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第3章 躍進の始まり
80.【ブリスタ子爵3 誤解】
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その後、ブリスタ子爵と父さんで細かいすり合わせが行われて、婚約の条件がまとめられた。
「それでは、私の方で婚約の契約書を作成しておく。間もなく夕食の時間だが、皆さんはそれまでゆっくり休んでくれ」
「ありがとうございます。お心遣いに感謝致します」
ブリスタ子爵がベルを鳴らすと執事のラミールさんがやってきた。
「彼らを客室に案内してくれ。大事な客人だ。くれぐれも粗相のないようにな」
「承知いたしました。皆様、こちらへどうぞ」
ラミールさんに連れられて、俺達は応接室を後にして、客室に向かう。
途中で、使用人達とすれ違ったが、その中の数人が俺の事を睨んでいることに気が付いた。彼らの視線に気付いたラミールさんが俺に頭を下げる。
「アレン様、ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません。彼らには後できつく言っておきますので」
「それはかまわないのですが……なぜ、彼らは私をあのような目で見たのでしょうか?」
「それは……その……」
ラミールさんが言いよどんだ。
「彼らは……クリスお嬢様のファンなのです……」
「……………………は?」
ラミールさんの言葉を脳が理解するのに時間がかかってしまった。
(ファン? ファンって……え? 使用人が、その家の娘に!?)
クリスさんも知らなかったようで、驚いた顔をしている。
「それはつまり……クリスさんと婚約する俺に嫉妬して……という事でしょうか?」
「いえ、どうやら嫉妬とは少し違うようです。彼らにクリスお嬢様への恋心はなく、純粋にクリスお嬢様の幸せを願っているようなのです」
使用人が主人の娘に恋心を頂くことはあり得ないが、幸せを願うならば普通の事だ。だが……
「それで、なぜアレンさんをあのような目で見るのですか!」
クリスさんがラミールさんを問い詰める。
「その……彼らは、クリスお嬢様がブリスタ家のために商家に身売りしたと考えているようなのです。以前、『侯爵家に嫁ぐ事も出来たはずのクリス様が商人に身売りするなんてありえない』と申しておりました。旦那様から、アレン様とクリス様の婚約は、両者が望んでの物だと聞いてはおりますが、彼らは信じられないようで……」
貴族の娘が商人に嫁ぐというのは、彼らからすると、身売り同然なのだろう。
「そんな……わたくしが直接彼らと話します!」
「おそらく、効果は無いかと……『優しいクリスお嬢様が気を使ってくださっているのだ』と思うだけでしょう」
「で、ですが……このままではアレンさんが――」
「――何を騒いでいるのかしら?」
突然、後ろから声をかけられた。
「お母様!」
後ろを振り向くと、そこには、ビートルカメラを構えたマリア様がいた。
「クリス。アレン様と婚約出来て嬉しいのは分かりますが、はしゃぎすぎです。はしたないですよ」
「そんなこと言っている場合ではありません! 使用人達が――」
「――クリス、少し落ち着きなさい!」
マリア様に叱責されて、クリスさんは押し黙る。納得は出来ないが、ひとまず落ち着いたようだ。
「アレン様。この度は、当家の使用人が大変失礼いたしました。不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません。この件は、私が責任をもって対処させて頂きます」
マリア様が俺に謝罪してくれた。頭を下げたりはしなかったが、その顔には申し訳ないという気持ちが浮かんでいる。ならば、対処は任せた方が良いだろう。
「分かりました。お任せします」
「ありがとうございます。……クリス、貴女はアレン様達と一緒に客室で休んでいなさい。長旅で疲れがたまっているはずです」
「――! ……分かりました」
「ラミール。案内、よろしくね」
「かしこまりました。奥様」
「それでは皆様、夕食の席でお会いしましょう。失礼します」
そう言って、マリアさんは俺達のもとを離れた。
その後、ラミールさんに案内されて、客室に入る。当然ながら、マリーナさん達と俺達は別の客室だ。クリスさんは別に自室があるらしいが、マリア様に言われた通り、夕食までは俺達と一緒にいることにしたようだ。
「アレンさん……本当に申し訳ありません。我が家の使用人が――」
「――クリスさんが謝ることじゃないですよ。ブリスタ子爵夫人が対処してくれるっておっしゃったんだ。お任せしよう」
「ですが……うぅ……」
俺の想像だが、マリア様はクリスさんを一人にすると、自責の念に捕らわれてしまうと考えて俺達と同じ客室にいるように言ったのだろう。
(俺なら、クリスさんをフォローできるって信じてくれたってことだよな。なら……)
「クリスさん。以前言った事、覚えてますか?」
「以前ですか? えっと……」
「正式に婚約したら……ってやつです」
「………………あっ!」
どうやら思い出してくれたらしい。
「正式な契約はまだですが、ブリスタ子爵の許可は得ました。もう十分ではないかと。それに、私達が仲良くしていれば、彼らの誤解も解けると思います」
「そ、そうですね……」
クリスさんが答えた直後に客室の扉がノックされる。
「失礼します。夕食の準備が整いました。食堂までご案内させて頂きます」
扉の外からメイドさんの声がした。俺はクリスさんに手を差し伸べる。
「ほら、行こう。クリス」
「ええ。アレン」
俺達は手をつないで食堂に向かおうとした。
「おぉーアレン。親の前で大胆な」
「アレン、頑張ったわね」
「お兄ちゃん、ナイス!」
「お兄ちゃん頑張った……です。クリス様も元気になって良かった……です」
皆の声が聞こえて、2人きりじゃなかったことを自覚する。
俺もクリスも顔を赤くしたが、つないだ手は離さなかった。
「それでは、私の方で婚約の契約書を作成しておく。間もなく夕食の時間だが、皆さんはそれまでゆっくり休んでくれ」
「ありがとうございます。お心遣いに感謝致します」
ブリスタ子爵がベルを鳴らすと執事のラミールさんがやってきた。
「彼らを客室に案内してくれ。大事な客人だ。くれぐれも粗相のないようにな」
「承知いたしました。皆様、こちらへどうぞ」
ラミールさんに連れられて、俺達は応接室を後にして、客室に向かう。
途中で、使用人達とすれ違ったが、その中の数人が俺の事を睨んでいることに気が付いた。彼らの視線に気付いたラミールさんが俺に頭を下げる。
「アレン様、ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません。彼らには後できつく言っておきますので」
「それはかまわないのですが……なぜ、彼らは私をあのような目で見たのでしょうか?」
「それは……その……」
ラミールさんが言いよどんだ。
「彼らは……クリスお嬢様のファンなのです……」
「……………………は?」
ラミールさんの言葉を脳が理解するのに時間がかかってしまった。
(ファン? ファンって……え? 使用人が、その家の娘に!?)
