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序章 捨てられた令嬢とスイーツの邂逅
ep6
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頬を膨らませてムスッとしているヴィクターに、シャルロットはリッカードを見上げると、声をかけた。
「リッカード。いつもあんな風に私も頬を膨らませていました。でも、そんな可愛いワガママじゃあ誰も振り返ってくれなくて、ヒステリックに怒鳴り散らさなくちゃ、嫌々ながらも構ってくれなくなっちゃって…。ヴィクター君は羨ましいです。拗ねても愛情を持って叱ってくれる優しいお父上がいらっしゃいますし」
リッカードは優しく目を細めた。
「ロッティ、ヴィーはお前の婚約者として未熟だが、この子も思いやりを持てる子だ。悪いようにはしないさ」
しかし、ヴィクターが口を尖らせる。
「だいたい、僕より大きい女の子なんて嫌だよ」
彼がこういったのは、男の子よりも成長が早い女の子であるシャルロットの方がこの時期、ヴィクターよりも身長が高く、そして横幅も広いせいだろう。
「ロッティ、ヴィクターは放っておいてマリばあさんと菓子を作る練習だろう?」
リッカードに促されてシャルロットはキョトンとすると、リッカードはやれやれと首を横に振った。
「そもそも、貴族の決めた婚約は簡単に破棄できない。親のメンツを潰す愚かなことだし、その親を裏切るということはその家を捨てるということに等しい。親の支援を受けられないということは将来の爵位を失うということで、爵位のない元貴族の鼻持ちどもは社会から抹殺される傾向にある」
ヴィクターがものすごく嫌そうな顔をしたものの、フイッとそっぽを向いているだけだった。
「まあ、こいつも見返してやればいい。ロッティの良さに気づかない阿呆だからな」
「阿呆って、可愛そうですよ」
シャルロットはあいまいに微笑んでそう言うと、マリばあさんを振り返った。
「マリおばあ様。スポンジケーキを作る方法はわかりましたけど、美味しくて簡単に作れるお菓子はあるのですか?」
「うん、もちろん。ミルクプリンは比較的簡単だよ」
「ミルクプリン。…とは、どんな菓子なのです?」
「うふふ、見てのお楽しみ」
マリばあさんと手をつないで小屋の方に戻っていったシャルロットは去り際にクライヴに会釈すると、クライヴは軽く頷いた。
そうして二人は小屋に入っていってしまった。
ヴィクターはまだムッとしていたが、クライヴにポンポンと頭へ手を乗せられ、少し表情が和らぐ。
「親父はあの子と僕が結婚してほしいと思ったの? でぶっちょで可愛くないのに、将来、僕があの子と結婚できるくらいラブラブになると思うの?」
拗ねたようにそう尋ねると、クライヴは苦笑した。
「できれば…そうなってほしい。が、お前が本当に生理的に無理だと、将来思ったなら考え直すかもしれない。だが、その時はあの子の未来を壊すことだと、覚悟できるなら…だが」
「えー、そんなに重たい覚悟、嫌だよ。やっぱり婚約したくない」
まだまだ子供っぽいヴィクターに呆れつつ、クライヴがヴィクターの肩を抱いた。
「さ、帰るぞ。ちょっと時間をおいて、もう一度来てみたら印象が違うかもしれないし、婚約における書物は書いてしまったから取り消しはさせられないし、させる気もないが…」
「親父のどケチ」
「ケチじゃない。お前が俺より強くなったなら考えてやってもいい」
「えー、無理じゃん」
「無理じゃない。すぐに諦めるから弱いんだ。弱いと、大切だと思ったものを何一つ守れないぞ」
「わかったよ…もうっ」
「今、ちょっと女の子っぽかったぞ」
「えへへ、母さんの真似」
「なんで、俺が親父呼ばわりなのに、母さんは母さん呼びなんだ?」
「んー、そうっぽい?」
「なんだ、そりゃ」
呆れ顔のクライヴはため息を漏らすと、くしゃくしゃと息子の髪の毛を撫でまわし、自分の乗ってきた馬を呼ぶために指笛を鳴らした。
すると、馬が勢いよく駆けてきてクライヴの目の前で止まり、ブルルと鼻を鳴らす。
「いい子だ」
馬にそう声をかけると軽やかに跨った。
