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46話 繋がる魂
人の姿であるのに、グレイはとてつもなく強かった。
襲い掛かっても襲い掛かっても攻撃が当たらない。当たる!と思っても躱されてしまう。
二人がかりでもグレイには敵わない。ウィリアムが言っていた「最古の者」の力とはこういう事だったのかと、ギルバートは思った。
「こんなものか?お前たち。そもそもこの戦いに、意味はあるのか?」
グレイがうっすらと笑って言う。
「私たちは仲間じゃないか」
「違う」
ギルバートはきっぱりと否定した。
グレイが魔物を意図的に作り出しているのは明らかになった。彼は「戯れに」ディアヴァルを作っている。
そこに目的はない。
過去も今も、魔物に苦しめられている人々がいる。ギルバート自身もそうだった。
グレイは悪魔だ。彼の考えはあまりに人から遠く、だからギルバートは理解しようとも、したいとも思わない。
たった一つ確かな事は、グレイという存在を抹消しなければディアヴァルは撲滅できない。
ギルバートは腕に生えた刃でグレイを攻撃した。
だがやはり彼の動きは速く、ギルバートの攻撃を易々と避けてしまう。
ウィリアムが飛び上がってグレイに襲い掛かる。すぐに人の腕で簡単に捕まり、地面に叩きつけられた。
地面に伏すウィリアムの元へ駆け寄ったギルバートは、彼を守るように立ちふさがった。
「美しいな。愛というやつか?だがそれがお前たちの弱点だ」
二人の光景を眺めてグレイは笑う。
「どういう意味だ?」
魔物の姿で言葉を発すると声帯が変わるのか、唸り声のようになるが、グレイには届いたようだ。
「執着は人を弱くする。私たちのような完璧な生物に似つかわしいとは思わない」
人の姿をした、ディアヴァル最古の者は確信をもってそう言い放った。
その信念は、一体どこから来たものだろうか。
グレイは、愛と執着を同一視している。
ギルバートはウィリアムを愛している。だが、それは執着ではない。彼を幸せにできるのなら、自分がそのかたわらにいられなくなっても構わない。
閉じ込めてすべてを奪うようなものは、愛ではない。
ギルバートは復讐に取り憑かれていた男だが、それは断言できる。執着と愛は別だ。
だが、グレイはそれを同列に考えている。
自分に縛る事、自分が縛られる事、それが愛だと。
なんと寂しい考えだろう。
グレイは、孤独だ。
それはグレイが長い年月を生きているからだけでなく、誰かを愛する事を極度に恐れているからだ。
「ギル、彼には策もなしに勝てない。どうする?」
庇った背中でウィリアムが小さく言った。
確かにグレイは強かった。だがグレイには知らないことがあった。
彼は人から離れすぎた。だから人間の本質を忘れている。
人間の持つ最大の力。それは、自己犠牲を厭わない勇気だった。
モノクルスたちは遠巻きであるが撤退していない。踏みとどまって戦いに備えている。
軍もそうだ。封鎖地域のぎりぎりに鎮座し動いていない。圧倒的な力の前にあってさえ、人はそういう勇気を持っている。
一人ひとりの力は弱くても、それが合わさることで人は地上で最強の生物になる。
「ウィル、言葉が伝わるよう、一度人に戻って周りに言ってくれ。俺が奴の囮になって注意を逸らす。モノクルスには構わず同時に援護射撃をさせろ。俺が離れたら、今度は一斉にエウカリスを使えと。軍にはしっかりと距離を取って絶えず援護射撃をさせてくれ」
ギルバートの指示に、ウィリアムは心配げに「一人で大丈夫か?」と聞くが、ギルバートは力強く頷いた。
きっと、やり遂げることができると信じている。いや、どうあってもやり遂げなければならない。そういう意志を持って、人であった頃も戦ってきた。
「いくぞ・・・1・・・2・・・3・・・GO!」
ギルが素早くグレイに襲い掛かり、ウィリアムは飛ぶように後ろに退がった。
