王宮メイドは元聖女

夜風 りん

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女王の帰還

閑話 ネズミ二匹

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 女王アリューゼはグレイズの報告を聞きながら顔を曇らせていた。

 「困ったわね。…すでにネズミが入り込んでいるなんて。――で、どこの国のネズミかしら?」

 「それが、兵士の話では『水夫のくせに船酔いしている人がいたような気がする』とのことでしたので、陛下の船に…」

 「そう。…でも、気がするってどういうこと?」

 「それが…――認知阻害の魔法を使っていたということでしたので、その水夫の顔を一切覚えていないようです。陛下にお相手を連れてくると言いながら朝から聖堂の方でイチャイチャしているシリウス殿下のお邪魔をするわけにも参りませんし、マリアンヌ様にもこれ以上の心労は…」

 「っていうか、騎士団に任せちゃいなさいよ。あの子たちは確かに優秀だけど、この国の王子と姫なのよ? なんであの子たちに任せようとするわけ?」

 グレイズは緩々と首を振った。

 「おそらく、騎士団の甘えでしょうな。お二人とも仕事が早いですし」

 「…私が鞭を手に取らなければ働かないのかしら?」

 「陛下のお手を煩わせるほどではありません。しかしながら、ネズミは城内にいると報告もありますので、重々お気を付けください」

 「私にも騎士がいるから大丈夫よ。それより、ご苦労様。マリアンヌも優秀な騎士を持ったわね」

 「光栄の至りです」

 深々とお辞儀をしたグレイズが玉座の間を後にすると、アリューゼは深くため息を漏らした。

 「なんだか嫌な予感がしてきたわ」

 その時、グレイズと入れ替わりで駆け込んできた騎士の一人が片膝をつく騎士の最敬礼をして告げた。


 「ご報告申し上げます! テレン海洋国連邦の現首長サラブ様より、連邦国の一つ、リュニッカの王子が――」


 アリューゼはこめかみを擦りながら立ち上がり、その騎士の言葉を遮りながら命じた。

 「この城内に紛れ込んだリュニッカの王子を全力で探しなさい! 彼は相当の魔法の使い手よ。なるべく穏便に済ませて、無理なようなら手段は問いません。ただし、殺さぬように!」

 控えていた騎士たちが一斉に跪き、「は!」と返事をした後、散り散りになっていった。
 伝令役も去った後、にわかに慌ただしくなる城内の声を聞きながらアリューゼは前髪を掻きあげた。

 「ったく、あの王子は何がしたいのよ?」

 そう罵って、アリューゼは玉座の横に設置されている呼び鈴を鳴らすと、音もなく老齢の騎士が現れた。

 「お呼びと伺い参上いたしました。――いかがなさいましたか、アリューゼ様?」

 「シリウスたちを呼んできてくれる? カップルで甘い時間を過ごしているみたいだけど、さっさと挨拶を済ませて、シリウスの大切な人を帰らせてあげなければ。ドタバタが本格化する前に」

 「侍女たちにお目通しはなさらないのですか?」

 「爺や。それはこの騒ぎが終わってからよ」

 「承知しました」

 恭しく頭を下げた老騎士が一瞬で消えると、アリューゼは玉座に深く腰掛けた。

 「…ん? でも、マリアンヌのこと嫌っていたのに何で来たのかしら?」

 小首を傾げたアリューゼは、緩々と首を横に振った。

 「あー、もうっ、前線に出たい。すごく探したい…。報告を待つの、退屈…」

 用を足して夫が戻ってくるまでずっとアリューゼはそんな文句をぼやいていた。



     ☆



 ハインツは騒がしくなった城内の騒ぎで目を覚まし、小さく欠伸をした。

 「非番だっていうのに、なんだよ…」

 マリアンヌの騎士だからと言って、毎日貼りついているわけもなく、交代制で今日はゆっくりと休もうと思っていた彼はゆっくりと体を起こした。
 だが、カーテンが揺れていることに気が付いて寒さにぶるりと身を震わせたとき、窓枠に一人の青年が座っているのを見て目を見開いた。

 「ッ、お前…!」

 「やあ、ハインツ。国を持たない節操なし――とでも呼ぼうか?」

 「うるさい。お前たちとは縁を切っただろうが」

 ハインツと同じ濃紺の髪の毛を垂髪にまとめ、金の瞳を持つその青年はのんびりと笑みを浮かべた。

 「それは、お前の姫様が縁談を受けるから、だろう?」

 「くっ…」

 「お前がフィラディルシアへ二重スパイとして入っていなければ、姫に出会っていなければこんなことにならなかったのになぁ?」

 ハインツが顔をしかめると、青年はクスクスと笑った。

 「まあ、僕はあの女が大嫌いだから、あの女のことなんてどうだっていいんだけどさ」

 ハインツがギュッと握り拳を固めた。

 「あの方の悪口を言うな」

 「怒らないでよ、ハインツ。別に僕は僕のためにこっちに来たわけじゃないんだから」

 「…そういえば、なぜ、ここに?」

 「うちの廃嫡して旅芸人なんてやっている兄貴が久しぶりに戻ってきたんだけどさ、その兄貴がいきなりエメル国に行きたいなんて言い出して。で、面白そうだから僕もついてきたってわけ。兄貴はカモフラージュの魔法とか、認知阻害魔法とか、いろいろ知っているから」

 ハインツは唇を噛みしめた。

 「なぜ、こっちに?」

 「ドブネズミ風情がまだ騎士ごっこなんてしているのかと思ったらばかばかしくて、からかいに来たんだよ。どうせ、僕も第三王子だからって、政略結婚に利用されて終わるくらいなら、たっぷりと遊んだほうがいいじゃん?」

 「マリアンヌ様に手を出したらいくら元飼い主であっても殺すぞ…」

 低いトーンで返したハインツの顔を見ながら、青年はくすりと笑った。

 「そうなったら、お前の首もなくなるけどね? けど、安いもんか。騎士の首一つで姫君が自由になるっていうなら」

 ハインツは顔を背けると、青年はトンっと立ち上がった。

 「まあ、早い話、お前が死んでしまえばよかったってことさ。情けなく姫に手を差し伸べられることで生きる喜びを知ってしまったみたいだけど、お前らの一族は結局、死んだも同然の負け犬だ」

 「うるさい」

 「さて、と。兄貴を探して帰るとしようかな。元飼い犬の面白い顔を見たことだし」

 青年が窓から飛び降り、魔法でゆるやかに着地したのを見た後、ハインツは窓を閉めると急いで騎士の制服を手に取った。

 「くそっ、最悪だ…」

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