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第3章 躍進の始まり
72.【ブラックな工房】
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フィリス工房に着いた俺達は、いつものように応接室に案内された。
「アレン君! 久しぶり! あれ? 今日はユリちゃんと一緒じゃないんだね。そちらの女性は?」
「お久しぶりです、マリーナさん。彼女は従業員のクリスさんです」
「初めまして。クリス=ブリスタと申します」
「あ、ご丁寧にどうも! 工房長のマリーナ=フィリスです」
マリーナさんはクリスさんを見て、ニヤリと笑ってから俺を見る。
「やったね、アレン君! めっちゃ美人さんじゃん! これは、ルークさんの孫を見る日も――」
バシッ!
ミケーラさんがマリーナさんの頭を叩いた。
「――痛った! 何するのさ!」
「何するのじゃないです! 子爵令嬢の前で何を言っているんですか!」
「……へ? 子爵令嬢? …………あ! ブリスタってもしかしてブリスタ子爵家の?」
「はい。娘です」
「ほへぇー。貴女がブリスタ子爵の娘さんかぁ……」
マリーナさんは食い入るようにクリスさんを見つめている。
「……なるほどねぇ。これは棚ぼたかな? それにしてもアレン君も大変だね」
「何がですか?」
「知らないの? ブリスタ家の娘さんって言ったら、王族に匹敵する美しさって有名なんだよ? 伯爵や侯爵からも縁談がくるって話だし、色々大変でしょ?」
まさに、サーシスの件で大変な思いをしたばかりだ。
「――覚悟はできてます」
「……そっか! いいね! いいね! 流石、ルークさんとイリスさんの子! 頑張りなよ」
母さんは元貴族だ。父さんと結婚するために色々あったのだろう。家に戻ったら聞いてみてもいいかもしれない。
「さて、前置きはこれくらいにして、今日はどんな用かな?」
「実は――」
俺は、サーシス領で起きた事件について、マリーナさん達に話した。サーシスが女児達を誘拐したこと、誘拐された女児達がひどい目にあったこと、女児達は解放されたが、心に傷を負っていること、その傷を少しでも癒すために娯楽品を提供したいことを話していく。
「――それで、リバーシやチェスだけでなく、独楽等も持っていけたらと考えています」
「…………なるほど。それで開発の状況を確認しに来たって事かな?」
「はい。いかがでしょうか」
「そうだね…………強度を保つために漆塗りが必要なんだけど、上手くいかなくて躓いていたんだ」
「躓いていた?」
明らかに『いた』と強調していた。つまり……。
「そう! まさに今、解決策が見えたのさ!」
マリーナさんはクリスさんを指さして言う
「クリス子爵令嬢! ブリスタ領の工房で、『漆』を安価かつ使いやすく改良したコーティング剤の開発に成功したと聞きました! そうですよね?」
「え、ええ。よくご存じですね」
「そりゃ画期的な漆だもん! 工房の関係者で知らない人はいないよ! 従来の漆ではコストが高すぎるし、漆かぶれになってしまう可能性がある。だけど、新しい漆を使えば、コスト的にも許容範囲だし、漆かぶれになる心配もない! まさに最高の漆だね! 今話題のブリスタ子爵に取り次いでもらう方法が無くて困っていたんだけど……まさかアレン君がクリス子爵令嬢といい仲だったとはね。とう言うわけで、クリス子爵令嬢。ブリスタ子爵に取り次いでくれないかな?」
「もちろんです! わたくしでお役に立てるのであれば喜んで!」
「助かるよ! それじゃあ、さっそくサンプル品を作って子爵領に――」
「――いえ。それぞれ完成品を作ってブリスタ領に搬送し、新しい漆塗りを行って頂きましょう」
マリーナさんの言葉を遮ってミケーラさんが言った。
「み、ミケーラ? いきなり完成品を作るのはリスクが――」
「――サンプル品を作ってからブリスタ領へ搬送し、漆塗りをしてもらって、アレン様に確認頂いた後に、完成品を作りに戻るのでは、被害者達の手に届くまでに1か月近くかかってしまいます。多少のリスクは覚悟で完成品を持っていくべきです」
「い、嫌でも……万が一アレン君の要望と違ったら――」
「――その場合の損失は我々にて補填します。それぞれ、30個ほどでしたら大した損失にはなりません。被害者達へ提供する分としては十分です」
「…………はぁ。本当に子供に甘いんだから」
「……そんなことはありません」
よくよく見ると、ミケーラさんの眼に涙がうかんでいる。固く握られた手も震えていた。
「子供は笑顔でいるべき……ただそれだけです」