ずたずたになったズボンのみの人の姿に戻り、モノクルスたちが待機している場所まで人の目には止まらぬ速さで一気に駆けていく。
ギルバートはグレイに腕の刃で斬り込んだ。モノクルスたちや軍の援護射撃が自分にすら当たっても構わず攻める。躱されても躱されても諦めずに食い下がった。
「お前が、俺の、親戚だなんて、願い下げ、だ!!」
「ははは、皮肉だな、私にそっくりな者よ。ウィリアムはお前自身ではなく、私の影を愛したのだ。私だけがあの子の唯一なのだ」
「違う!それに、ウィリアムの影に囚われていたのはお前だろ!未練がましく"代わり"を作って、うまくできないからとウィリアムに復縁を媚びるなんて情けない奴め!お前には──」
ギルバートは刃を振るいながら叫び続ける。
「お前には、誰かを愛する資格はない!誰からも愛される事など、ない!!」
攻撃の狭間で、標的の顔から一瞬笑みが消えたのをギルバートは見た。
ギルバートの刃の先端がグレイの腕に突き刺さった。やった!と思ったのも束の間、筋で挟まれた刃が抜けない。
距離を取ろうにも完璧に相手の間合いに入ったままだった。
しまったと思った。
ギルバートを捕まえるために、グレイはあえて攻撃を受けたのだ。
ビリビリとスーツの生地を破り、グレイのもう片方の腕が変形していた。黒に灰の縞模様の皮膚。爪は大きく曲がりくねり、先端はまるで刃のように光っている。
切り裂かれると思い、防御のために片腕を翳した。
「ギル!!!」
そこに魔物姿のウィリアムが飛び込んできた。彼はギルバートを庇うように狭い間合いに入ると、ギルを抱え込みグレイを蹴り付け刃を引き離す。
「くっ・・・!!」
遠くの地面に衝突した直後、呻き声を上げたウィリアムにギルバートは慌ててウィリアムの腕から抜け出し彼を抱く。その背中は大きく裂け、血が滴っていた。
「ウィル!大丈夫か!?」
「これぐらい・・・いいから俺に構うな!」
パラパラと銃声が重なって聞こえる。見るとモノクルスたちもそのわずか後方に控えた軍人たちも、怯む事なく一斉にグレイに向かって銃弾を撃ち込んでいた。
軍の銃弾に紛れてモノクルスのエウカリスがグレイに命中すると、その場所から霧のようなものが立ち上る。
それは見る見るうちにあたりに充満し、かつては処刑場だったロンドン塔の敷地を禍々しい色で埋めた。
グレイの毒気だ。その毒の色は見た事もない色をしていた。
茶、黄、赤、青、銀、金。様々な色が混じり合って、黒を織り成す。
ギルバートはディアヴァルの特性なのか、それらに毒々しさよりも神々しさを感じてしまう。
ディアヴァルが強い毒気に惹き寄せられるのはどういう事なのかを、思い知った。
だがその中心部、つまりグレイのいた場所は真っ暗で何も見えないほどの闇だった。
「逃げろ!!!」
ギルバートは咄嗟に叫んだ。
本能で感じた。人間にはこの毒は、例え少しでも耐えられない。
モノクルスたちは皆、自分たちの法衣で口と鼻を覆う。
法衣は特殊な糸で織られ、毒気を中和する作用がある。それにモノクルスたちが身につけている装飾品にもまた、毒を跳ね除ける作用があった。そんなモノクルスたちでも苦しそうにその場に蹲ってしまう。
グレイの放つ毒気はあまりに濃い。爆発的に広がり、周りを一気に飲み込もうとしていた。
「うわああああ!」
退却しそこねた軍の兵士の一人に、霧がまとわりついていた
「いやだ!!うわあああ!」
叫ぶその男の形が気味悪く膨張した。
人の形がどんどんと魔物のそれに代わる様を、周りはなすすべもなく見ていた。
「アレク!!」と誰かが叫んだが、名前の主はもう「アレク」ではなくなった。
黒い体に裂けた口と大きな爪。どこから見てもディアヴァルだ。
「どけ!もうお前の仲間じゃない!」
同僚なのか、近づこうとする一人の兵士を押しのけたのはウコンだ。
