天騎士カイリと無敵に可愛い天魔パレード!

不確定ワオン

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最初の七日間

2日目 蒼炎天翼

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 猿モドキたちは私とコワールを茶化すようにふらふらと飛び回ると、枯れた木々の森の上空へと進んで行った。 

【んー!! もりのうえとばれたらおいつけないー!】

 悔しそうに嘶いて、コワールはイヤイヤと首を振る。

「コワール、こっちから行こう! 道があるよ!」

 獣道かな。
 人が二人くらいなら並んで通れそうな道がポッカリと森に穴を開けている。
 いや。
 枝が切られてるってことは、グランハインドの家の人たちが整備した道みたいだ。

「大丈夫だよ! コワールはとっても速いもん! 見失ったりはしないから!」

【うん! いくよカイリおねえちゃん! つかまっててねー!】

 鼻息荒く意気込んだコワールが森へと入って行く。

 猿モドキたちがそれを見て慌て始めた。
 あいつら、森の中を飛べばコワールを振り切れると思ってたんだな?
 舐めないでよね!
 アニーやエニオンに比べたらそりゃあとっても遅いけれど、コワールはあなたたちより全然速いんだから!
 まだ赤ちゃんなのに、凄いんだからね!

「痛っ!」

 細い枝が顔を掠めて、一瞬熱が走った。
 細い傷が頬を薄く血に染める。

【カイリおねえちゃん!? だいじょうぶ!?】

「心配ないよコワール!」

 両手をコワールの首に巻きつけていて、その傷をぬぐうことができなかった。
 整地されていない森の中を走っているから、私もコワールの体も上下に激しく揺れている、
 片手を離してその体から落ちようものなら、きっと大怪我じゃ済まされないだろう。

 頬の切り傷ごとき、構ってなんかいられない!
 あの赤ちゃんを早く助けないと!

【まだおさるさんみえる?】

 フンフンと鼻で息をしながらコワールが私に問う。

「大丈夫だよ! もうすぐで追いつける!」

 追いついたところで、空を飛んでいるあいつらに何もできない。
 どうしよう。
 どうしたらあの赤ちゃんを猿モドキたちから奪い返されるんだろう。

「っ!? コワール! 止まって!」

【なんで!?】

「崖があるの!」

【がけってなーに!?】

「いいから止まって!」

 私の叫び声に合わせてコワールが急ブレーキをかけた。
 反動で私の体がコワールの背から落ちそうになるが、なんとか持ちこたえる。

【ふわー……、たかーい】

 枯れた木々の森を抜けた先に亀裂が走っていた。
 ギリギリで踏みとどまったコワールの足元から先の地面が無い。

 断崖絶壁。
 底を覗き込めば、あまりの高さに身震いしそうになる。

 あの猿モドキたち、この崖の存在を知っていたんだな?
 だからコワールが追いついてきても進路を変えずに、まっすぐ飛んでいたんだ。

『ギギギッ!』

『ギエッギエッギエッ!』

『ギョギョギョギョギョッ!』

『ギャースッ!』

 四匹の醜い翼を生やした猿モドキたちが、思い思いの鳴き方で笑う。

「くぅっ!」

【なんかいやー! あかちゃんかえせー!】

 コワールが可愛らしく地団駄を踏んだ。
 私もまったくの同意権だ。

 崖の先で滞空し、赤ちゃんの入った籠を見せ付けるようにフラフラと飛び回る猿モドキたち。
 不快感しかない。

 悔しい。

 籠の中の赤ちゃんはまだ元気に泣き続けている。

 きっと怖くて、お母さんを求めて泣いているんだろう。
 帰してあげたい。
 あの子を暖かくて優しいお母さんの腕の中に、戻してあげたい。

『ギャギャギャギャッ!』

「笑うなっ!!」

 なにが面白いんだ!
 何も面白いことなんて無い!

 穏やかに生きるはずの赤ちゃんを!
 健やかに育つはずのその子を!

 アナタたちみたいな気持ち悪い生き物が奪っていい理由なんかひとつも無い!

【カイリおねえちゃん、あのこないてる……なんで?】

 コワールが籠の中の赤ちゃんを見て心配そうな声を出した。
 その首に顔を埋め、首の後ろから両手で頬を撫でる。

「……あの子は、お母さんに会いたいの。寂しくて泣いてるの」

 無力だ。

 私はとっても無力だ。

 コワールの力を借りないと、ここまであいつらを追ってくることもできなかった。

 目の前で泣いている赤ん坊を、泣き止ますことすらできない。
 それどころか、触れることすらできないなんて。

【おかあさん? いないの?】

 コワールは首を曲げて私を見る。
 その円らな瞳が悲しそうな光を放つ。

 胸が締め付けられる。
 心臓を手で握りつぶされているような感覚に、自然と涙が零れだした。

「あの猿たちが、あの子とお母さんを引き離したの。可哀想だよね……」

 なんて非道い事をするのだろう。
 なんてむごい事をするのだろう。
 あの子がいったい何をしたっていうんだ。

 少なくとも、命を奪われるようなことはしていないはずだ。
 生きるためにやむを得ず食べられるとしても、抗って良いはずだ。
 抵抗してもいいはずだ。
 でもあの子には、泣くことしかできない。