「まぁ、それは賛成だけどさ。…………分かったよ。完成品で30個ずつ、全部で120個作ってブリスタ領に持っていこう。アレン君、クリス子爵令嬢、それでいいかな?」
「もちろんです。クリスさん、ブリスタ子爵に120個を娯楽品の漆塗りをお願いしたいって伝えてもらえるかな?」
「はい! 一番早くできる日程を確認します! わかり次第、マリーナ様にもご連絡しますね」
「ありがとう! まぁ、完成品を作るのにも時間がかかるから、6日後の――」
「――3日後以降でしたらいつでも出発できます」
「みみみ、ミケーラ? それだと2日以内に作り切らなきゃ間に合わないんだけど――」
「――それが何か? うちの職人なら、2日で量産可能です」
「いやいやいや! まだ、量産体制できてないから!」
「つまり、本日中に体制を作ってしまえば問題ありません」
「量産体制作るのにどんなに急いでも2日かかるでしょ!? もう夕方だよ!!」
応接室には真っ赤な夕日が差し込んでいる。通常ならもうすぐ業務終了の時間だ。
「つまり、明日の朝まで16時間あります。ちょうど、2日分の労働時間ですね」
マリーナさんの顔が引きつった。
「わ、私に休みなく働け……と?」
「まさか。私も協力しますので、お互い2時間程寝れますよ」
「お、鬼―!!」
マリーナさんは涙目になりながら資料を漁り始める。どうやら、抵抗は無駄だと悟ったようだ。
「アレン様、クリス子爵令嬢。そういうわけですので、本日の所はこれで失礼させて頂きます。ブリスタ子爵のスケジュールが分かり次第、ご連絡下さい」
「分かりました。……あの、無理しないでくださいね?」
「もちろんです。倒れる前に回復させますのでご安心ください」
(……それは無理させてるんじゃ)
あまり長居して邪魔しても申し訳ないので、俺達はお礼を言って工房を後にした。
お店への帰り道、クリスさんと日程について話をする。
「えーっと……ブリスタ領までは1日半くらいかな?」
「そうですね。ですが、今回は荷物があるので2日みた方が良いと思います」
「あ、そっか。それじゃ、5日後に漆塗りを始めたいって、ブリスタ子爵にご依頼できるかな?」
いきなり5日後に『漆塗りさせて欲しい』という依頼が、かなり非常識な依頼だとは理解しているものの、マリーナさん達の頑張りを知ってしまったからには、俺達ものんびりはしていられない。
「そうですね……全力を尽くします」
俺と同じく、マリーナさんの頑張りを知っているクリスさんがはっきりと答えてくれた。
「アレン君! 久しぶり! あれ? 今日はユリちゃんと一緒じゃないんだね。そちらの女性は?」
「お久しぶりです、マリーナさん。彼女は従業員のクリスさんです」
「初めまして。クリス=ブリスタと申します」
「あ、ご丁寧にどうも! 工房長のマリーナ=フィリスです」
マリーナさんはクリスさんを見て、ニヤリと笑ってから俺を見る。
「やったね、アレン君! めっちゃ美人さんじゃん! これは、ルークさんの孫を見る日も――」
バシッ!
ミケーラさんがマリーナさんの頭を叩いた。
「――痛った! 何するのさ!」
「何するのじゃないです! 子爵令嬢の前で何を言っているんですか!」
「……へ? 子爵令嬢? …………あ! ブリスタってもしかしてブリスタ子爵家の?」
「はい。娘です」
「ほへぇー。貴女がブリスタ子爵の娘さんかぁ……」
マリーナさんは食い入るようにクリスさんを見つめている。
「……なるほどねぇ。これは棚ぼたかな? それにしてもアレン君も大変だね」
「何がですか?」
「知らないの? ブリスタ家の娘さんって言ったら、王族に匹敵する美しさって有名なんだよ? 伯爵や侯爵からも縁談がくるって話だし、色々大変でしょ?」
まさに、サーシスの件で大変な思いをしたばかりだ。
「――覚悟はできてます」
「……そっか! いいね! いいね! 流石、ルークさんとイリスさんの子! 頑張りなよ」
母さんは元貴族だ。父さんと結婚するために色々あったのだろう。家に戻ったら聞いてみてもいいかもしれない。
「さて、前置きはこれくらいにして、今日はどんな用かな?」
「実は――」
俺は、サーシス領で起きた事件について、マリーナさん達に話した。サーシスが女児達を誘拐したこと、誘拐された女児達がひどい目にあったこと、女児達は解放されたが、心に傷を負っていること、その傷を少しでも癒すために娯楽品を提供したいことを話していく。
「――それで、リバーシやチェスだけでなく、独楽等も持っていけたらと考えています」
「…………なるほど。それで開発の状況を確認しに来たって事かな?」
「はい。いかがでしょうか」
「そうだね…………強度を保つために漆塗りが必要なんだけど、上手くいかなくて躓いていたんだ」
