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第4章
19 話 初めての貸切営業の準備
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19話 初めての貸切営業の準備
貸切営業が決まった翌日。
喫茶店「雪の庭」は、珍しく朝から明かりが灯っていた。
とはいえ──
店主がやる気に満ちている、というわけではない。
「……忍、聞いて。今日は朝から起きてるのよ」
カウンター奥の椅子に座った雪乃が、どこか誇らしげに言った。
「今はもう午前十一時です」
「ほら、すごいでしょ?」
「基準が低すぎます」
忍は即座に切り捨てつつ、手元の書類を整えた。
テーブルの上には、何枚もの紙。
それらはすべて「貸切営業用の準備リスト」だった。
「お嬢様。こちらが、貸切のための特別メニュー案です」
忍が差し出した紙には、丁寧な文字でこう書かれている。
・前菜風スイーツ三種
・季節の焼き菓子
・特製プリン
・紅茶三種飲み比べ
・軽食二種
「……多いわね」
雪乃は一目見て、即座に首を振った。
「却下よ。こんなに作ったら、忙しすぎて死んでしまうわ」
「想定内です」
忍はまったく動じず、紙を引っ込めた。
「お嬢様が全案を拒否される前提で、第二案も用意しています」
「成長したわね、忍」
「経験です」
そこへ、弥生が新しい紙を差し出した。
「では、こちらはいかがでしょうか?」
雪乃が覗き込む。
「“雪の庭特製プリン”と“紅茶ケーキ”。二品のみ、です」
その瞬間、雪乃の目が輝いた。
「……いいわ!」
勢いよく立ち上がる。
「二品だけ! なんて素晴らしいシンプルさ!
これなら、いつもの“一種類制”と大差ないわ!」
「いや、あります」
忍が即答する。
「客数が十倍です」
「細かいことは気にしないの」
雪乃は満足そうに頷いた。
「少ない品数、洗練された選択。
これは“静かな貸切営業”にぴったりよ」
忍は小さく呟く。
「……平和とは程遠い気がしますが」
準備は、そのまま慌ただしく始まった。
忍は店内を見回し、配置を確認する。
「テーブルクロスはすべて新調。
椅子の間隔は広めに取ります。
“優雅なお茶会”ですから」
「忍、頼もしいわ」
「お嬢様が何もしない前提で動いていますので」
「言い方」
一方、弥生は厨房に立ち、エプロンを整えていた。
「ケーキの生地、今から仕込みますね。
焼き上がりは夕方になると思います」
「お願い。私はプリンを……」
「見守る、ですよね?」
弥生が先回りして言う。
「そう! さすが弥生、わかってるわ」
忍が眉をひそめる。
「“見守る”は仕事ではありません」
「あるわよ。プリンは冷やす時間に“魂”が宿るの」
「……初耳です」
「私が今決めたから」
堂々と言い切る雪乃に、忍と弥生はあえて反論しなかった。
この手の理論が出始めたとき、止めると事態が悪化することを、二人はよく知っている。
準備は順調とは言えなかったが、着実に進んだ。
忍は椅子を並べ、床を磨き、備品を整える。
弥生はケーキを焼き、プリンを仕込み、厨房を行き来する。
そして雪乃は──
「……このティーカップ、どれにしようかしら……」
カウンターに並べられた数種類のカップを前に、真剣に悩んでいた。
「お嬢様」
忍が低い声で呼ぶ。
「カップの選定は後回しです。
まずは“やるべき作業”を」
「これが作業よ。お茶会は“雰囲気”が命なのだから」
「……味は?」
弥生が厨房から顔を出す。
「味は、いつも通り弥生が完璧に仕上げてくれるでしょ?」
「はい、もちろんです」
弥生は苦笑した。
「でも、お嬢様。お茶会は“味”も大切ですよ?」
「味は最高。雰囲気も最高。
私はプリン見守り係。完璧な分担ね」
忍は深く息を吐いた。
「……理解しました。
お嬢様は“何もしない役割”ということで」
「言い方が雑よ!」
夜になっても、準備は続いた。
忍は最後まで店内を整え、
弥生はケーキの焼き上がりを確認し、
雪乃は──
最後までプリンを見守っていた。
「……明日は、静かに三時間働いて、
それからまた、穏やかな午後を取り戻すのよ」
紅茶を飲みながら、雪乃は満足そうにつぶやく。
忍と弥生は、同時に心の中で思った。
(……その考え自体が、すでにフラグです)
こうして、
喫茶店「雪の庭」は初めての貸切営業を迎えることになる。
誰一人として、
