王宮メイドは元聖女

夜風 りん

文字の大きさ
32 / 59
教皇と元聖女

ep2

しおりを挟む
 ノリアがモグモグと天丼を食べながら顔を上げてアリシアとカンナを振り返った。

 「ほーいえふぁ、しってふ?(そーいえば、知ってる?)」

 カンナが顔を引きつらせてスプーンの匙の部分の上でクルクルとフォークを動かし、カルボナーラを一口サイズに取りながら呆れ顔をした。

 「ノリア、お行儀が悪い。飲み込んでから話をしなさい」

 「ふぁーい(はーい)」

 ノリアはよく噛みしめてからゴクンと飲み干し、水を一口飲むと言い直した。

 「あ、うん。あのね、教皇様がもうじきこのエメル国に来るんだって! 教皇庁にね、私のおじさんがいるんだけど、今朝、手紙が届いたの」

 アリシアはにこにこと満面の笑みを浮かべながらサーモンのマリネをもぐもぐと頬張っていた。
 ノリアが頬を膨らませる。

 「ちょっと、アリー。聞いている?」

 「へ? あ、何か言いました?」

 「…全然聞いていないし…」

 ノリアがさらに膨れ面をすると、アリシアはにこにことしながら幸せそうに言った。

 「ごめんなさい、ノリア。なんでしたっけ?」

 「教皇様がこっちに来るらしいってハナシ! アリーは知っている?」

 「はい、もちろん♪ 今朝早く、伝令龍さんが来ていましたから」

 カンナが尋ねた。

 「伝令龍って言うと、教皇様に仕える伝令役の龍だよね。伝書鳩よりも早く手紙を届けられるし、その存在自体が教皇様からの勅使って言われているんだっけ。電報もあるけれど、今でも伝令龍を使っているんだよね」

 「はい、そうです。聖女として過ごしていた頃はよく、教皇様に色々とお世話になったのです」

 アリシアは嬉しそうに声を弾ませた。
 ノリアがちょっとモヤモヤした顔をしていたが、瞬いた。

 「それって、アリーにとって教皇様ってお父さんみたいな存在だったってこと?」

 「はい。だから、非番の日が楽しみで仕方がないのです。ようやく教皇様と会えるのですから、嬉しいです」

 「…非番の日が? 普通に王宮で会えるんじゃない?」

 カンナの問いかけに、アリシアはのほほんと言った。

 「えへへ、親子デートですよ♪ 小さい頃はお祭りに連れて行ってもらって、顔くらいあるわたあめというお菓子を買ってもらったり、デザートの食べ放題に連れて行ってもらったり、パレードを一緒に見て他愛もない話をして過ごしたりしましたけど、ウィノンは町並みが綺麗ですから、ただ歩くだけでも楽しそうです」

 デートと言う言葉で何人かの騎士が振り返っていたが、アリシアは全く気が付いていないのか、ライスバーガーをモグモグと頬張った。

 「う~ん、美味しい!」

 ノリアはすっかり機嫌を直したのか、声を弾ませた。

 「アリーはお父さんっ子なんだね」

 「かもしれません。というか、家族という概念をきちんと教えてくれた、そんな人が教皇様でしたから。教皇様も歳をとってきましたし、孝行できるうちにしておきたいです」

 アリシアはちょっとだけ寂しそうに笑った。

 「聖女ではないのであまり一緒にいられませんけれど、ね」

 カンナが微笑む。

 「そっか。じゃあ、その日はきちんと休めるように私たちも頑張るから、安心して行って来ていいからね」

 ノリアが身を乗り出してピシッと挙手をした。

 「あ、もちろん、私も頑張るからね! アリー、楽しんできていいからね!」

 アリシアは驚いたような顔をしたが、ふにゃりと笑った。


 「ふふっ、ありがとうございます、カンナ。ノリア」


 ノリアが得意げに胸を張り、それを見てカンナがクスクスと笑っているのを見ながら、アリシアもつられて肩をゆすって笑い始めた時、通りがかった侍女長が呆れ顔をした。

 「あなたたち、さっさと食べて支度をしてしまいなさい。そろそろお仕事の時間ですよ」

 時計を確認したノリアが慌てて席に座り直した。

 「わわっ、こんな時間! 侍女長、ごめんなさい、すぐに食べます!」

 「そうね、きちんと残さずに食べなさい。遅刻だけは気を付けて」

 「はひっ!」

 ノリアが大きなえび天を口に咥えたまま、返事をした。
 アリシアとカンナもいそいそと食べ始め、3人とも料理をがっついている様子を見ながら、侍女長は呆れ半分の笑顔を浮かべた後、肩をすくめてから立ち去った。