ウコンは兵士を突き飛ばす様に下がらせて、ディアヴァルに躊躇なく刀を振るった。
生み出されたばかりのディアヴァルは倒れた。それを見た軍人たちは悲鳴を上げ、恐怖に慄き霧から逃げ惑っている。
そして広がっていた毒が、今度は波が引くように中心部にいるグレイへと集まっていく。
ギルバートとウィリアムはもうもうとした毒がグレイに収束していくのを見ていた。
やがて毒は完全に中心部に消えた。
そこにいたのは、様々な色の混じりあった化け物だった。
「あれがグレイの・・・本当の姿?」
茫然と呟くウィリアムも、初めて見るようだった。
黒と灰の縞模様の体全体は、そこまで巨大ではない。頭頂部は鬣ではなく硬い突起がいくつもある。全体に黒っぽい色だが、動くたびに色が変わって見えた。
背後には体長を越える長い尾があった。それには鱗のような模様が並んでいた。
ディアヴァルは色持ちになるとそれぞれの特徴があるが、これほど異様な風体のディアヴァルはギルバートも初めて見た。
グレイの姿はあまりにも禍々しい。それと同時に、やはり周囲を惹き付ける輝きがある。
それが純粋な血に対しての、本能的な服従の意思だとギルバートは思う。
だが絶対的な存在に対してのその感情を、ギルバートは人の意思の力で抑えつけた。側のウィリアムの肩に手を置く。背中の傷の血は止まっている。ウィリアムはギルバートを仰ぎ見て、自分も大丈夫だと伝えるように頷いてみせた。
悪魔の姿を晒した男は、エウカリスを撃たれた箇所を掻きむしっていた。皮膚が爛れ、その場所が肌色になったり黒になったり黄色になったりと変色を繰り返している。
エウカリスが体に回っているようだが、制御を失わせただけで人の姿に戻る事はなかった。
ぐおおおおおおおおおお
地響きのような咆哮が、悪魔から上がる。
「よくも!よくも!私をこんな醜い姿にしたな!」
毒気は彼の心の乱れを表すかの如く、吹き出しては引っ込み、激しい伸び縮みをする。色が秒ごとにめまぐるしく変わっていく。
グレイは怒っていた。
だが怒りはグレイの冷静な判断を鈍らせた。
「撃て!ルル!」
マシューズが叫んだ。ギルバートの視線の先に、クロスボウを構えたルルがいた。
矢じりが普通の矢じりではない。大きなカプセル状のものが付いている。
ルルはその矢をグレイに向かって射ち込んだ。
ばん!と当たった瞬間に弾けて、金色に光る粘液が彼の体を覆う。
あれはマシューズのとっておきだ。「一発だけだから使うところを間違うな」と言って、ルルに渡していたものだ。
「ぐわああ!!!」
グレイがのたうつように叫ぶ。そしてギルバートは、その液体が何であるか気が付いた。
聖水だ。
そしてそれに大量のエウカリスを混ぜている。
効果は強力だった。
焼け爛れた箇所からエウカリスがしっかりと染み込み、鎧のようだった突起も硬質の肌もぐずぐずと溶けていく。
聖水は悪魔に効くものであり、ディアヴァルにも火傷を負わすなど多少の効果があったがここまで顕著な反応を示す個体はそういない。
それはグレイがより「純粋な悪魔」である事の象徴だった。
「今だ、いけ!ギルバート!」
ウィリアムがいつの間にか手にしていたギルバートの大鎌を差し出す。それをしっかりとギルバートは握り締めた。
「ウィリアム。本当にいいんだな?」
ウィリアムはギルバートの言葉に、瞬間、金色の瞳を見開いた。彼がかつて愛した者。その者をギルバートが討ち取る。
だがウィリアムはしっかりと頷いた。
「頼む」と力強く言った。
異形の姿になっていても、ウィリアムの瞳の光はしっかりとしていた。ギルバートもまたはっきりとした意志を持って、鎌を構えた。
そしてこの場の全員の思いを背に、グレイに向かって一直線に走った。
苦しんでいたグレイは気が付いて、自分を守るように腕を突き出す。防御には足りない形のそれに、ギルバートは鎌を思い切り振り下ろした。
腕が飛んだ。グレイが悲鳴を上げる。