ヴィクターが慌てて執事の待つ方に向かい、馬に乗せてもらって、執事の後ろに座る形で座り、執事の腰にしっかりとしがみつくとクライヴの跨った馬を追いかけるようにその馬も走り出した。
馬が走り去っていった頃、小屋の中ではミルクプリンを小さな鍋で作っていた。
シャルロットが鍋にミルクと砂糖、そして、ゼラチンという謎の白い粉を使ってとろ火で煮ながら目を輝かせる。
「あの白っぽい粉は何なのですか? もうあのサラサラ感がないです」
「ゼラチンと呼ばれるもので、菓子だけじゃなく、料理にも使えるんだよ。柔らかくプルプルに固めるとき、それを使うの。スライムゼリーを使ってもいいんだけど、良質なスライムゼリーは高いからねぇ。貴族に振る舞う場合はスライムゼリーの方がクセがないし、値段も高くぼったくれるからそっちを使うんだけど」
「ぼったくれるって…」
「商売、だからね。スライムを狩るにしても、この森にいないのよ。どこにでもいそうだけど、いない。彼らは水気の多い、薄暗い洞窟とか、地下水道くらいにしか生息していないから」
マリばあさんは完全に砂糖もゼラチンも溶けた様子を確認し、容器に移させた。
「さ、後は冷やすだけ。ゆっくりあら熱を取ってから、氷を入れて浅く水を張ったこの四角いパットの中に容器ごと入れるのよ」
「はい! でも、こんなに簡単なのですか?」
「まあ、本当はザルで漉してあげて、それで舌触りをよくするってことを商売で提供するときは、まあ、ひと手間として行うのだけど、自分たちで食べるだけなら必要ないわ」
「へぇ…」
シャルロットが熱心にメモを取る様子を見ながら、マリばあさんは小さく微笑んだ。
「お料理の勉強もする? 何事も慣れだけど、料理の手際もデザート作りに活かせるからね」
「はい!」
シャルロットの元気のいい返事を聞きながら、マリばあさんは頬を緩めた。
「うん、いい返事ね。でも、まずはお昼分の水を汲んでみてくれる? 大変だと思うけど、リッカードに最初は教えてもらって、ね?」
「わかりました」
トテトテと走り去ったシャルロットを見送ったマリばあさんは悲しげに目を細めた。
「こんなに素直ないい子なのに、どうして可愛がってやれない親がいるのかしらね…」
その吐息は空気に溶け、消えた。
「リッカード。いつもあんな風に私も頬を膨らませていました。でも、そんな可愛いワガママじゃあ誰も振り返ってくれなくて、ヒステリックに怒鳴り散らさなくちゃ、嫌々ながらも構ってくれなくなっちゃって…。ヴィクター君は羨ましいです。拗ねても愛情を持って叱ってくれる優しいお父上がいらっしゃいますし」
リッカードは優しく目を細めた。
「ロッティ、ヴィーはお前の婚約者として未熟だが、この子も思いやりを持てる子だ。悪いようにはしないさ」
しかし、ヴィクターが口を尖らせる。
「だいたい、僕より大きい女の子なんて嫌だよ」
彼がこういったのは、男の子よりも成長が早い女の子であるシャルロットの方がこの時期、ヴィクターよりも身長が高く、そして横幅も広いせいだろう。
「ロッティ、ヴィクターは放っておいてマリばあさんと菓子を作る練習だろう?」
リッカードに促されてシャルロットはキョトンとすると、リッカードはやれやれと首を横に振った。
「そもそも、貴族の決めた婚約は簡単に破棄できない。親のメンツを潰す愚かなことだし、その親を裏切るということはその家を捨てるということに等しい。親の支援を受けられないということは将来の爵位を失うということで、爵位のない元貴族の鼻持ちどもは社会から抹殺される傾向にある」
ヴィクターがものすごく嫌そうな顔をしたものの、フイッとそっぽを向いているだけだった。
「まあ、こいつも見返してやればいい。ロッティの良さに気づかない阿呆だからな」
「阿呆って、可愛そうですよ」
シャルロットはあいまいに微笑んでそう言うと、マリばあさんを振り返った。
「マリおばあ様。スポンジケーキを作る方法はわかりましたけど、美味しくて簡単に作れるお菓子はあるのですか?」
「うん、もちろん。ミルクプリンは比較的簡単だよ」
「ミルクプリン。…とは、どんな菓子なのです?」
「うふふ、見てのお楽しみ」