 泣くことしか、できないんだ。

【……ぼくも、おかあさんにあえないのはいやだよ?】

「……うん」

【おかあさんと、ずっといっしょにいたいよ?】

「うん」

【あのこ、おかあさんのところにかえしてあげようよぉ】

「っ!」

【カイリおねえちゃん、あのこないてるよぉ】

「コワール……コワ、やさしい子、言い子だねコワ。でも、でもね……?」

 無理だなんて、言えなかった。
 どうすることもできないなんて、口に出すことも恐ろしかった。

 優しくて純粋なこの仔馬の願いを、聞いてやりたい。
 泣いているあの子を、救いだしてやりたい。

 でも、私が無力だ。
 自分が何もできないのが、こんなに悔しいなんて。

「あっ!」

【まって! いかないで!】

 猿モドキたちがニタニタといやらしい笑みを浮かべながら、ゆっくりと高度を上げていく。

 私たちをあざ笑いながら、戦利品だとばかりに赤ちゃんを見せつけながら、手の届かないところに飛んで行く。

 飛んでいってしまう。

 いか、ないで。

「いかないで……っ! お願い! その子を返して!」

【いやだぁ! あかちゃんをかえしてよぉ!】

 私とコワールの声だけがむなしく響く。
 辺りに反響し、何度も何度も繰り返し繰り返し。

【……ぼくがとべたら、あのこをとりかえせるのに】

「コワール……」

 悔しそうに、悲しそうにコワールは俯いた。
 目に大粒の涙を浮かべ、体を震わせて、仔馬が泣いている。

【ぼくがおかあさんやおとうさんみたいにおそらをとべたら、あのこはなかなくてもすむのにっ】

「貴女のせいじゃない……貴女のせいじゃないよコワール。ごめんね、ごめんね……」

 強く強くその首に抱きついて、頭を撫でる。
 優しい子。
 本当に偉い子。

 私に貴女のその綺麗な願いを叶えられる力さえあれば。
 世界でもっとも純粋な、その綺麗な願いを。

 叶えられる力が、私にあれば!

『乙女よ』

 声が、聞こえた。

『世界の境で願いを祈りし、我らが乙女よ』

 抑揚の無い、機械的な声。
 それなのにとても暖かく、力強い声が。

 私の耳ではなく、心に響く。

『天魔の願いを聞き遂げよ。それは純なる願い、尊き願い、無垢なる願い』

【やだよう……あのこかわいそうだよぉ】

 コワールの涙が、その頬に添えていた私の手を濡らした。
 熱を感じる。

 それはとても熱く、でもとても優しい熱。

『境界に触れた弱き天魔が泣いている。乙女よ。世界と世界を繋ぎ止める我らが乙女よ。それは貴女にしか叶えられぬ願い』

 私に……だけ。

『名を呼べ乙女よ。その真なる名を。それこそは誓い。貴女と天魔を結びつける、強き契約。さあ乙女よ。我らが同胞を呼び覚ませ!」

 私が、コワールを呼び覚ます……?

 そうだ。

 呼ぼう。

 この子の本当の名前を。

「……三天に帰す、想いの剣」

 自然と、口から言葉が出てくる。

【……おねえちゃん?】

「……それは心の海より出でしモノ。なにより鋭く、なにより鈍き銀色の剣」

 コワールの首から手を離し、頭上に掲げる。

「お前の願いを聞き届けよう。この銀剣に、誓え天魔よ。生と死を知る無垢なる魂。そのか弱き声を、境界の乙女が世界に刻む」

【ぼくの、ねがい?】

「声高く叫べ! 空を翔る翼の子よ! その願いを以って、ここに契約を契る!」

 お願いコワール。

 あなたの想いを、願いを聞かせて?

 私はそれを叶えたい。

 貴女の綺麗な想いを、私に聞かせて!

【ぼくのおねがいは…… 】


 貴女の願いは?





【あのこをおかあさんのところにかえしてあげたい・・・・・・! あのこのところにとんでいきたい!】




 それは、とっても儚くて。

 でもとっても綺麗な、力強い願い!



「天に刻む! 貴女の想いと私の想い! それはいつだってひとつ!」

 それは私の心の海に眠る剣。

 形を持たず、意味も持たない銀色の剣。

 だからこそ、それは世界の理に触れることができる。

 天と地と、その小さき命に刻もう。

 私とコワールの願いを!

「お願い! 私たちに力を!」

『しかと! さあ! その無垢なる魂の真なる名を叫べ!』

 両手にいつのまにか現れた、まばゆい輝きを放つ銀色の剣。

 頭上に掲げたその剣の刀身に、青い文字が浮かび上がる。

 見たこともない形のその文字が、分かる。

 読めるはずのない、まるで教科書でみた象形文字のようなその文を、ゆっくりと読み上げる。





蒼炎天翼アオキツバサ……私のコワール!」





 瞬間、私は空へと駆け昇る。

 蒼き翼のペガサスに乗って!
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