だが、片腕を失った程度ではまだ戦意が削がれない。抗うように残った腕でギルバートに反撃する。
「ぐあっ!!!!」
肩に鋭い爪が深々と食い込んで、ギルバートも悲鳴を上げた。
そのまま長い尾がギルバートの首に絡み、ぎりぎりと締める。
「殺してやる!よくも私を!私の・・・ウィリアムを!」
その感情を炸裂させたグレイの叫びを聞いて、ギルバートは苦しみの中で気付く。
執着したくない。と思うのは、執着してしまったからだ。
グレイは無意識にウィリアムを求めていたのだ。だからここに来た。
ギルバートはそれでも、悪魔に成り果てた男を哀れだとは思わない。
グレイは、彼は、愛される権利を自ら放棄したのだから。
自分が孤独だからといって、相手にまでそれを強要するべきではなかった。
彼は、ただ受け取ればよかったのだ。ウィリアムからの純粋な気持ちを。ただ愛している、と認めればよかったのだ。
「バカだな・・・あんた」
苦しい中で言うと、ますます締め上げが強くなった。
「頭をもぎ取ってやる!」グレイが残忍に笑った。
ドス
軽い衝撃があって、するりとギルバートの首から闇の色の尾がほどけていった。解放され、地面に頽れたギルバートが見上げたグレイは、恐る恐るという様子で後ろを振り向く。
そこには、ほとんど人に戻ったウィリアムがいた。
背後に回るために、より姿が見られないよう小柄を活かしたのだろう。その手には、自身の武器である短剣が2本握られていた。
ウィリアムは聖具の短剣を、背中からグレイの心臓に正確に突き刺していた。
「グレイ。貴方は、長く生き過ぎたんだ」
ウィリアムは悲しげに言った。
「ウィル・・・私の・・・」
グレイはウィリアムに手を伸ばした。グレイの体は収縮し、ほとんど人の姿になりつつあった。グレイの指が、ウィリアムの頬を撫でる。
「俺はもう、貴方のモノじゃないよ。さよならだ、グレイであったひと」
ウィリアムはそう言うと、抜き出した短剣をグレイの首に振るった。
グレイの体は唐突に崩れた。
どさり、と頭のない体がギルバートの前に崩れ落ちる。
終わった・・・
グレイは死んだ。
そう思った。
だがその時、空が突然赤くなった。
ウィリアムが驚いたように見上げた。
「冥界の扉だ!」
風がごうごうと吹きすさび、赤黒い炎に包まれた扉が空から落ちるように現れた。
ギルバートはウィリアムを抱き込み、その場から飛んで距離を取った。
熱風を纏い、ぐわりと迫った扉は、グレイの死体の上で開いた。
重い風が吹いた。ギルバートには嗅ぎなれた匂いがした。ついこの間まで、あの中にいたのだ。黒い闇が辺りを覆った。
そして、冥界への門は唐突に消えた。毒気の煙が残ったが、それもすぐに立ち消えた。
「消えた・・・」
茫然としたウィリアムの言葉の後、ギルバートはグレイの死体があった場所を見た。
そこには、焦げた焼け跡だけが残されていた。
体も頭も、どこにもなかった。
グレイの屍は、冥界の扉と共に消え失せてしまっていた。
襲い掛かっても襲い掛かっても攻撃が当たらない。当たる!と思っても躱されてしまう。
二人がかりでもグレイには敵わない。ウィリアムが言っていた「最古の者」の力とはこういう事だったのかと、ギルバートは思った。
「こんなものか?お前たち。そもそもこの戦いに、意味はあるのか?」
グレイがうっすらと笑って言う。
「私たちは仲間じゃないか」
「違う」
ギルバートはきっぱりと否定した。
グレイが魔物を意図的に作り出しているのは明らかになった。彼は「戯れに」ディアヴァルを作っている。
そこに目的はない。
過去も今も、魔物に苦しめられている人々がいる。ギルバート自身もそうだった。
グレイは悪魔だ。彼の考えはあまりに人から遠く、だからギルバートは理解しようとも、したいとも思わない。
たった一つ確かな事は、グレイという存在を抹消しなければディアヴァルは撲滅できない。