マリばあさんと手をつないで小屋の方に戻っていったシャルロットは去り際にクライヴに会釈すると、クライヴは軽く頷いた。
そうして二人は小屋に入っていってしまった。
ヴィクターはまだムッとしていたが、クライヴにポンポンと頭へ手を乗せられ、少し表情が和らぐ。
「親父はあの子と僕が結婚してほしいと思ったの? でぶっちょで可愛くないのに、将来、僕があの子と結婚できるくらいラブラブになると思うの?」
拗ねたようにそう尋ねると、クライヴは苦笑した。
「できれば…そうなってほしい。が、お前が本当に生理的に無理だと、将来思ったなら考え直すかもしれない。だが、その時はあの子の未来を壊すことだと、覚悟できるなら…だが」
「えー、そんなに重たい覚悟、嫌だよ。やっぱり婚約したくない」
まだまだ子供っぽいヴィクターに呆れつつ、クライヴがヴィクターの肩を抱いた。
「さ、帰るぞ。ちょっと時間をおいて、もう一度来てみたら印象が違うかもしれないし、婚約における書物は書いてしまったから取り消しはさせられないし、させる気もないが…」
「親父のどケチ」
「ケチじゃない。お前が俺より強くなったなら考えてやってもいい」
「えー、無理じゃん」
「無理じゃない。すぐに諦めるから弱いんだ。弱いと、大切だと思ったものを何一つ守れないぞ」
「わかったよ…もうっ」
「今、ちょっと女の子っぽかったぞ」
「えへへ、母さんの真似」
「なんで、俺が親父呼ばわりなのに、母さんは母さん呼びなんだ?」
「んー、そうっぽい?」
「なんだ、そりゃ」
呆れ顔のクライヴはため息を漏らすと、くしゃくしゃと息子の髪の毛を撫でまわし、自分の乗ってきた馬を呼ぶために指笛を鳴らした。
すると、馬が勢いよく駆けてきてクライヴの目の前で止まり、ブルルと鼻を鳴らす。
「いい子だ」
馬にそう声をかけると軽やかに跨った。
ヴィクターが慌てて執事の待つ方に向かい、馬に乗せてもらって、執事の後ろに座る形で座り、執事の腰にしっかりとしがみつくとクライヴの跨った馬を追いかけるようにその馬も走り出した。
馬が走り去っていった頃、小屋の中ではミルクプリンを小さな鍋で作っていた。
シャルロットが鍋にミルクと砂糖、そして、ゼラチンという謎の白い粉を使ってとろ火で煮ながら目を輝かせる。
「あの白っぽい粉は何なのですか? もうあのサラサラ感がないです」
「ゼラチンと呼ばれるもので、菓子だけじゃなく、料理にも使えるんだよ。柔らかくプルプルに固めるとき、それを使うの。スライムゼリーを使ってもいいんだけど、良質なスライムゼリーは高いからねぇ。貴族に振る舞う場合はスライムゼリーの方がクセがないし、値段も高くぼったくれるからそっちを使うんだけど」
「ぼったくれるって…」
「商売、だからね。スライムを狩るにしても、この森にいないのよ。どこにでもいそうだけど、いない。彼らは水気の多い、薄暗い洞窟とか、地下水道くらいにしか生息していないから」
マリばあさんは完全に砂糖もゼラチンも溶けた様子を確認し、容器に移させた。
「さ、後は冷やすだけ。ゆっくりあら熱を取ってから、氷を入れて浅く水を張ったこの四角いパットの中に容器ごと入れるのよ」
「はい! でも、こんなに簡単なのですか?」
「まあ、本当はザルで漉してあげて、それで舌触りをよくするってことを商売で提供するときは、まあ、ひと手間として行うのだけど、自分たちで食べるだけなら必要ないわ」
「へぇ…」
シャルロットが熱心にメモを取る様子を見ながら、マリばあさんは小さく微笑んだ。
「お料理の勉強もする? 何事も慣れだけど、料理の手際もデザート作りに活かせるからね」
「はい!」
シャルロットの元気のいい返事を聞きながら、マリばあさんは頬を緩めた。
「うん、いい返事ね。でも、まずはお昼分の水を汲んでみてくれる? 大変だと思うけど、リッカードに最初は教えてもらって、ね?」
「わかりました」
トテトテと走り去ったシャルロットを見送ったマリばあさんは悲しげに目を細めた。
「こんなに素直ないい子なのに、どうして可愛がってやれない親がいるのかしらね…」
その吐息は空気に溶け、消えた。
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