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第4章
20話 貸切営業本番
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20話 貸切営業本番
その日、喫茶店「雪の庭」は、かつてないほど“普通の店”の顔をしていた。
開店時刻は午前十時。
看板はきちんと掲げられ、扉も開いている。
――すでにこの時点で異常事態である。
「……忍、見て。ちゃんと開店してるわ」
雪乃はカウンターの内側に立ち、どこか他人事のようにつぶやいた。
「それは店主として当然の行為です」
忍は冷静に返しつつ、入口の様子を確認する。
やがて、石畳の向こうから馬車の音が聞こえてきた。
「……来ました」
弥生が小さく告げる。
ほどなくして、フォレスト男爵家の紋章を掲げた馬車が次々と到着し、
上品なドレスに身を包んだ令嬢たちが降り立った。
「まあ……ここが噂の喫茶店なのね」
「思ったより、ずっと可愛らしいわ」
その声が聞こえた瞬間、忍と弥生は自然と背筋を伸ばした。
「いらっしゃいませ。喫茶店『雪の庭』へようこそ」
弥生の柔らかな声に続き、忍が丁寧に客を案内する。
一方、雪乃はというと──
今日は珍しく、店主らしい位置に立っていた。
「本日は貸切でのご利用、ありがとうございます」
その所作は、優雅そのものだった。
紅茶色のドレスに身を包み、背筋を伸ばして微笑む姿は、
まるで“最初からそういう立場の人間”であるかのようだ。
「まぁ……」
令嬢たちの間から、感嘆の声が漏れる。
「なんて上品な方なの」
「お店の方……というより、貴婦人みたい……」
(……実際は、王女様です)
忍と弥生は心の中で同時にツッコんだが、もちろん口には出さない。
客が全員席についたところで、
忍が小さく雪乃に耳打ちする。
「お嬢様。現在のところ、予定通り穏やかです」
「ええ。とても静か。理想的ね」
雪乃は満足そうにうなずいた。
ティータイムが始まる。
最初に運ばれてきたのは、
“雪の庭特製プリン”。
弥生が丁寧に皿を置くと、令嬢たちは一斉に目を輝かせた。
「まぁ……なんて美しい……」
「この滑らかさ、見ただけで分かりますわ」
スプーンが入れられ、
一口。
「……!」
空気が変わった。
「舌に……溶けますわ……!」
「抹茶の香りが、こんなに優しく……」
あちこちから感嘆の声が上がる。
忍が小声で雪乃に報告する。
「お嬢様。本日のプリン、非常に高評価です」
「当然よ。私が見守ったもの」
「……はい」
続いて提供された“紅茶ケーキ”も、同様に好評だった。
「紅茶の香りがしっかりしていて……」
「甘すぎないのがいいですわね」
弥生は忙しく動き回りながらも、嬉しそうに微笑んでいた。
一方、雪乃は──
思ったより、働いていた。
客から話しかけられれば応じ、
紅茶の説明もこなす。
「……今日のお嬢様、珍しいですね」
忍が小声で言うと、雪乃は肩をすくめた。
「貸切だからよ。知らない人が少ないもの」
「それが基準なのですね」
穏やかな時間が流れ、
予定通り、貸切営業は終盤へと向かっていった。
そのとき。
クレア・フォレスト令嬢が、雪乃のもとへ近づいてきた。
「店主様……本当に素敵なお茶会でした。
皆、とても満足しておりますわ」
「それはよかったです」
雪乃は丁寧に応じる。
「このような落ち着いた空間、なかなかありませんもの」
「……そう言っていただけると、嬉しいです」
そのやりとりを、忍と弥生は少し離れたところから見守っていた。
(……何も起きていませんね)
(……不安です)
だが、最後まで大きな問題は起きなかった。
三時間きっかりで、貸切営業は終了。
令嬢たちは名残惜しそうに店を後にし、
喫茶店「雪の庭」には、再び静寂が戻った。
忍と弥生は、同時に大きく息を吐いた。
「……終わりましたね」
「ええ……今日は本当に、無事でした……」
雪乃は椅子に腰を下ろし、少し疲れた様子で笑った。
「ふぅ……意外と、ちゃんと終わったわね」
「お嬢様が“意外”と仰る時点で、危険でしたが」
「でも、これでまた静かな午後が戻ってくるはずよ」
雪乃は紅茶を一口飲み、満足そうに目を閉じる。
その顔には、
“これ以上、何も起きない”という確信が浮かんでいた。
──だが、その確信は、数日後にあっさりと裏切られる。
この貸切営業が、
喫茶店「雪の庭」に新たな“厄介事”を呼び込んだことを、