ギルバートは腕に生えた刃でグレイを攻撃した。
だがやはり彼の動きは速く、ギルバートの攻撃を易々と避けてしまう。
ウィリアムが飛び上がってグレイに襲い掛かる。すぐに人の腕で簡単に捕まり、地面に叩きつけられた。
地面に伏すウィリアムの元へ駆け寄ったギルバートは、彼を守るように立ちふさがった。
「美しいな。愛というやつか?だがそれがお前たちの弱点だ」
二人の光景を眺めてグレイは笑う。
「どういう意味だ?」
魔物の姿で言葉を発すると声帯が変わるのか、唸り声のようになるが、グレイには届いたようだ。
「執着は人を弱くする。私たちのような完璧な生物に似つかわしいとは思わない」
人の姿をした、ディアヴァル最古の者は確信をもってそう言い放った。
その信念は、一体どこから来たものだろうか。
グレイは、愛と執着を同一視している。
ギルバートはウィリアムを愛している。だが、それは執着ではない。彼を幸せにできるのなら、自分がそのかたわらにいられなくなっても構わない。
閉じ込めてすべてを奪うようなものは、愛ではない。
ギルバートは復讐に取り憑かれていた男だが、それは断言できる。執着と愛は別だ。
だが、グレイはそれを同列に考えている。
自分に縛る事、自分が縛られる事、それが愛だと。
なんと寂しい考えだろう。
グレイは、孤独だ。
それはグレイが長い年月を生きているからだけでなく、誰かを愛する事を極度に恐れているからだ。
「ギル、彼には策もなしに勝てない。どうする?」
庇った背中でウィリアムが小さく言った。
確かにグレイは強かった。だがグレイには知らないことがあった。
彼は人から離れすぎた。だから人間の本質を忘れている。
人間の持つ最大の力。それは、自己犠牲を厭わない勇気だった。
モノクルスたちは遠巻きであるが撤退していない。踏みとどまって戦いに備えている。
軍もそうだ。封鎖地域のぎりぎりに鎮座し動いていない。圧倒的な力の前にあってさえ、人はそういう勇気を持っている。
一人ひとりの力は弱くても、それが合わさることで人は地上で最強の生物になる。
「ウィル、言葉が伝わるよう、一度人に戻って周りに言ってくれ。俺が奴の囮になって注意を逸らす。モノクルスには構わず同時に援護射撃をさせろ。俺が離れたら、今度は一斉にエウカリスを使えと。軍にはしっかりと距離を取って絶えず援護射撃をさせてくれ」
ギルバートの指示に、ウィリアムは心配げに「一人で大丈夫か?」と聞くが、ギルバートは力強く頷いた。
きっと、やり遂げることができると信じている。いや、どうあってもやり遂げなければならない。そういう意志を持って、人であった頃も戦ってきた。
「いくぞ・・・1・・・2・・・3・・・GO!」
ギルが素早くグレイに襲い掛かり、ウィリアムは飛ぶように後ろに退がった。
ずたずたになったズボンのみの人の姿に戻り、モノクルスたちが待機している場所まで人の目には止まらぬ速さで一気に駆けていく。
ギルバートはグレイに腕の刃で斬り込んだ。モノクルスたちや軍の援護射撃が自分にすら当たっても構わず攻める。躱されても躱されても諦めずに食い下がった。
「お前が、俺の、親戚だなんて、願い下げ、だ!!」
「ははは、皮肉だな、私にそっくりな者よ。ウィリアムはお前自身ではなく、私の影を愛したのだ。私だけがあの子の唯一なのだ」
「違う!それに、ウィリアムの影に囚われていたのはお前だろ!未練がましく"代わり"を作って、うまくできないからとウィリアムに復縁を媚びるなんて情けない奴め!お前には──」
ギルバートは刃を振るいながら叫び続ける。
「お前には、誰かを愛する資格はない!誰からも愛される事など、ない!!」
攻撃の狭間で、標的の顔から一瞬笑みが消えたのをギルバートは見た。
ギルバートの刃の先端がグレイの腕に突き刺さった。やった!と思ったのも束の間、筋で挟まれた刃が抜けない。
