王宮メイドは元聖女

夜風 りん

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星獣と元聖女

ep5

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 キャンプに戻ると、マリアンヌの残りの5人の騎士たちが出迎えた。

 「おかえりなさいませ、マリアンヌ様、そしてアリシア様も」

 マリアンヌよりも年下のような風貌の少女がにっこりと微笑むと、マリアンヌはその少女の頭を撫でた。
 「ただいま、ネイラ。こっちの方はどう?」

 「一度だけ魔物の群れが襲ってきましたけど、ギュスターヴさんが助けてくれました。一人で全滅させちゃって、やっぱりすごいですねぇ」

 「そう。ギュスターヴもありがとう」

 ギュスターヴは一礼しただけだったが、マリアンヌは優しく微笑んだ。

 「異常はなかったかしら?」

 その問いかけに対して彼は訥々と告げた。

 「ええ。ただ、不審な男を見かけまして、職務質問をしたところ逃げられまして。前線の方に逃げ遂せられてしまいまして…」

 「不審者って兄さま?」

 「いえ、シリウス様ではなく黒いフードの…おそらく男だとは思います。それと、シリウス様は騎士たちに危ないから行くなと止められていましたし、シリウス様は目立つ容姿ですのですぐにわかりますので不審人物ではないですよ」

 「そう。セルヴォ、あなたは何か感じなかった? 魔力変化に敏感なあなたなら何か異常を検知したりしなかったかしら?」

 セルヴォが一礼して進み出ると告げた。

 「強いて言うなら、不審人物がそちらに向かった折、強力な聖龍反応が出ています」

 マリアンヌは小首を傾げた。

 「聖龍反応って確か…聖龍が干渉した時に現れる波長、よね? 兄さま――の波長は見慣れているはずだし、聖龍反応って別の龍よね? どの龍かわかる?」

 「いえ、見たこともない波長でしたし、シリウス様の波長はすぐにわかりますが、それとはまったく違う波長でして、…聖龍の転生者が術を使っただけで波長は現れるのですが、シリウス様が己の持つ属性以外の呪文を放った時並みに乱れた波長でした」

 「そう、ありがとう」

 マリアンヌがアリシアを振り返ると、そのアリシアの周りを一角獣ルピルがウロウロしながら顔を覗き込む仕草をしていた。

 「姐さん~、大丈夫か? あいつにされたこと、気にしすぎていないか?」

 「ルピル、くすぐったい」

 アリシアがルピルの鼻づらを押しやると、ルピルは蹄を打ち鳴らしてアリシアの鼻をくすぐっている鬣を払うように身を震わせた。

 「姐さん、俺様が姐さんを守ってやるから安心してくれよ」

 「でも、新しい聖女様の星獣でしょう?」

 「まだ違うっすよ。だって、呼ばれたこともないし、教会の体制も教皇を立てて従来の教会に戻そうとする教皇派と異世界召喚を奇跡の御業として聖女を無理に立てようとする聖女派、そして、それらを認めず今までの通り、彼らを顔として始祖龍に祈りを捧げていればいいっていう祈祷派の派閥争いに発展しているって、精霊たちまでざわついている始末っすから」

 「精霊が…」


 精霊とは、妖精とは違って実体のない思念体とも呼ばれる意識の集合であり、生まれては消え、生まれては消えていく雪のようにふんわりとした魔力の素『魔素』の塊である。
 すべての命の循環を司る、世界を作る者と言っても過言ではない存在であり、普通の人間には見えない特別なものである。
 召喚獣や野生の龍などは精霊と対話ができると言われており、聖女としての力を持つアリシアもまた、特別な召喚獣たる星獣と契約を交わしたことで力を使うことにより精霊を認知し、言葉を交わすことができるようになる。


 「精霊は噂好きでミーハー、興味を持ったものにはとことん煩い。けど、政治とか人の営みには全く興味を示さないものでしたよね? けど、今回の教会内部の瓦解は精霊たちの噂にも上がるくらいやばいです」

 アリシアは困った顔をした。

 「でも、部外者の私が口出ししていいことではないし…」

 「そもそも、姐さんの偉大さに気が付かなかった教会も教会っすよ。姐さんが教皇とうまく渡り合えていたし、祈祷派も唸るほどの熱心さがありましたし、ガタガタになっていた教会統合の糸だったのに、このザマっすよ? それにウィノンやクア=ドルガといったこの国の主要都市は海に近いせいか、青の聖龍信者が多いみたいですし教会の威光も低いってこと、わかっているのかわかっていないのか」