この時の雪乃は、まだ知らなかった。
その日、喫茶店「雪の庭」は、かつてないほど“普通の店”の顔をしていた。
開店時刻は午前十時。
看板はきちんと掲げられ、扉も開いている。
――すでにこの時点で異常事態である。
「……忍、見て。ちゃんと開店してるわ」
雪乃はカウンターの内側に立ち、どこか他人事のようにつぶやいた。
「それは店主として当然の行為です」
忍は冷静に返しつつ、入口の様子を確認する。
やがて、石畳の向こうから馬車の音が聞こえてきた。
「……来ました」
弥生が小さく告げる。
ほどなくして、フォレスト男爵家の紋章を掲げた馬車が次々と到着し、
上品なドレスに身を包んだ令嬢たちが降り立った。
「まあ……ここが噂の喫茶店なのね」
「思ったより、ずっと可愛らしいわ」
その声が聞こえた瞬間、忍と弥生は自然と背筋を伸ばした。
「いらっしゃいませ。喫茶店『雪の庭』へようこそ」
弥生の柔らかな声に続き、忍が丁寧に客を案内する。
一方、雪乃はというと──
今日は珍しく、店主らしい位置に立っていた。
「本日は貸切でのご利用、ありがとうございます」
その所作は、優雅そのものだった。
紅茶色のドレスに身を包み、背筋を伸ばして微笑む姿は、
まるで“最初からそういう立場の人間”であるかのようだ。
「まぁ……」
令嬢たちの間から、感嘆の声が漏れる。
「なんて上品な方なの」
「お店の方……というより、貴婦人みたい……」
(……実際は、王女様です)
忍と弥生は心の中で同時にツッコんだが、もちろん口には出さない。
客が全員席についたところで、
忍が小さく雪乃に耳打ちする。
「お嬢様。現在のところ、予定通り穏やかです」
「ええ。とても静か。理想的ね」
雪乃は満足そうにうなずいた。
ティータイムが始まる。
最初に運ばれてきたのは、
“雪の庭特製プリン”。
弥生が丁寧に皿を置くと、令嬢たちは一斉に目を輝かせた。
「まぁ……なんて美しい……」
「この滑らかさ、見ただけで分かりますわ」
スプーンが入れられ、
一口。
「……!」
空気が変わった。
「舌に……溶けますわ……!」
「抹茶の香りが、こんなに優しく……」
あちこちから感嘆の声が上がる。
忍が小声で雪乃に報告する。
「お嬢様。本日のプリン、非常に高評価です」
「当然よ。私が見守ったもの」
「……はい」
続いて提供された“紅茶ケーキ”も、同様に好評だった。
「紅茶の香りがしっかりしていて……」
「甘すぎないのがいいですわね」
弥生は忙しく動き回りながらも、嬉しそうに微笑んでいた。
一方、雪乃は──
思ったより、働いていた。
客から話しかけられれば応じ、
紅茶の説明もこなす。
「……今日のお嬢様、珍しいですね」
忍が小声で言うと、雪乃は肩をすくめた。
「貸切だからよ。知らない人が少ないもの」
「それが基準なのですね」
穏やかな時間が流れ、
予定通り、貸切営業は終盤へと向かっていった。
そのとき。
クレア・フォレスト令嬢が、雪乃のもとへ近づいてきた。
「店主様……本当に素敵なお茶会でした。
皆、とても満足しておりますわ」
「それはよかったです」
雪乃は丁寧に応じる。
「このような落ち着いた空間、なかなかありませんもの」
「……そう言っていただけると、嬉しいです」
そのやりとりを、忍と弥生は少し離れたところから見守っていた。
(……何も起きていませんね)
(……不安です)
だが、最後まで大きな問題は起きなかった。
三時間きっかりで、貸切営業は終了。
令嬢たちは名残惜しそうに店を後にし、
喫茶店「雪の庭」には、再び静寂が戻った。
忍と弥生は、同時に大きく息を吐いた。
「……終わりましたね」
「ええ……今日は本当に、無事でした……」
雪乃は椅子に腰を下ろし、少し疲れた様子で笑った。
「ふぅ……意外と、ちゃんと終わったわね」
「お嬢様が“意外”と仰る時点で、危険でしたが」
「でも、これでまた静かな午後が戻ってくるはずよ」
雪乃は紅茶を一口飲み、満足そうに目を閉じる。
その顔には、
“これ以上、何も起きない”という確信が浮かんでいた。
──だが、その確信は、数日後にあっさりと裏切られる。
この貸切営業が、
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この時の雪乃は、まだ知らなかった。
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