     ☆



 「ううっ、きついよー」

 ノリアが仕事始めにお腹を擦っているのをみながらアリシアとカンナは顔を見合わせた。カンナが告げる。

 「調子に乗って天丼の『特盛』なんて頼むから」

 「だって、美味しいんだもん!」

 アリシアが少しだけ曖昧に笑った。

 「胸やけしませんか?」

 「しないよ、アリー! むしろ、ウェルカム! 毎晩毎食、あれくらいでもどんとこい!」

 そんなノリアの様子を見ながらアリシアは遠い目をした。

 「若いっていいですねー」

 カンナがすかさずツッコミを入れる。

 「若いっていうより、食い意地を張っているだけだからいいんだよ、アリー。むしろ、真似しちゃダメだからね。暴飲暴食はおデブへの道なんだから!」

 その瞬間、ノリアが動きを止め、お腹の肉をつまむ仕草をして泣きそうな顔をした。

 「うそぉん、私、太っちゃう!?」

 ノリアがアリシアに抱き着いた。

 「ねえ、アリー。いいダイエット方法、知らない?」

 「なぜに、私です?」

 「カンナは絶対スパルタだから怖いんだもん」

 カンナにキッとにらまれ、ノリアがササッと素早くアリシアの後ろに隠れた。
 そんなノリアを見てカンナが深くため息を漏らし、呆れ顔を浮かべる。

 「ノリア。アリーが運動をしているように見えるの?」

 「ふえ?」

 アリシアは小首を傾げた。

 「特にしていないですね。必ず朝5時に目を覚まして、着替えて部屋の掃除を済ませて、それから聖堂で毎日30分お祈りをして、聖堂のお掃除をしてから朝ごはんですけれど」

 「聖堂の掃除、それだ!」

 ノリアはハッとして目を輝かせた。が、カンナに呆れられた。

 「よく言うね。でも、ノリアの場合、起きられるの?」

 「ああああっ、無理! 無理無理!」

 頭を抱えたノリアを見ながら二人は顔を見合わせ、呆れたように小さく笑った。

しおりを挟む
感想 57

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~

朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。 婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」 静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。 夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。 「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」 彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。

寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~

紅葉山参
恋愛
アエナは貧しい子爵家から、国の英雄と名高いルーカス公爵の元へと嫁いだ。彼との政略結婚は、彼の底なしの優しさと、情熱的な寵愛によって、アエナにとってかけがえのない幸福となった。しかし、その幸福を妬み、毎日のように粘着質ないじめを繰り返す者が一人、それは夫の継母であるユーカ夫人である。 「たかが子爵の娘が、公爵家の奥様面など」 ユーカ様はそう言って、私に次から次へと理不尽な嫌がらせを仕掛けてくる。大切な食器を隠したり、ルーカス様に嘘の告げ口をしたり、社交界で恥をかかせようとしたり。 だが、私は決して挫けない。愛する公爵様との穏やかな日々を守るため、そして何より、彼が大切な家族と信じているユーカ様を悲しませないためにも、私はこの毒を静かに受け流すことに決めたのだ。 誰も気づかないほど巧妙に、いじめを優雅にスルーするアエナ。公爵であるあなたに心配をかけまいと、彼女は今日も微笑みを絶やさない。しかし、毒は徐々に、確実に、その濃度を増していく。ついに義母は、アエナの命に関わるような、取り返しのつかない大罪に手を染めてしまう。 愛と策略、そして運命の結末。この溺愛系ヒロインが、華麗なるスルー術で、最愛の公爵様との未来を掴み取る、痛快でロマンティックな物語の幕開けです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを 

青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ 学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。 お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。 お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。 レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。 でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。 お相手は隣国の王女アレキサンドラ。 アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。 バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。 バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。 せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

処理中です...