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第1章 初めての商品

5.【リバーシ販売1 条件競売(腕相撲じゃありません!)】

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 翌日、母さんに店番を任せ、俺達は隣町へ向かう。初めての隣町にユリは緊張しているようだ。
 
 案の定、隣町につくと、ユリは目を回していた。俺達の町では経験することのない人の多さに、参ってしまったのだろう。
 
「人、人、人…………人が多すぎる……」 
「このあたりの流通の中心だからね。王都から来ている商人もいるよ。ユリは少し休んでいなさい。アレンは露店の準備を手伝ってくれ」
 
 父さんの指示に従い、役所から指定された場所で露店の準備を始める。
 
 リバーシを並べ、ユリ作の宣伝版を建てる。リバーシのルールについて書かれた看板を目立つ位置に掲げて、後ろには店で売れ残った食料品を並べる。
 
「右には机を置いておけ。そこで、リバーシの対戦をしてもらう」
 
 最初に作った2枚を机の上において、俺とユリはその後ろに座る。開発者の俺はもちろん、ユリも俺と何度もリバーシで遊んだので、ルールについてはばっちりだ。露店の準備が完了し、父さんが声を張り上げる。
 
「さぁさぁ、皆さん見てらっしゃい! 条件競売で食料品の大安売りが始まるよ! なんと今ならこの子達とゲームで勝つだけで定価の半額で買えちゃうよ! 参加料は500ガルド! さぁ!さぁ! 早い者勝ちだよ」
 
 ちなみに1ガルドはだいたい1円くらいの価値がある。『参加料500ガルド、勝てば定価の半額』という、謳い文句に道行く人が興味を示した。
 
「お、条件競売か! ゲームはなんだ? 腕相撲か?」
 
 一人の男がニヤニヤしながらやってくる。対戦相手が俺とユリだと分かったのだろう。余裕の笑みを浮かべていた。
 
「いやいや! この子が腕相撲で勝負したんじゃ商売あがったりだよ! ゲームはこのリバーシさ! 一昨日特許を取ったばかりの最新ゲームでね! ルールはそこの看板を見てくれ」 
「ちょっと待て。そっちが開発したゲームで勝負するのか? そりゃ卑怯だろ!」 
「む……仕方ないな。じゃあ、先着10名は参加料無料にしてやる!」
「「!?」」
 
 俺とユリは驚いて父さんを見るが、父さんは余裕の表情だ。おそらく、予定通りなのだろう。
 
「よっしゃ! 俺がやる!」 
「あ、ずるいぞ! 俺が先だ!」 
「私もやるわ!」
 
 途端に人が押し寄せてくる。参加料無料で勝てば半額なのだ。そりゃ、みんなやりたがる。
 
「ほらほら、順番に並んでくれ! にいさんが1番で、その次がそっちのにいさんだ。お姉さんはその次な」
 
 父さんが仕切ってくれたおかげで、大きな混乱はなく、すぐに10人の列ができた。並べなかった人達は机の周りに集まって、ゲームを観戦しようとする。どうやら、ルールを覚えて挑んでくるつもりのようだ。
 
「よし、それじゃさっそくゲームスタートだ!」 
「「よろしくお願いします!」」
「おう、よろしく!」「お手柔らかにたのむぜ」
 
 家族以外との初対戦だ。緊張して臨んだが、さすがに経験が違う。俺もユリも危なげなく勝つことができた。
 
「「ありがとうございました!」」 
「「………………」」
 
 負けた2人は白駒だらけの盤面を見つめていたがゆっくりと立ち上がる。そのまま帰るかと思いきや、父さんに参加料を払って、列に並びなおした。どうやら、俺達みたいな子供に負けたのが悔しかったらしい。その目はリベンジに燃えている。
 
「まいどー!」
 
 父さんは参加料を受け取り、2人を最後尾に案内する。
 
「よろしくね」 
「はい! よろしくお願いします!」
 
 隣でユリが女性を相手にしている。
 
「よそ見してると倒しちまうぞ」
 
 こちらはやけにガタイの良いおっちゃ…お兄さんが相手だ。腕相撲だったら絶対に勝てなかっただろう。
 
「すみません。よろしくお願いします!」 
「おっしゃ! 行くぞ!」 



 その後も対戦を繰り返し、結局、最初に並んだ10人には全勝だった。何人かはすでにリベンジのため、列に並びなおし、周りで観戦していた人達も、ルールを理解したのか、並びだす。列は途切れることはなく、俺とユリはひたすらに戦い続けた。どれくらい時間がたっただろうか。突然、俺の隣から大声が上がった。
 
「ぃよっしゃー!! 勝ったーー!!!!」
 
 隣を見ると最初にユリと対戦した男がガッツポーズをしている。盤面を見ると僅差だが、わずかながら黒駒が多かった。
 
(あれ? 確かあの人、4回くらい並びなおしてたような?)
 
