婚約破棄破棄されたので流行らない喫茶店をはじめました

しおしお

文字の大きさ
20 / 38
第4章

20話 貸切営業本番

しおりを挟む
20話 貸切営業本番

その日、喫茶店「雪の庭」は、かつてないほど“普通の店”の顔をしていた。

開店時刻は午前十時。
看板はきちんと掲げられ、扉も開いている。

――すでにこの時点で異常事態である。

「……忍、見て。ちゃんと開店してるわ」

雪乃はカウンターの内側に立ち、どこか他人事のようにつぶやいた。

「それは店主として当然の行為です」

忍は冷静に返しつつ、入口の様子を確認する。

やがて、石畳の向こうから馬車の音が聞こえてきた。

「……来ました」

弥生が小さく告げる。

ほどなくして、フォレスト男爵家の紋章を掲げた馬車が次々と到着し、
上品なドレスに身を包んだ令嬢たちが降り立った。

「まあ……ここが噂の喫茶店なのね」
「思ったより、ずっと可愛らしいわ」

その声が聞こえた瞬間、忍と弥生は自然と背筋を伸ばした。

「いらっしゃいませ。喫茶店『雪の庭』へようこそ」

弥生の柔らかな声に続き、忍が丁寧に客を案内する。

一方、雪乃はというと──
今日は珍しく、店主らしい位置に立っていた。

「本日は貸切でのご利用、ありがとうございます」

その所作は、優雅そのものだった。

紅茶色のドレスに身を包み、背筋を伸ばして微笑む姿は、
まるで“最初からそういう立場の人間”であるかのようだ。

「まぁ……」

令嬢たちの間から、感嘆の声が漏れる。

「なんて上品な方なの」
「お店の方……というより、貴婦人みたい……」

(……実際は、王女様です)

忍と弥生は心の中で同時にツッコんだが、もちろん口には出さない。

客が全員席についたところで、
忍が小さく雪乃に耳打ちする。

「お嬢様。現在のところ、予定通り穏やかです」

「ええ。とても静か。理想的ね」

雪乃は満足そうにうなずいた。

ティータイムが始まる。

最初に運ばれてきたのは、
“雪の庭特製プリン”。

弥生が丁寧に皿を置くと、令嬢たちは一斉に目を輝かせた。

「まぁ……なんて美しい……」
「この滑らかさ、見ただけで分かりますわ」

スプーンが入れられ、
一口。

「……!」

空気が変わった。

「舌に……溶けますわ……!」
「抹茶の香りが、こんなに優しく……」

あちこちから感嘆の声が上がる。

忍が小声で雪乃に報告する。

「お嬢様。本日のプリン、非常に高評価です」

「当然よ。私が見守ったもの」

「……はい」

続いて提供された“紅茶ケーキ”も、同様に好評だった。

「紅茶の香りがしっかりしていて……」
「甘すぎないのがいいですわね」

弥生は忙しく動き回りながらも、嬉しそうに微笑んでいた。

一方、雪乃は──
思ったより、働いていた。

客から話しかけられれば応じ、
紅茶の説明もこなす。

「……今日のお嬢様、珍しいですね」

忍が小声で言うと、雪乃は肩をすくめた。

「貸切だからよ。知らない人が少ないもの」

「それが基準なのですね」

穏やかな時間が流れ、
予定通り、貸切営業は終盤へと向かっていった。

そのとき。

クレア・フォレスト令嬢が、雪乃のもとへ近づいてきた。

「店主様……本当に素敵なお茶会でした。
皆、とても満足しておりますわ」

「それはよかったです」

雪乃は丁寧に応じる。

「このような落ち着いた空間、なかなかありませんもの」

「……そう言っていただけると、嬉しいです」

そのやりとりを、忍と弥生は少し離れたところから見守っていた。

(……何も起きていませんね)

(……不安です)

だが、最後まで大きな問題は起きなかった。

三時間きっかりで、貸切営業は終了。

令嬢たちは名残惜しそうに店を後にし、
喫茶店「雪の庭」には、再び静寂が戻った。

忍と弥生は、同時に大きく息を吐いた。

「……終わりましたね」

「ええ……今日は本当に、無事でした……」

雪乃は椅子に腰を下ろし、少し疲れた様子で笑った。

「ふぅ……意外と、ちゃんと終わったわね」

「お嬢様が“意外”と仰る時点で、危険でしたが」

「でも、これでまた静かな午後が戻ってくるはずよ」

雪乃は紅茶を一口飲み、満足そうに目を閉じる。

その顔には、
“これ以上、何も起きない”という確信が浮かんでいた。

──だが、その確信は、数日後にあっさりと裏切られる。

この貸切営業が、
喫茶店「雪の庭」に新たな“厄介事”を呼び込んだことを、
この時の雪乃は、まだ知らなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

夫から「用済み」と言われ追い出されましたけれども

神々廻
恋愛
2人でいつも通り朝食をとっていたら、「お前はもう用済みだ。門の前に最低限の荷物をまとめさせた。朝食をとったら出ていけ」 と言われてしまいました。夫とは恋愛結婚だと思っていたのですが違ったようです。 大人しく出ていきますが、後悔しないで下さいね。 文字数が少ないのでサクッと読めます。お気に入り登録、コメントください!

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

わたしはくじ引きで選ばれたにすぎない婚約者だったらしい

よーこ
恋愛
特に美しくもなく、賢くもなく、家柄はそこそこでしかない伯爵令嬢リリアーナは、婚約後六年経ったある日、婚約者である大好きな第二王子に自分が未来の王子妃として選ばれた理由を尋ねてみた。 王子の答えはこうだった。 「くじで引いた紙にリリアーナの名前が書かれていたから」 え、わたし、そんな取るに足らない存在でしかなかったの?! 思い出してみれば、今まで王子に「好きだ」みたいなことを言われたことがない。 ショックを受けたリリアーナは……。

恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ

恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。 王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。 長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。 婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。 ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。 濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。 ※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

処理中です...