距離を取ろうにも完璧に相手の間合いに入ったままだった。
しまったと思った。
ギルバートを捕まえるために、グレイはあえて攻撃を受けたのだ。
ビリビリとスーツの生地を破り、グレイのもう片方の腕が変形していた。黒に灰の縞模様の皮膚。爪は大きく曲がりくねり、先端はまるで刃のように光っている。
切り裂かれると思い、防御のために片腕を翳した。
「ギル!!!」
そこに魔物姿のウィリアムが飛び込んできた。彼はギルバートを庇うように狭い間合いに入ると、ギルを抱え込みグレイを蹴り付け刃を引き離す。
「くっ・・・!!」
遠くの地面に衝突した直後、呻き声を上げたウィリアムにギルバートは慌ててウィリアムの腕から抜け出し彼を抱く。その背中は大きく裂け、血が滴っていた。
「ウィル!大丈夫か!?」
「これぐらい・・・いいから俺に構うな!」
パラパラと銃声が重なって聞こえる。見るとモノクルスたちもそのわずか後方に控えた軍人たちも、怯む事なく一斉にグレイに向かって銃弾を撃ち込んでいた。
軍の銃弾に紛れてモノクルスのエウカリスがグレイに命中すると、その場所から霧のようなものが立ち上る。
それは見る見るうちにあたりに充満し、かつては処刑場だったロンドン塔の敷地を禍々しい色で埋めた。
グレイの毒気だ。その毒の色は見た事もない色をしていた。
茶、黄、赤、青、銀、金。様々な色が混じり合って、黒を織り成す。
ギルバートはディアヴァルの特性なのか、それらに毒々しさよりも神々しさを感じてしまう。
ディアヴァルが強い毒気に惹き寄せられるのはどういう事なのかを、思い知った。
だがその中心部、つまりグレイのいた場所は真っ暗で何も見えないほどの闇だった。
「逃げろ!!!」
ギルバートは咄嗟に叫んだ。
本能で感じた。人間にはこの毒は、例え少しでも耐えられない。
モノクルスたちは皆、自分たちの法衣で口と鼻を覆う。
法衣は特殊な糸で織られ、毒気を中和する作用がある。それにモノクルスたちが身につけている装飾品にもまた、毒を跳ね除ける作用があった。そんなモノクルスたちでも苦しそうにその場に蹲ってしまう。
グレイの放つ毒気はあまりに濃い。爆発的に広がり、周りを一気に飲み込もうとしていた。
「うわああああ!」
退却しそこねた軍の兵士の一人に、霧がまとわりついていた
「いやだ!!うわあああ!」
叫ぶその男の形が気味悪く膨張した。
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「どけ!もうお前の仲間じゃない!」
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生み出されたばかりのディアヴァルは倒れた。それを見た軍人たちは悲鳴を上げ、恐怖に慄き霧から逃げ惑っている。
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ギルバートとウィリアムはもうもうとした毒がグレイに収束していくのを見ていた。
やがて毒は完全に中心部に消えた。
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茫然と呟くウィリアムも、初めて見るようだった。
黒と灰の縞模様の体全体は、そこまで巨大ではない。頭頂部は鬣ではなく硬い突起がいくつもある。全体に黒っぽい色だが、動くたびに色が変わって見えた。
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ディアヴァルは色持ちになるとそれぞれの特徴があるが、これほど異様な風体のディアヴァルはギルバートも初めて見た。
グレイの姿はあまりにも禍々しい。それと同時に、やはり周囲を惹き付ける輝きがある。
それが純粋な血に対しての、本能的な服従の意思だとギルバートは思う。