「躓いていた?」
明らかに『いた』と強調していた。つまり……。
「そう! まさに今、解決策が見えたのさ!」
マリーナさんはクリスさんを指さして言う
「クリス子爵令嬢! ブリスタ領の工房で、『漆』を安価かつ使いやすく改良したコーティング剤の開発に成功したと聞きました! そうですよね?」
「え、ええ。よくご存じですね」
「そりゃ画期的な漆だもん! 工房の関係者で知らない人はいないよ! 従来の漆ではコストが高すぎるし、漆かぶれになってしまう可能性がある。だけど、新しい漆を使えば、コスト的にも許容範囲だし、漆かぶれになる心配もない! まさに最高の漆だね! 今話題のブリスタ子爵に取り次いでもらう方法が無くて困っていたんだけど……まさかアレン君がクリス子爵令嬢といい仲だったとはね。とう言うわけで、クリス子爵令嬢。ブリスタ子爵に取り次いでくれないかな?」
「もちろんです! わたくしでお役に立てるのであれば喜んで!」
「助かるよ! それじゃあ、さっそくサンプル品を作って子爵領に――」
「――いえ。それぞれ完成品を作ってブリスタ領に搬送し、新しい漆塗りを行って頂きましょう」
マリーナさんの言葉を遮ってミケーラさんが言った。
「み、ミケーラ? いきなり完成品を作るのはリスクが――」
「――サンプル品を作ってからブリスタ領へ搬送し、漆塗りをしてもらって、アレン様に確認頂いた後に、完成品を作りに戻るのでは、被害者達の手に届くまでに1か月近くかかってしまいます。多少のリスクは覚悟で完成品を持っていくべきです」
「い、嫌でも……万が一アレン君の要望と違ったら――」
「――その場合の損失は我々にて補填します。それぞれ、30個ほどでしたら大した損失にはなりません。被害者達へ提供する分としては十分です」
「…………はぁ。本当に子供に甘いんだから」
「……そんなことはありません」
よくよく見ると、ミケーラさんの眼に涙がうかんでいる。固く握られた手も震えていた。
「子供は笑顔でいるべき……ただそれだけです」
「まぁ、それは賛成だけどさ。…………分かったよ。完成品で30個ずつ、全部で120個作ってブリスタ領に持っていこう。アレン君、クリス子爵令嬢、それでいいかな?」
「もちろんです。クリスさん、ブリスタ子爵に120個を娯楽品の漆塗りをお願いしたいって伝えてもらえるかな?」
「はい! 一番早くできる日程を確認します! わかり次第、マリーナ様にもご連絡しますね」
「ありがとう! まぁ、完成品を作るのにも時間がかかるから、6日後の――」
「――3日後以降でしたらいつでも出発できます」
「みみみ、ミケーラ? それだと2日以内に作り切らなきゃ間に合わないんだけど――」
「――それが何か? うちの職人なら、2日で量産可能です」
「いやいやいや! まだ、量産体制できてないから!」
「つまり、本日中に体制を作ってしまえば問題ありません」
「量産体制作るのにどんなに急いでも2日かかるでしょ!? もう夕方だよ!!」
応接室には真っ赤な夕日が差し込んでいる。通常ならもうすぐ業務終了の時間だ。
「つまり、明日の朝まで16時間あります。ちょうど、2日分の労働時間ですね」
マリーナさんの顔が引きつった。
「わ、私に休みなく働け……と?」
「まさか。私も協力しますので、お互い2時間程寝れますよ」
「お、鬼―!!」
マリーナさんは涙目になりながら資料を漁り始める。どうやら、抵抗は無駄だと悟ったようだ。
「アレン様、クリス子爵令嬢。そういうわけですので、本日の所はこれで失礼させて頂きます。ブリスタ子爵のスケジュールが分かり次第、ご連絡下さい」
「分かりました。……あの、無理しないでくださいね?」
「もちろんです。倒れる前に回復させますのでご安心ください」
(……それは無理させてるんじゃ)
あまり長居して邪魔しても申し訳ないので、俺達はお礼を言って工房を後にした。
お店への帰り道、クリスさんと日程について話をする。
「えーっと……ブリスタ領までは1日半くらいかな?」
「そうですね。ですが、今回は荷物があるので2日みた方が良いと思います」
「あ、そっか。それじゃ、5日後に漆塗りを始めたいって、ブリスタ子爵にご依頼できるかな?」
いきなり5日後に『漆塗りさせて欲しい』という依頼が、かなり非常識な依頼だとは理解しているものの、マリーナさん達の頑張りを知ってしまったからには、俺達ものんびりはしていられない。
「そうですね……全力を尽くします」
俺と同じく、マリーナさんの頑張りを知っているクリスさんがはっきりと答えてくれた。
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