クリスさんも知らなかったようで、驚いた顔をしている。
「それはつまり……クリスさんと婚約する俺に嫉妬して……という事でしょうか?」
「いえ、どうやら嫉妬とは少し違うようです。彼らにクリスお嬢様への恋心はなく、純粋にクリスお嬢様の幸せを願っているようなのです」
使用人が主人の娘に恋心を頂くことはあり得ないが、幸せを願うならば普通の事だ。だが……
「それで、なぜアレンさんをあのような目で見るのですか!」
クリスさんがラミールさんを問い詰める。
「その……彼らは、クリスお嬢様がブリスタ家のために商家に身売りしたと考えているようなのです。以前、『侯爵家に嫁ぐ事も出来たはずのクリス様が商人に身売りするなんてありえない』と申しておりました。旦那様から、アレン様とクリス様の婚約は、両者が望んでの物だと聞いてはおりますが、彼らは信じられないようで……」
貴族の娘が商人に嫁ぐというのは、彼らからすると、身売り同然なのだろう。
「そんな……わたくしが直接彼らと話します!」
「おそらく、効果は無いかと……『優しいクリスお嬢様が気を使ってくださっているのだ』と思うだけでしょう」
「で、ですが……このままではアレンさんが――」
「――何を騒いでいるのかしら?」
突然、後ろから声をかけられた。
「お母様!」
後ろを振り向くと、そこには、ビートルカメラを構えたマリア様がいた。
「クリス。アレン様と婚約出来て嬉しいのは分かりますが、はしゃぎすぎです。はしたないですよ」
「そんなこと言っている場合ではありません! 使用人達が――」
「――クリス、少し落ち着きなさい!」
マリア様に叱責されて、クリスさんは押し黙る。納得は出来ないが、ひとまず落ち着いたようだ。
「アレン様。この度は、当家の使用人が大変失礼いたしました。不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません。この件は、私が責任をもって対処させて頂きます」
マリア様が俺に謝罪してくれた。頭を下げたりはしなかったが、その顔には申し訳ないという気持ちが浮かんでいる。ならば、対処は任せた方が良いだろう。
「分かりました。お任せします」
「ありがとうございます。……クリス、貴女はアレン様達と一緒に客室で休んでいなさい。長旅で疲れがたまっているはずです」
「――! ……分かりました」
「ラミール。案内、よろしくね」
「かしこまりました。奥様」
「それでは皆様、夕食の席でお会いしましょう。失礼します」
そう言って、マリアさんは俺達のもとを離れた。
その後、ラミールさんに案内されて、客室に入る。当然ながら、マリーナさん達と俺達は別の客室だ。クリスさんは別に自室があるらしいが、マリア様に言われた通り、夕食までは俺達と一緒にいることにしたようだ。
「アレンさん……本当に申し訳ありません。我が家の使用人が――」
「――クリスさんが謝ることじゃないですよ。ブリスタ子爵夫人が対処してくれるっておっしゃったんだ。お任せしよう」
「ですが……うぅ……」
俺の想像だが、マリア様はクリスさんを一人にすると、自責の念に捕らわれてしまうと考えて俺達と同じ客室にいるように言ったのだろう。
(俺なら、クリスさんをフォローできるって信じてくれたってことだよな。なら……)
「クリスさん。以前言った事、覚えてますか?」
「以前ですか? えっと……」
「正式に婚約したら……ってやつです」
「………………あっ!」
どうやら思い出してくれたらしい。
「正式な契約はまだですが、ブリスタ子爵の許可は得ました。もう十分ではないかと。それに、私達が仲良くしていれば、彼らの誤解も解けると思います」
「そ、そうですね……」
クリスさんが答えた直後に客室の扉がノックされる。
「失礼します。夕食の準備が整いました。食堂までご案内させて頂きます」
扉の外からメイドさんの声がした。俺はクリスさんに手を差し伸べる。
「ほら、行こう。クリス」
「ええ。アレン」
俺達は手をつないで食堂に向かおうとした。
「おぉーアレン。親の前で大胆な」
「アレン、頑張ったわね」
「お兄ちゃん、ナイス!」
「お兄ちゃん頑張った……です。クリス様も元気になって良かった……です」
皆の声が聞こえて、2人きりじゃなかったことを自覚する。
俺もクリスも顔を赤くしたが、つないだ手は離さなかった。
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