だが絶対的な存在に対してのその感情を、ギルバートは人の意思の力で抑えつけた。側のウィリアムの肩に手を置く。背中の傷の血は止まっている。ウィリアムはギルバートを仰ぎ見て、自分も大丈夫だと伝えるように頷いてみせた。
悪魔の姿を晒した男は、エウカリスを撃たれた箇所を掻きむしっていた。皮膚が爛れ、その場所が肌色になったり黒になったり黄色になったりと変色を繰り返している。
エウカリスが体に回っているようだが、制御を失わせただけで人の姿に戻る事はなかった。
ぐおおおおおおおおおお
地響きのような咆哮が、悪魔から上がる。
「よくも!よくも!私をこんな醜い姿にしたな!」
毒気は彼の心の乱れを表すかの如く、吹き出しては引っ込み、激しい伸び縮みをする。色が秒ごとにめまぐるしく変わっていく。
グレイは怒っていた。
だが怒りはグレイの冷静な判断を鈍らせた。
「撃て!ルル!」
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あれはマシューズのとっておきだ。「一発だけだから使うところを間違うな」と言って、ルルに渡していたものだ。
「ぐわああ!!!」
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聖水だ。
そしてそれに大量のエウカリスを混ぜている。
効果は強力だった。
焼け爛れた箇所からエウカリスがしっかりと染み込み、鎧のようだった突起も硬質の肌もぐずぐずと溶けていく。
聖水は悪魔に効くものであり、ディアヴァルにも火傷を負わすなど多少の効果があったがここまで顕著な反応を示す個体はそういない。
それはグレイがより「純粋な悪魔」である事の象徴だった。
「今だ、いけ!ギルバート!」
ウィリアムがいつの間にか手にしていたギルバートの大鎌を差し出す。それをしっかりとギルバートは握り締めた。
「ウィリアム。本当にいいんだな?」
ウィリアムはギルバートの言葉に、瞬間、金色の瞳を見開いた。彼がかつて愛した者。その者をギルバートが討ち取る。
だがウィリアムはしっかりと頷いた。
「頼む」と力強く言った。
異形の姿になっていても、ウィリアムの瞳の光はしっかりとしていた。ギルバートもまたはっきりとした意志を持って、鎌を構えた。
そしてこの場の全員の思いを背に、グレイに向かって一直線に走った。
苦しんでいたグレイは気が付いて、自分を守るように腕を突き出す。防御には足りない形のそれに、ギルバートは鎌を思い切り振り下ろした。
腕が飛んだ。グレイが悲鳴を上げる。
だが、片腕を失った程度ではまだ戦意が削がれない。抗うように残った腕でギルバートに反撃する。
「ぐあっ!!!!」
肩に鋭い爪が深々と食い込んで、ギルバートも悲鳴を上げた。
そのまま長い尾がギルバートの首に絡み、ぎりぎりと締める。
「殺してやる!よくも私を!私の・・・ウィリアムを!」
その感情を炸裂させたグレイの叫びを聞いて、ギルバートは苦しみの中で気付く。
執着したくない。と思うのは、執着してしまったからだ。
グレイは無意識にウィリアムを求めていたのだ。だからここに来た。
ギルバートはそれでも、悪魔に成り果てた男を哀れだとは思わない。
グレイは、彼は、愛される権利を自ら放棄したのだから。
自分が孤独だからといって、相手にまでそれを強要するべきではなかった。
彼は、ただ受け取ればよかったのだ。ウィリアムからの純粋な気持ちを。ただ愛している、と認めればよかったのだ。
「バカだな・・・あんた」
苦しい中で言うと、ますます締め上げが強くなった。
「頭をもぎ取ってやる!」グレイが残忍に笑った。
ドス
軽い衝撃があって、するりとギルバートの首から闇の色の尾がほどけていった。解放され、地面に頽れたギルバートが見上げたグレイは、恐る恐るという様子で後ろを振り向く。
そこには、ほとんど人に戻ったウィリアムがいた。
