『公爵令嬢には、見えざるものが見える。話せる。殴れる。 話が通じないなら、へなへなぱーんち!』

しおしお

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第33話 実家へ帰還

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第33話 実家へ帰還

夕暮れ時。
アヴァンシアは、
見慣れた門の前に立っていた。

――実家。

かつて、
追い出されるように
去った場所。

今は、
迎える者もなく、
門は半ば開いたまま。

「……ただいま、ですわ」

返事は、
ない。

だが――
拒絶も、ない。

『……空気、
変わったね』

「……ええ」

荒れ果てていたはずの屋敷は、
わずかに――
落ち着きを取り戻していた。

庭の草は、
まだ伸びている。

だが、
踏み荒らされた感じは
薄れている。

(……戻り始めています)

見えざる者たちが、
静かに動いているのが分かる。

門をくぐる。

玄関の扉が、
ゆっくりと開いた。

「――お嬢様!」

最初に飛び出してきたのは、
執事だった。

深く、
深く、
頭を下げる。

「……お帰りなさいませ」

その一言に、
胸の奥が
小さく鳴った。

「……ただいま」

それだけで、
十分だった。

使用人たちが、
次々と姿を現す。

不安そうな顔。
だが、
確かな安堵。

「教会は……?」

「もう、
戻りませんわ」

その言葉に、
誰も驚かなかった。

むしろ――
納得したように
頷く者が多い。

執事が、
静かに言う。

「……屋敷は、
まだ完全ではありません」

「ですが――」

言葉を切り、
続ける。

「お嬢様が戻られてから、
空気が変わりました」

アヴァンシアは、
屋敷の奥を見渡した。

『……歓迎してる』

「……ええ」

歓迎しているのは、
人だけではない。

壁の影。
階段の踊り場。
誰もいないはずの場所。

見えざる者たちが、
そっと顔を出している。

「……今日から」

アヴァンシアは、
静かに告げた。

「ここで暮らします」

「逃げません」

「ただし――」

使用人たちが、
息を呑む。

「無理は、
しません」

「ここを、
“昔のまま”に
戻すつもりもありません」

屋敷は、
変わった。

自分も、
変わった。

「……新しい形で、
整えますわ」

執事は、
一拍置いてから
深く頷いた。

「承知いたしました」

その返事には、
迷いがなかった。

アヴァンシアは、
自室へ向かう。

かつての部屋。

埃はあるが、
壊れてはいない。

窓を開ける。

夕風が、
静かに吹き込む。

『……落ち着く』

「……ええ」

ベッドに腰を下ろし、
息を吐く。

(……追い出された場所は、
もう戻らない)

(でも――
帰る場所は、
ここにあった)

夜。

屋敷に、
灯りが一つ、
また一つと
戻っていく。

それは、
始まりの合図だった。

アヴァンシアは、
小さく微笑んだ。

「……ここからですわ」

見えざる者たちが、
静かに、
しかし確かに
頷いた。


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