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第4章
18話 フォレスト家からの手紙
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18話 フォレスト家からの手紙
喫茶店「雪の庭」の午前──
といっても、時計の針はすでに正午を少し回っていた。
ラルベニア王都ラダニアンの石畳に、日差しがまぶしく反射している頃。
店内はまだ静かで、客の姿はない。
理由は単純だった。
店主が、働いていないからである。
「……ふふ、プリンの冷える音って癒されるわね……」
カウンターの奥。
いちばん座り心地のいい椅子に深く腰掛けた雪乃は、両手で紅茶のカップを包み込みながら、厨房のオーブン──正確には、その横の冷蔵棚を、うっとりと眺めていた。
もちろん、プリンが「冷える音」など存在しない。
「お嬢様。それは完全に気のせいです」
忍が、感情の一切こもらない声で即座に切り捨てる。
彼女はカウンターを磨きながら、視線だけを雪乃に向けた。
「え? でも、なんとなく“ひんやり……”って……」
「それは冷蔵庫の存在感です。音ではありません」
「……忍、夢がないわね」
「現実的なだけです」
二人のやりとりを横目に、弥生は厨房で静かに作業を続けていた。
今日の仕込みは、定番の「雪の庭特製プリン」。
滑らかさを最優先にした、雪乃こだわりの一品だ。
「お嬢様、今日は開店なさらないのですか?」
弥生が柔らかく尋ねると、雪乃はカップを口元に運びながら、少し考える素振りを見せた。
「……うーん。今日は“開けない日”って顔じゃない?」
「顔で決めるものではありません」
忍の即ツッコミが飛ぶ。
「だって、静かだもの。誰も来ないし」
「誰も来ないのは、開いていないからです」
「……あら?」
そんな平和なやりとりを切り裂くように、
そのとき──
カラン、と澄んだ鈴の音が鳴った。
三人が同時に入口を見る。
扉の向こうから顔をのぞかせたのは、郵便配達人だった。
「こんにちはー! 喫茶店『雪の庭』さんで合ってますか?」
忍がすぐに応対に向かう。
「はい。こちらで間違いありません」
「お届け物です。受け取り、お願いします」
忍が差し出された封筒を受け取った瞬間、
ぴたり、と動きを止めた。
封蝋に刻まれた紋章。
その意匠を確認した忍の表情が、わずかに引き締まる。
「……フォレスト男爵家の紋章です」
その言葉に、雪乃の手が止まった。
「フォレスト……男爵家?」
ゆっくりとカップを置き、眉をひそめる。
「どうして男爵家から、こんな小さな喫茶店に?」
「最近、“噂”になっていますからね」
忍は淡々と答えた。
雪乃は露骨に嫌そうな顔をする。
「噂なんて広がらなくていいのよ……。
私の理想は、“昼下がりに紅茶を飲みながら、誰にも邪魔されず静かに過ごす喫茶店”なのに……!」
「現実は、“気まぐれ営業なのに行列ができる店”ですが」
「それ、誰のせいだと思ってるの?」
「お嬢様です」
即答だった。
弥生が封筒を見つめながら、やんわりと促す。
「……とりあえず、中身を確認されては?」
「そうね……」
雪乃はため息をつきながら、忍から封筒を受け取る。
「はぁ……面倒な内容じゃなければいいんだけど……」
封を切り、便箋を開く。
最初は何気なく、
だが、数行読み進めたところで──
雪乃の表情が、すっと固まった。
「……」
「お嬢様?」
忍が声をかける。
雪乃は無言のまま、便箋を読み続け、
最後まで目を通すと、静かに紙をトントンと揃えた。
「……貸切の依頼、だわ」
忍は予想通りと言わんばかりに、深く息を吐いた。
「やはり、そう来ましたか」
「えっ、貸切、ですか?」
弥生が目を丸くする。
「ええ。フォレスト男爵家の令嬢方が、お茶会を開きたいそうよ」
雪乃は便箋を軽く振りながら、少し考え込む。
「……でも、貸切……悪くないわね?」
忍と弥生が、同時に固まった。
「……今、肯定されました?」
「お嬢様が……?」
「だって、考えてみて?」
雪乃は指を一本立てる。
「三時間“だけ”、決まった人数を相手にすればいいのよ?」
次に、もう一本。
「しかも貸切なら、他のお客さんは来ない」
そして三本目。
「つまり──静か」
「……お嬢様、それは」
忍が額を押さえる。
「“静けさのためなら働く”という意味に聞こえますが」
「もちろん。その通りよ」
雪乃はにっこり笑った。
「静かな午後を守るためなら、多少は、ね」
弥生と忍は、互いに視線を交わす。
(お嬢様の“多少”は、信用できない……!)