背後に回るために、より姿が見られないよう小柄を活かしたのだろう。その手には、自身の武器である短剣が2本握られていた。
ウィリアムは聖具の短剣を、背中からグレイの心臓に正確に突き刺していた。
「グレイ。貴方は、長く生き過ぎたんだ」
ウィリアムは悲しげに言った。
「ウィル・・・私の・・・」
グレイはウィリアムに手を伸ばした。グレイの体は収縮し、ほとんど人の姿になりつつあった。グレイの指が、ウィリアムの頬を撫でる。
「俺はもう、貴方のモノじゃないよ。さよならだ、グレイであったひと」
ウィリアムはそう言うと、抜き出した短剣をグレイの首に振るった。
グレイの体は唐突に崩れた。
どさり、と頭のない体がギルバートの前に崩れ落ちる。
終わった・・・
グレイは死んだ。
そう思った。
だがその時、空が突然赤くなった。
ウィリアムが驚いたように見上げた。
「冥界の扉だ!」
風がごうごうと吹きすさび、赤黒い炎に包まれた扉が空から落ちるように現れた。
ギルバートはウィリアムを抱き込み、その場から飛んで距離を取った。
熱風を纏い、ぐわりと迫った扉は、グレイの死体の上で開いた。
重い風が吹いた。ギルバートには嗅ぎなれた匂いがした。ついこの間まで、あの中にいたのだ。黒い闇が辺りを覆った。
そして、冥界への門は唐突に消えた。毒気の煙が残ったが、それもすぐに立ち消えた。
「消えた・・・」
茫然としたウィリアムの言葉の後、ギルバートはグレイの死体があった場所を見た。
そこには、焦げた焼け跡だけが残されていた。
体も頭も、どこにもなかった。
グレイの屍は、冥界の扉と共に消え失せてしまっていた。
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交渉は奇妙な形で成立する。
「名前は」
「リュシアン」
その日、移り気な猟犬と飼い主の関係が始まった。
やがて、契約は裏切りへ。
裏切りは、追跡へ。
追跡は――執着へと変わっていく。
登場人物
フェリクス・ハルトマン
帝国軍情報部の長官。
感情を見せない軍人。静かな視線で相手を見定める。
リュシアン・モロー
敵国の諜報員。
捕虜の立場でありながら、白状ではなく契約を持ち出す男。
軽口と皮肉を武器にする。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科
空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する
高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体
それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった
至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する
意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク”
消える教師
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執着
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だが――。
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二人きりになると蒼真は別人だった。
独占欲を隠しきれない視線。
優しい言葉の裏に滲む執着。
そして誰にも知られないよう、蓮を守るために張り巡らされた甘い包囲網。
逃げたいのに逃げられない。
嫌いなはずなのに、彼のそばだけが安心できる。
初めてのヒートをきっかけに始まる、
狂犬Ωと腹黒優等生αの秘密のオメガバースラブストーリー。