて踏ん張るように立った。

 「ルピル、もう、容赦してあげないですよ」

 そう告げると、アリシアは指を打ち鳴らした。その直後、結界が弾けて消える。


 「創世なる風よ、我に仇なす敵を討て。我が腕は汝が牙、我が心は汝が炎となりて冥府の扉をこじ開けん。始祖なる母よ。我に力を貸し与えたまえ。――――世界の守り手、始祖龍シャルフィーリア・ドゥ・ダーヴィス!」


 足元に白い光が舞い踊り、その光が羽となって風に乗り広がっていく。
 やがて、その光が一本の線を紡ぎはじめ、その光の線は魔法陣を紡ぎあげていく。

 しかし、不意に後ろから腰に腕を回され、目元が手で覆い隠された。

 『それ以上はダメだよ、アリシア・コーシカ』

 アリシアはがくんと膝から崩れるようにへたり込み、その人物に抱き留められた。光が消え、一角獣に刺さっていた黒い矢も消滅して赤く染まっていた瞳が元の茶色い瞳に戻った。
 黒いコートのフードを目深にかぶった男がパチンと指を打ち鳴らすと、ブルッと鼻を鳴らし、彼は剣を下ろしたグレイズを不思議そうに見つめた後、アリシアを抱き留める人物を見て目をきりりと鋭く尖らせる。


 「ぬおぉ! 姐さんから離れろぉ!!」


 勢いよく駆けだす一角獣にその男はアリシアの髪を一束掬い上げ、首筋に口づけを落とした。

 『青には内緒だ』

 その瞬間、アリシアの顔がボンッと真っ赤になり、口をわなわなと震わせた。
 「な、なっ…」

 言葉が出ないアリシアに代わってマリアンヌが半ば透き通って消えかけている人物を睨みつけ、尋ねた。

 「あなたは何なの? 兄さまの知り合い?」

 『さて、どうだか…な。だが、聖女殿の友人に余計なことをしてしまったことだけは謝るよ――――』

 完全にその人物が消えた後、その幻影が残っていた場所に突っ込んだルピルは角を振り回してその場で暴れたが、砂ぼこりが巻き起こっただけだった。
 その砂ぼこりでアリシアがむせかえる。

 「わあぁ、姐さん、すんません!!」

 慌てて謝ったルピルにアリシアは首を横に振った。

 「気分はどうですか?」

 「なんか、超えらそーな口をきいてすんません! 勝手に口が動いたというか、暗示を掛けられてから記憶がないっていうか、なんか、記憶も曖昧なんすよぉ」

 アリシアはホッと胸を撫で下ろした時、龍騎士たちと、彼らと一緒にシリウスとその騎士が駆けてきた。

 「マリアンヌ、アリシアさん、大丈夫かい?」

 マリアンヌがその瞬間、仁王立ちした。

 「星獣を唆したかと思ったら、黒い矢を撃ちこんだのも兄さまですか!?」

 「黒い矢? 言っている意味がよくわからないんだが、黒い矢って何だい?」

 本当に困惑したような顔をしているシリウスに、マリアンヌはムスッと頬を膨らませる。

 「その星獣に撃ち込んだ黒い矢ですわ」

 「ふっふっふ、よくぞ気が付いたな。――なんて、言うわけないだろう? 龍騎士たちに止められたせいで近づくのに手間取ったのに、なんで星獣に矢なんて放たなきゃいけないんだ?」

 シリウスは呆れ顔をすると、アリシアは戸惑ったように小首を傾げた。

 「じゃあ、あれは…誰だったのでしょうかね…?」

 そう言った後、首筋に思わず手をやって顔を真っ赤にしたアリシアに、シリウスが額に手を乗せて遠い目をした。

 「…デジャヴを感じるのは気のせいだろうか。…な」

 首を横に振ったシリウスは深くため息を漏らしてルピルに声を掛けた。

 「ルピル、外傷はなさそうだね? でも、暗示に二度もかけられて少し魔術が残っている、か。望みは薄いが、辿ってみるとするかな」

 シリウスがのんきにそういうと、マリアンヌはシリウスの頬をつまんだ。

 「に、い、さ、ま。アリシア様に先に言うことはないのですか?」

 「ふぁ、ふぁひ…」

 返事をしたシリウスは頬を擦りながら勢いに押されつつ、静かに頭を下げた。

 「試すようなことをして悪かった。申し訳ない」

 「私の居場所はここですよ、シリウス様。新聖女様がいらっしゃるのに、戻るわけがないですし…あの、そんな大掛かりなことをしてくださらなくても、恐れながら、…言葉で聞いてくれればいいのではないでしょうか…?」

 アリシアの問いかけに、シリウスは頭を上げて苦笑した。
 「…そう、なんだけど」

 「兄さまは昔からそうなのですわ、アリシア様。要するに、暇なのでしょう」

 マリアンヌにバッサリと言われ、シリウスが苦笑を深める。

 「我が妹ながら強くなったね」

 「おかげさま、ですわよ、兄さま。――さて、兄さまは引き続き黒い矢の方を辿っていただくとして、アリシア様はお仕事に戻っても大丈夫ですよ。兄さまは暇、なのでしょう?」

 「暇じゃないけど…」

 「仕事中毒過ぎて仕事が早すぎて、早く終わりすぎて手持ち無沙汰になるから暇、なのですわよね。知っていますわよ。今日の場合は効率的な軍事演習と、アリシア様のことをまとめて片付けるために効率的に片づけて、次の仕事が舞い込んで暇つぶしができるから喜んでいらっしゃるものね?」

 皮肉気な物言いにシリウスが顔をひきつらせた。

 「怒っているのかい、マリアンヌ?」

 「もちろんですわ」

 そんな兄妹の様子を見ながら、アリシアはクスッと笑った。

 「仲がいいんですね」

 「ええ、まあね」

 マリアンヌは肩をすくめたが、ちょっとだけ気の抜けた笑みを浮かべていた。

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