しかし、当の本人は至って上機嫌だった。
「一度くらい、貸切営業も経験してみるのも悪くないわ。
静かに、優雅に、お仕事できそうだもの」
紅茶を一口。
満足そうに微笑む雪乃。
──この時点ではまだ、
この選択が、どれほど彼女の平穏を脅かすか、誰も知らなかった。
「まあ、返事は受ける方向で考えましょうか」
忍と弥生は、心の中で同時にため息をついた。
(……これは絶対、何か起こる)
静かな午前は、こうして終わりを告げた。
喫茶店「雪の庭」の午前──
といっても、時計の針はすでに正午を少し回っていた。
ラルベニア王都ラダニアンの石畳に、日差しがまぶしく反射している頃。
店内はまだ静かで、客の姿はない。
理由は単純だった。
店主が、働いていないからである。
「……ふふ、プリンの冷える音って癒されるわね……」
カウンターの奥。
いちばん座り心地のいい椅子に深く腰掛けた雪乃は、両手で紅茶のカップを包み込みながら、厨房のオーブン──正確には、その横の冷蔵棚を、うっとりと眺めていた。
もちろん、プリンが「冷える音」など存在しない。
「お嬢様。それは完全に気のせいです」
忍が、感情の一切こもらない声で即座に切り捨てる。
彼女はカウンターを磨きながら、視線だけを雪乃に向けた。
「え? でも、なんとなく“ひんやり……”って……」
「それは冷蔵庫の存在感です。音ではありません」
「……忍、夢がないわね」
「現実的なだけです」
二人のやりとりを横目に、弥生は厨房で静かに作業を続けていた。
今日の仕込みは、定番の「雪の庭特製プリン」。
滑らかさを最優先にした、雪乃こだわりの一品だ。
「お嬢様、今日は開店なさらないのですか?」
弥生が柔らかく尋ねると、雪乃はカップを口元に運びながら、少し考える素振りを見せた。
「……うーん。今日は“開けない日”って顔じゃない?」
「顔で決めるものではありません」
忍の即ツッコミが飛ぶ。
「だって、静かだもの。誰も来ないし」
「誰も来ないのは、開いていないからです」
「……あら?」
そんな平和なやりとりを切り裂くように、
そのとき──
カラン、と澄んだ鈴の音が鳴った。
三人が同時に入口を見る。
扉の向こうから顔をのぞかせたのは、郵便配達人だった。
「こんにちはー! 喫茶店『雪の庭』さんで合ってますか?」
忍がすぐに応対に向かう。
「はい。こちらで間違いありません」
「お届け物です。受け取り、お願いします」
忍が差し出された封筒を受け取った瞬間、
ぴたり、と動きを止めた。
封蝋に刻まれた紋章。
その意匠を確認した忍の表情が、わずかに引き締まる。
「……フォレスト男爵家の紋章です」
その言葉に、雪乃の手が止まった。
「フォレスト……男爵家?」
ゆっくりとカップを置き、眉をひそめる。
「どうして男爵家から、こんな小さな喫茶店に?」
「最近、“噂”になっていますからね」
忍は淡々と答えた。
雪乃は露骨に嫌そうな顔をする。
「噂なんて広がらなくていいのよ……。
私の理想は、“昼下がりに紅茶を飲みながら、誰にも邪魔されず静かに過ごす喫茶店”なのに……!」
「現実は、“気まぐれ営業なのに行列ができる店”ですが」
「それ、誰のせいだと思ってるの?」
「お嬢様です」
即答だった。
弥生が封筒を見つめながら、やんわりと促す。
「……とりあえず、中身を確認されては?」
「そうね……」
雪乃はため息をつきながら、忍から封筒を受け取る。
「はぁ……面倒な内容じゃなければいいんだけど……」
封を切り、便箋を開く。
最初は何気なく、
だが、数行読み進めたところで──
雪乃の表情が、すっと固まった。
「……」
「お嬢様?」
忍が声をかける。
雪乃は無言のまま、便箋を読み続け、
最後まで目を通すと、静かに紙をトントンと揃えた。
「……貸切の依頼、だわ」
忍は予想通りと言わんばかりに、深く息を吐いた。
「やはり、そう来ましたか」
「えっ、貸切、ですか?」
弥生が目を丸くする。
「ええ。フォレスト男爵家の令嬢方が、お茶会を開きたいそうよ」
雪乃は便箋を軽く振りながら、少し考え込む。
「……でも、貸切……悪くないわね?」
忍と弥生が、同時に固まった。
「……今、肯定されました?」
「お嬢様が……?」
「だって、考えてみて?」
雪乃は指を一本立てる。
「三時間“だけ”、決まった人数を相手にすればいいのよ?」
次に、もう一本。
「しかも貸切なら、他のお客さんは来ない」
そして三本目。
「つまり──静か」
「……お嬢様、それは」
忍が額を押さえる。
「“静けさのためなら働く”という意味に聞こえますが」
「もちろん。その通りよ」
雪乃はにっこり笑った。
「静かな午後を守るためなら、多少は、ね」
弥生と忍は、互いに視線を交わす。
(お嬢様の“多少”は、信用できない……!)
しかし、当の本人は至って上機嫌だった。
「一度くらい、貸切営業も経験してみるのも悪くないわ。
静かに、優雅に、お仕事できそうだもの」
紅茶を一口。
満足そうに微笑む雪乃。
──この時点ではまだ、
この選択が、どれほど彼女の平穏を脅かすか、誰も知らなかった。
「まあ、返事は受ける方向で考えましょうか」
忍と弥生は、心の中で同時にため息をついた。
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