王宮メイドは元聖女

夜風 りん

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女王の帰還

ep3

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 「おはよー、アリー。昨日の件、大丈夫だった?」

 アリシアはキョトンとしたが、ノリアの心配そうな顔を見てニッコリと笑った。

 「はい、なんとか」

 そして、ノリアの腰に視線を落としてホッと息を吐く。

 「ノリアの方は大丈夫そうですね」

 「うん、なんとか。カンナが腰を抜かした時は休めって頑張ってくれたから」

 「それはよかったです。カンナもありがとうございます」

 「気にしなくていいよ。でも、アリー、無理だけはしちゃだめだよ?」

 「はい!」

 アリシアは顔を綻ばせると、ふと、仕事始めの間もなくだというのに城内が慌ただしいことに気が付いて不思議そうに小首を傾げた。

 「昨日の今日だというのに、騒がしいね」

 カンナが不安そうな顔をしたので、アリシアもこくんと頷くと、ふと、濃紺の長い髪の毛を後ろで束ね、垂髪にしている身なりのよさそうな青年がやってきた。

 「あの、何が起こっているのでしょうか?」

 カンナが騎士だと思ったのかそう尋ねると、彼はにこりと感じのいい笑みを浮かべてカンナに歩み寄り、そっと顎の下に手を当てて不敵な笑みを浮かべた。

 「やあ、子猫ちゃん。ちょっと聞いてもいいかな?」

 「あ?」

 その瞬間、カンナがものすごく嫌そうな顔をして凄んだ。

 「へ?」

 目を点にした彼が驚いて瞬いていると、勢い良く手を振り払われてその手を逆につかまれ、カンナは背を向けながら腕を掴んだままダンスでも踊るように背中から身を寄せた。
 そして、カンナの背と青年の腹が触れた直後、その青年の足がふわりと浮かび上がる。
 入れ替わりのようにカンナが腰を低く落とすと、あっさりと青年の体が投げ飛ばされた。

 「え?」

 まるで魔法のような鮮やかさで彼は地面へと吸い込まれるように落ちていき、受け身を取る間もなく大の字で地面にたたきつけられた。
 かなり痛そうな、派手な音がした。

 「ぷぎゃん」

 それと同時に、蛙が踏まれたような変な声が青年の喉から出た。

 だが、カンナの反撃は止まらない。
 鎖骨部分をガンっと踏みつけると、恍惚とした表情を浮かべながら甲高い笑い声を立てた。


 「オーホッホッホ! わたくしに許可なく触れようとはいい度胸ですこと。うふふ、そう、踏んでほしいのね? 仕方がないわね」


 そして、様変わりしたような表情でギリギリと踏みつける。

 「カンナ…?」

 ノリアが恐る恐る尋ねると、カンナは我に返ったようにハッと顔を赤くし、慌てて足をどけて飛びのいた。そして両手で顔を覆う。

 「ううっ、ダメだ。また癖でやってしまった」

 「カンナ、どうしたんですか?」

 「…ごめん、変なところを見せて。学生時代の彼が変な奴で、踏みつけると喜ぶタイプの変態で、ね。普段はいい人だったし、嫌いじゃなかったんだけど、性癖が…問題ある人っぽくて、貴族令嬢っぽく甲高く笑いながら踏みつけられるとすごい喜ぶというか…なんというか」

 ノリアが遠い目をした。

 「苦労しているんだね、カンナ。でも、どうしちゃったの?」

 「彼が、プレイのためにって、護身術を教えてきたの。で、投げ飛ばしてから踏みつけるとすごい喜んで…でも、それをお父様に見られて、『うちの娘になにをさせているんだ!』って大激怒。別れさせられたけど」