 どうやら5戦目にしてようやく勝てたようだ。そりゃ、はしゃぐのも無理ないだろう。しかし、男は嬉しさのあまり、対戦相手が幼い少女であることを忘れていた。
 
「う……うぅ……負けちゃった。お父さん……お兄ちゃん……ごめんなさい」
 
 男の対戦相手であるユリの目に、涙が浮かんだ。
 
 お金を払って対戦している以上、真剣勝負は当たり前である。相手が少女だからといって、手加減する必要はない。そして、負けたからと言って、泣いていいわけがない。
 
 しかし、負けたら商品が半額になってしまう。負けてはならないというプレッシャーがあったのだろう。ユリは溢れでる涙をこらえることができなかった。
 
「え……いや…………その……」
 
 ユリの涙を見て、男は自分がはしゃぎすぎていたことに気付く。観客達は、11歳の女の子に勝ってはしゃいでいた男に冷たい視線を向けていた。場を嫌な空気が支配していく。
 
(やばい!)
 
 慌てて俺が仲裁しようとしたが、それより早く、父さんが間に入った。
 
「いやぁ、にいさん強いね! うちの娘が負けるとは思わなかった。いやー参った参った」
 
 父さんは明るい声で話しかける。
 
「ユリも惜しかったな! これだけ勝ったんだ。十分さ。後はゆっくり休んでてくれ」
 
 父さんが優しくユリの頭をなでる。ユリは涙を拭いてうなずいた。
 
「さぁ! にいさんは約束通り、後ろの商品を買ってってくれ。遠慮することはない! 何度も挑戦してくれたからな! 6割引きで売ってやる! もってけドロボー! あっははは!」
 
 父さんが明るく振舞ったおかげで、いやな空気は霧散していた。男はいくつかの食料品を買って、お金を払う。そして、男の帰り際、ユリが男に涙声で話しかけた。
 
「ぐす……泣いでごめんなざい。また勝負じでぐだざい」
 
 男は自分が泣かせた相手が話しかけてきたのが意外だったのだろう。驚いた顔をしつつも、笑顔で返事をした。
 
「お嬢ちゃん強かったな。まだまだ負け越してるからな。またやろうぜ」
 
 男が手を差し出す。
 
「次ば負げないもん!」
 
 ユリも手を出し、しっかり握手する。周りから歓声が上がった。
 
「にいさん、よかったらリバーシも買っていかないか? 1セット1000ガルドだ!」 
「おっちゃん、商売上手だな! わかった、買っていくよ」

(…………あ)
 
 それは、初めてリバーシが売れた瞬間だった。
 
「さぁさぁ! 娘は休ませるが、息子はまだまだ元気だぞ。挑戦する奴は列に並んでくれ。ちなみにこのリバーシは、残り9個だ! こっちも早い者勝ちだぞ!」
 
 その後は俺が2面同時に戦った。さすがに2面同時はきつかったが、それでも経験が圧倒的に違う。その日、俺は全勝だった。列に並ぶ人がいなくなったので、残りの食料品は3割引きで売ることにした。
 
 そうこうするうちに、リバーシは全て売り切れた。何度もリベンジしてくれた人が買っていったらしい。3割引きの食料品もすぐに売り切れた。
 
「皆様ありがとうございました。本日はこれで店仕舞いです。なお、本日公開しましたリバーシは、今後も定期的にここで販売する予定です。ぜひ、ごひいきにしてください!」


「「「ありがとうございました」」」
 
 俺達はそろってお辞儀をした。観戦してくれた人達が、拍手をしてくれる。露店は大成功だ。
 
 看板と宣伝版を片付け、役所に売り上げの報告を行い、次回の露店の空き状況を確認する。次に今日の場所が開いているのは3日後とのことだったので、3日後の申し込みをした。

 その後、父さんの知り合いが工房長を務めているという工房に向かう。しばらくすると、『フィリス工房』と書かれた看板が見えてくる。
 
 「話をしてくる」といって、父さんが工房に入って行く。俺とユリもついて行こうとしたが、工房の中は危ないから外で待っているように言われた。
 
 
 15分程して父さんが出てきた。

「お待たせ。3日後に依頼すれば、1週間で1000個生産してくれるってさ」
 「「おおー!!」」

 工房での大量生産という展開に俺とユリはテンションが上がる。と、同時に、俺は自分の甘さを痛感していた。

(前々からこういう根回しをしないと、いきなり大量生産はできないよな。露店で宣伝もして、さらに3日後の結果を確認してからの依頼する。市場調査をして、売れそうだと分かってから商流を確保したってわけだ。つくづく俺は甘かったな…………)
 
 言葉は知っていたが、実践することができない。前世の分も合わせれば、精神的には年下のはずの父さんとの器の違いを感じる。
 
 帰り道に、父さんが俺とユリにアイスを買ってくれた。
 
「どうだ? 自分で開発した商品を売って稼いだ金で食うアイスは? うまいだろう」
 「「美味しい!」」

 実際には、前世で食べていたアイスの方が甘いはずだ。食感も良いと思う。

 だけど、この日食べたアイスは、前世で食べたどのアイスよりも美味しかった。俺はまたしても泣きそうになる。
 

「そうかそうか! そりゃよかった。母さんには内緒だぞ」
 
 謎のこだわりがあるのか。なぜか母さんには内緒にしなければいけないようだ。

 皆でアイスを食べた後、俺とユリは、父さんと手をつないで家に帰った。
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