王宮メイドは元聖女

夜風 りん

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女王の帰還

閑話 青と黄と

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 「おぅ、青。久しゅうのぅ」

 レーゲンが聖堂に足を踏み入れ、聖像を見上げていたシリウスへと声をかけると、彼は顔を上げた。

 「黄か。…お礼参りご苦労さん」

 「ワシ、旅芸人なんよ。でな。交通の許可をもらいに来ているん」

 シリウスが肩をすくめた。

 「相変わらず律儀だな」

 「お前とは妙な争いに発展したくないからのぅ。お前、怒らせたら怖いし、それに、お前のお友達も云百年の付き合いのある奴は元マフィアだからのぅ」

 「あっちは本当に現役時代から我を忘れたら変なスイッチが入る奴だから、ちょっかいを出さないに越したことはない」

 シリウスはそう言うと、苦笑した。

 「まあ、俺はこの人生が終わったら、しばらく魂を休めるために眠ることに決めている。あいつらとのことも過去に代わって、記憶も薄れてしまうんだろうけどな」

 「お前の婚約者とのこと、整理をつけるためかのぅ?」

 「そうだ。スーは二度目の人生で、一般人の魂であれば転生期限は一回。あとは輪廻転生の大いなる流れに戻っていく定めだ。もう、どれほど愛していても結ばれることはない」

 レーゲンは隣に座ると、遠い目をして聖像を見上げた。

 「まあ、ちょうどいい節目だから、いいんじゃないか? ワシはまだ余裕があるが、お前さんはそろそろ転生限界も近くなってきておるからのぅ」

 「忘却は時として美徳だと言うが、俺たちは嫌でも記憶を『眠る』まで継承する。絶対記憶ほど優秀じゃないにせよ、このシステムは時として辛くなる時があるな」

 シリウスの切なさそうな声に、レーゲンも頷いた。

 「そうだのぅ。ワシも運命の相手と初めて出会った時は幸せだったが…もう転生させられないと知ったとき、そして、眠りにつくには早すぎると知ったとき、初めて絶望したものじゃからのぅ」

 「それでも忘れられないというのは地獄でしかない」

 「そうだのぅ。だからこそ、ワシはな、その人生を死ぬ前に忘却の魔法で一部の根本の記憶を消してもらう選択をしたけどな。――でも、完全に消すのも嫌だというのはやはり、心残りがあるから、かのぅ…」

 シリウスは背もたれに凭れながらレーゲンを振り返った。

 「再会を祝って、とりあえず酒盛りでもしようか?」

 「ほぅ、普段なら喜んでと言いたいところだが、…このエメル国内を回るのは一か月限定だと決めておる。南の大陸には鉄道が走っておらんが、この国には走っておると聞いている。ぜひ、乗ってみたいと思っておったんよ」

 「どの国の鉄道でも一晩で隣町に着くほど速くないぞ。今から出たら、隣のシレナまで海峡越えで一日半。明後日の朝くらいだろうな」

 勢いよくレーゲンが立ち上がった。

 「マジか! では、もう行くわ。青よ、達者でな!」

 そう言って入り口の方へ駆けて行くレーゲンを振り返ってシリウスはヒラヒラと手を振った。

 「ああ、達者で。お前の夢がかなうように祈っているよ」

 「おぅ。…そう言えば知っておるか? ギター聖女が路上ライブで盛り上がったという話を。ワシも、そんな風に人気者になりたいのぅ!」

 レーゲンはドアの前で一度立ち止まり、そう言ったが、急いでドアを開けて立ち去って行った。
 ドアが閉まった後、シリウスは呟いた。


 「ん、ギター聖女? ああ、転移聖女が何かやらかしたのか…」


 やれやれと首を横に振った。

 「仕方がない。せっかくメイドとして人生をやり直している新人のためにも、教皇に働きかけるとするか」

 横に引っかけていた上着を纏い、シリウスは立ち上がって聖堂を後にした。

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