 「カンナ…」

 「ううん、別れてよかったと思っていたんだよ。だって…踏みつけるの、――すごい、楽しくなっちゃって。これ以上はまずかったし…」

 「カンナ!?」

 ノリアがぶんぶんと何度も首を横に振った。

 「そっちは行っちゃいけない領域だよ!? カンナはクールビューティ―な姐御感で振る舞ってくれている方がいいよ!?」

 アリシアは同意して何度も頷く。

 「いつものカンナが一番素敵です! そっちに行かないでください!」

 しかし、ガシッと足を掴まれてカンナが身を強張らせると、先ほどの青年がよろよろと体を起こしながらカンナの足を掴んでいた。

 「あの、もう一回…」

 恍惚とした表情を浮かべている彼を見た瞬間、三人はゾワッと震え、カンナが手を振り払わせると、顔を見合わせた三人がダッシュで逃げる。

 「いやー! 無理!」

 ノリアが涙目でそう叫ぶと、カンナも、

 「いやあああ、追いかけてこないでぇ!」

 そう叫んだ。
 アリシアは真顔で「性格矯正が必要ですよね」と呟いていたが、二人の絶叫に掻き消える。

 三人が角を曲がった直後、アリシアが勢いよく誰かに衝突し、顔面を胸板に叩きつけられることとなった。

 「ふぼっ」

 「おぉ、すまん。お嬢さん、怪我はないかね?」

 そこにいたのは先ほどの青年とどことなく顔立ちが似ている男。だが、背丈はずっと高く、そして、何より浅黒い肌で髪の毛は短く刈り込まれていた。

 「だ、大丈夫、れす…」

 アリシアがフラフラと離れてそう返すと、その男はにいっと白い歯を見せて笑った。

 「そりゃあよかった。うちのもやしっ子みたいな男を探しておるんだが、知らんかい? いかにも『腹黒!』って顔をしているんだが」

 「それなら、あっちに…」

 ノリアが曲がり角の先を示すと、男はケラケラと笑った。

 「おぅ、そうか。あれを回収したら帰るけん、安心せいよ?」

 「…えっと?」

 「ちょっと青を驚かしに来ただけなんよ。でも、うちのもやしっ子がどっかに消えてさて困ったって、思っておったんだが」

 「青って…」

 アリシアが瞬くと、楽しそうに男が鼻歌を歌う。
 その曲を聞いてアリシアは目を見開いた。

 「バーツィカ!?」

 「おぅ、そういうことだから、弟を強制送還したら、エメル国を芸の肥やしにするために旅する許可をもらおうと思って、な? ワシはすごい目立つ容姿だろ? だから、きっと面白い反応も見られるんじゃないかと思って」

 「ですが、あなたは南の大陸を離れてよいのですか?」

 「ん、なんで? 聖龍がその守護地を離れちゃいけないってルールはないけどなぁ。大陸の情勢も安定したし、ワシはいつまでも独り立ちしないほうが問題だと思うけどのぅ?」

 アリシアは慌てたように声を掛けた。

 「あの、昨日は…その…」

 「ん? ワシはあんたと初対面なんだが?」

 「え、でも、…」

 「ん、あー、もしかして、ワシは別のやつと勘違いされておる? でも、昨晩到着したばかりだし、人違いだわ」

 ケラケラと笑った男はアリシアの慌てた顔を見ながら小首を傾げた。

 「あれ?」

 「だって、ワシは大地を司る黄の魔法以外、苦手だもんなぁ。今回は青を驚かせるためにむかーし貰った、銀からの贈り物を使っただけ。なのに、うちのもやしっ子はそれを阿呆みたいに信じておるし」

 呆れたように首を横に振った彼は肩をすくめると歩き出し、角を曲がったところで呆れた声を出した。

 「おいおい、ルーキス、何をしておるん?」

 すると、か細い声が聞こえた。

 「いや、その、立ち上がれないんだよ」

 「ん、何をしておるんだか…」

 三人がそっと角から覗き込んだ直後、もやしっ子が兄に肩を貸してもらって起こされたところだった。

 「ドブネズミがどうしているのかなって、見に行っただけだったんだけど…その帰りにおかしなことになったみたいで…」

 「お前が腹黒いオーラしか纏っていないドSでドMだから、仕方がないことではあるわな!」

 「兄貴、悪いんだけど歩けないんだ」

 「腰が抜けておるもんな? でも、安心しろ、弟よ。転移魔法で南の大陸のどこかに送ってやれるから!」

 「え、どこかって、どういうこと?」

 「冒険譚を後で聞かせてくれ!」

 「えええっ!? ちょっと待ってよ。まだ、今にも婚約者に決まりそうなあの悪たれ女に嫌がらせもしていないのに、なんで帰らなくちゃいけないのさ!?」

 「せっかく、両国の安寧のために婚約について考えてくださった姫君にお前は失礼だぞ?」

 「そんなことを言うなら兄貴が結婚すればいいよ」

 「ワシは南の大陸に好きな女がいるからダメじゃ」

 そう言い切った彼はルーキスが青ざめた顔をしたので不思議そうに小首を傾げた。

 「むしろ、好きな人もいないのに、なんで姫さんじゃあダメなんだ?」

 「…婚約者候補だから、ちょっと味見しようと口説いたら、半殺しにされた」

 「当然だな。ワシも女子だったら、絶対イヤだもんのぉ。好きでもない男に迫られたときの恐怖は半端ないもんで、ワシだったら殺すわ」

 「なんで兄貴が女だったら、なんだよ?」

 「聖龍っつーもんは男女アトランダムに転生するもんでな。ワシ、女だったこともあるんよ? でな、いろいろな人生を送っておるん」

 弟が呆けたように口を開いており、それに気が付いていないのか男はコクコクと何度も頷いた時、怒声が響き渡った。


 「ルーキス、てめぇ、どこにいるんじゃワレコルァ!」


 かなり巻き舌になっているが、マリアンヌの声だった。

 「ほぅ、相当怒っておる」

 男は楽しそうにそういった時、アリシアたちの廊下とは反対側の通路からマリアンヌがゆらゆらと怒りで魔力を溢れさせながら現れた。


 「今度こそ覚悟なさい、ルーキス王子殿下」


 「覚悟しろぉ!」

 マリアンヌの騎士の中にさりげなくルピルが紛れており、アリシアは愕然とした。

 「何をしているの…ルピル」

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