婚約破棄破棄されたので流行らない喫茶店をはじめました

しおしお

文字の大きさ
17 / 38
第3章

“17話 雪の庭”という名前が残る

しおりを挟む
“雪の庭”という名前が残る

 その日の夕方、喫茶店「雪の庭」は、いつもより少し早く静まり返った。

 白い扉は閉ざされ、看板は裏返されている。
 通りを行く人々は、それを見て足を止める者もいれば、最初から期待せず通り過ぎる者もいた。

「……もう閉まってるか」 「まあ、雪の庭だしな」

 そんな言葉が、特別な感情もなく交わされる。

 だが、不思議なことに――
 誰も不満そうな顔はしていなかった。

 むしろ、その日のうちに店を訪れた者たちは、別の話題で盛り上がっている。

「あのプリン、また食べたいな」 「緑茶と小豆の組み合わせ、反則だろ」 「次は、開いてる日に当たるといいな」

 開いていなかった事実よりも、
 “開いていた時間の記憶”のほうが、強く残っている。

 それが、喫茶店「雪の庭」の奇妙なところだった。

 翌日。

 王都ラダニアンのあちこちで、ぽつぽつと同じ名前が口にされる。

「気まぐれで開く喫茶店があるらしい」 「店主がほとんど動かないんだとか」 「でも、味は本物だって」

 噂は、正確ではない。
 話す人ごとに、少しずつ形を変える。

 だが共通しているのは、
 否定ではなく、興味で語られているという点だった。

「行けたら、運がいい」 「開いてたら、入ってみたい」

 期待値が低いからこそ、満足度が高い。
 そんな理屈を、誰も意識していない。

 喫茶店「雪の庭」は、
 いつの間にか――“狙って行く店”ではなく、
 “出会えたら嬉しい店”として認識され始めていた。

 その頃、店の奥では。

 忍と弥生が片付けを終え、静かに灯りを落としていた。
 雪乃はいつも通り、紅茶を飲みながら満足そうにしている。

 だが、その様子を、街の人々は知らない。

 彼らが知っているのは、ただひとつ。

 気まぐれで、短くて、忘れられない喫茶店があるということだけだ。

 こうして喫茶店「雪の庭」は、
 “趣味でやっている店主の気まぐれ営業”という謎の魅力で、
 日に日に話題になっていくのであった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

夫から「用済み」と言われ追い出されましたけれども

神々廻
恋愛
2人でいつも通り朝食をとっていたら、「お前はもう用済みだ。門の前に最低限の荷物をまとめさせた。朝食をとったら出ていけ」 と言われてしまいました。夫とは恋愛結婚だと思っていたのですが違ったようです。 大人しく出ていきますが、後悔しないで下さいね。 文字数が少ないのでサクッと読めます。お気に入り登録、コメントください!

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

わたしはくじ引きで選ばれたにすぎない婚約者だったらしい

よーこ
恋愛
特に美しくもなく、賢くもなく、家柄はそこそこでしかない伯爵令嬢リリアーナは、婚約後六年経ったある日、婚約者である大好きな第二王子に自分が未来の王子妃として選ばれた理由を尋ねてみた。 王子の答えはこうだった。 「くじで引いた紙にリリアーナの名前が書かれていたから」 え、わたし、そんな取るに足らない存在でしかなかったの?! 思い出してみれば、今まで王子に「好きだ」みたいなことを言われたことがない。 ショックを受けたリリアーナは……。

恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ

恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。 王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。 長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。 婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。 ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。 濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。 ※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

処理中です...