“静かに終わる”とは、本気で信じていなかった。
貸切営業が決まった翌日。
喫茶店「雪の庭」は、珍しく朝から明かりが灯っていた。
とはいえ──
店主がやる気に満ちている、というわけではない。
「……忍、聞いて。今日は朝から起きてるのよ」
カウンター奥の椅子に座った雪乃が、どこか誇らしげに言った。
「今はもう午前十一時です」
「ほら、すごいでしょ?」
「基準が低すぎます」
忍は即座に切り捨てつつ、手元の書類を整えた。
テーブルの上には、何枚もの紙。
それらはすべて「貸切営業用の準備リスト」だった。
「お嬢様。こちらが、貸切のための特別メニュー案です」
忍が差し出した紙には、丁寧な文字でこう書かれている。
・前菜風スイーツ三種
・季節の焼き菓子
・特製プリン
・紅茶三種飲み比べ
・軽食二種
「……多いわね」
雪乃は一目見て、即座に首を振った。
「却下よ。こんなに作ったら、忙しすぎて死んでしまうわ」
「想定内です」
忍はまったく動じず、紙を引っ込めた。
「お嬢様が全案を拒否される前提で、第二案も用意しています」
「成長したわね、忍」
「経験です」
そこへ、弥生が新しい紙を差し出した。
「では、こちらはいかがでしょうか?」
雪乃が覗き込む。
「“雪の庭特製プリン”と“紅茶ケーキ”。二品のみ、です」
その瞬間、雪乃の目が輝いた。
「……いいわ!」
勢いよく立ち上がる。
「二品だけ! なんて素晴らしいシンプルさ!
これなら、いつもの“一種類制”と大差ないわ!」
「いや、あります」
忍が即答する。
「客数が十倍です」
「細かいことは気にしないの」
雪乃は満足そうに頷いた。
「少ない品数、洗練された選択。
これは“静かな貸切営業”にぴったりよ」
忍は小さく呟く。
「……平和とは程遠い気がしますが」
準備は、そのまま慌ただしく始まった。
忍は店内を見回し、配置を確認する。
「テーブルクロスはすべて新調。
椅子の間隔は広めに取ります。
“優雅なお茶会”ですから」
「忍、頼もしいわ」
「お嬢様が何もしない前提で動いていますので」
「言い方」
一方、弥生は厨房に立ち、エプロンを整えていた。
「ケーキの生地、今から仕込みますね。
焼き上がりは夕方になると思います」
「お願い。私はプリンを……」
「見守る、ですよね?」
弥生が先回りして言う。
「そう! さすが弥生、わかってるわ」
忍が眉をひそめる。
「“見守る”は仕事ではありません」
「あるわよ。プリンは冷やす時間に“魂”が宿るの」
「……初耳です」
「私が今決めたから」
堂々と言い切る雪乃に、忍と弥生はあえて反論しなかった。
この手の理論が出始めたとき、止めると事態が悪化することを、二人はよく知っている。
準備は順調とは言えなかったが、着実に進んだ。
忍は椅子を並べ、床を磨き、備品を整える。
弥生はケーキを焼き、プリンを仕込み、厨房を行き来する。
そして雪乃は──
「……このティーカップ、どれにしようかしら……」
カウンターに並べられた数種類のカップを前に、真剣に悩んでいた。
「お嬢様」
忍が低い声で呼ぶ。
「カップの選定は後回しです。
まずは“やるべき作業”を」
「これが作業よ。お茶会は“雰囲気”が命なのだから」
「……味は?」
弥生が厨房から顔を出す。
「味は、いつも通り弥生が完璧に仕上げてくれるでしょ?」
「はい、もちろんです」
弥生は苦笑した。
「でも、お嬢様。お茶会は“味”も大切ですよ?」
「味は最高。雰囲気も最高。
私はプリン見守り係。完璧な分担ね」
忍は深く息を吐いた。
「……理解しました。
お嬢様は“何もしない役割”ということで」
「言い方が雑よ!」
夜になっても、準備は続いた。
忍は最後まで店内を整え、
弥生はケーキの焼き上がりを確認し、
雪乃は──
最後までプリンを見守っていた。
「……明日は、静かに三時間働いて、
それからまた、穏やかな午後を取り戻すのよ」
紅茶を飲みながら、雪乃は満足そうにつぶやく。
忍と弥生は、同時に心の中で思った。
(……その考え自体が、すでにフラグです)
こうして、
喫茶店「雪の庭」は初めての貸切営業を迎えることになる。
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“静かに終わる”とは、本気で信じていなかった。
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