 ルピルは胸を張った。

 「つまり、姐さんのすごさに、教会はひれ伏せばいいってことですよ!」

 どや顔のルピルにマリアンヌがくすっと笑った。

 「いい子分を持ったわね、アリシア様」

 慌てふためいているアリシアに、ルピルはマリアンヌにもどや顔を向けた。

 「姐さんと契約した日から、姐さんが死ぬまで一生ついて行くって決めたんだ。当然だろう!」

 そして、マリアンヌの傍に佇む巨漢騎士、グレイズを振り返った。

 「あんた、いい腕だな。星獣の攻撃を生身で受け止められるなんて、姫騎士ってやっぱりすげぇなぁ」

 急に褒められたグレイズにハインツがからかうように言った。

 「オッサン、よかったな。星獣に褒められちまって」

 ハインツがケラケラ笑うが、髪をアップに束ねた女騎士に胸ぐらをつかまれて動きを止めた。

 「貴様は姫に血を流させておいて、その反省をしていろ」

 「うっ…」

 ハインツが声を詰まらせると、マリアンヌが額に残った血糊を拭った。

 「アルテシア、これは私が油断したせいだから気にしないでちょうだい。ハインツは悪くないのよ。ちょっと暗示をかけ損ねて、ぶっ飛ばされただけだから」

 「しかし、マリアンヌ様の玉体に傷などつけては――」

 「じゃあ、お嫁に行けないような怪我をしたら、その時は責任を取ってもらおうかしら、…なんてね」

 そう言ってハインツに冗談交じりの笑みを向けた。

 「ふふっ、冗談よ。結婚なんて次期女王である私は自由なんてないんだから。――慣習法で女性王家なんて法律がなければ、私は兄さまみたいに誰か好きな人を一人選べたのかしら、なんてね」

 「姫は別嬪だから大丈夫ですって」

 のんきに返すハインツにネイラとアルテシアの冷たい視線が突き刺さった。

 「ギュスターヴは女子に対する見方がスケベだが、お前は空気が読めていない男だな」

 ギュスターヴが苦い顔をした。
 「おい…」

 「空気が読めていないハインツは乙女心を何だと思っているんですかね?」

 ハインツが女子二人の威圧感に顔をひきつらせた。

 「ネイラちゃん、怖い顔をしないでくれるか? それと、アルテシア。くるしいんだけど?」

 マリアンヌはパンパンと手を叩いた。


 「はい、そこまで。さあ、帰るわよ」


 騎士たちが慌てて姿勢を正し、一糸乱れぬ礼をすると、マリアンヌはアリシアを振り返った。

 「ルピルに関してだけど、…帰る気はなさそうだし、しばらく他の馬たちと一緒にいてもらいましょうか。召喚状態ではないなら魔力切れだから強制帰還なんてこともないでしょうし」

 「よっしゃぁ! さすが姫様! 女の中の女だぜ!」

 嬉しそうにはしゃぐルピルを見ながらアリシアとマリアンヌは顔を見合わせると、クスッと笑った。



     ☆



 「いやいや、姫様。こりゃあないぜ」


 ルピルは護衛士たちが保有する馬たちを入れておく厩に入れられ、その頭を並べながらごく普通の馬たちと同じようにご飯が与えられて泣きそうな顔をしていた。

 「俺様、星獣だぜ? なのに、この馬扱いかよぉ…」

 干し草をはむはむと食んでみたが、ペッペと吐き出してシュンと落ち込んでいた。

 「俺様は別に聖水一つで十分なんだが…干し草はダメだな」

 隅っこに頭を押し付けて沈み込んでいるルピルだったが、アリシアの声で勢いよく振り返った。


 「ルピル、ご飯を持ってきましたよ!」


 「姐さん、一生ついて行くっす!!」

 アリシアが持ってきたバケツ一杯分の液体を見てホッと息を吐いた。
 「さすがっす、姐さん。聖水の濃度も完璧ですわ」

 「元修道女、ですから。聖水はよく作りましたし。――さあ、どうぞ」

 「うひょぉ!」



 ルピルの忠誠が+3された。なつき度が+5された。ルピルは満腹になった。

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