婚約破棄されたけど負けないもん。がんばってさばいばるするぞー!

しおしお

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第5章 ほんとうの「しあわせ」

5−3 時を越える微笑み

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第5章 ほんとうの「しあわせ」

5-3 時を越える微笑み

王都ルヴィアンの朝は、いつもと変わらない穏やかな光に包まれていた。
石畳の上を馬車が通り、花売りの声が響く。
空は青く、風はやさしく、鳥たちは歌う。

――百年経っても、世界は変わらない。
でも、たしかに何かが違う。

街の人々は、どんなに忙しくても、朝の空を見上げる。
そして、ほんの一瞬でも笑う。
それが、この国の“しきたり”になっていた。

「朝に笑えば、今日もきっとだいじょうぶですの。」

子どもから大人まで、誰もがそう言う。
それがどこから来た言葉なのか、もう知らない人も多い。
けれど、言葉だけはずっと受け継がれていた。

***

王都の郊外。
“リリアナの森”と呼ばれる場所がある。
百年前、少女が光をもたらした地。

今では、学校の遠足コースになっていた。

「先生、ここにほんとうに“リリアナさま”がいたの?」
「ええ。むかしむかし、ひとりの女の子がね、
 泣かないでがんばるって言ったのよ。」

「泣かないでって、むずかしいね。」
「でもね、泣いてもいいの。
 そのあと、ちゃんと笑えばいいって、
 リリアナさまは言ったの。」

子どもたちは目を丸くして、
風にそよぐ木々を見上げた。

そのとき、風がふっと吹いた。
木の葉が舞い、光がきらきらと降りそそぐ。

「わぁ……キレイ!」
「リリアナさまが、笑ってるのかも!」

先生は微笑んだ。
「そうかもしれないね。」

***

その森の奥には、今も小さな祠が残っていた。
白い石でできた小さな祈りの場所。
観光客もほとんど来ないが、いつもきれいに掃除されていた。

ある日、祠の前にひとりの少年が現れた。
彼はまだ十歳にも満たない年齢で、
手に古びたノートを抱えていた。

「……おかあさん、ここで笑ってたんだって。」

少年の母は、幼い頃この森で“おひさまの風”を感じたと語っていた。
病に倒れた母はもういない。
けれど少年はその言葉を信じて、
母の好きだった花冠を自分で編み、祠にそっと置いた。

「リリアナさま、ありがとう。
 おかあさん、いま、お空で笑ってるかな。」

その瞬間――風が吹いた。

柔らかな光が少年の髪をなで、花冠がふわりと宙に浮かぶ。
それはまるで、誰かがやさしく抱きしめたような感触だった。

『えがお、だいじですの。
 がんばりすぎないでくださいですの。』

どこからともなく、声がした。
少年は涙をこぼしながら笑った。

「うん……ありがとう。
 ぼく、がんばりすぎないで、がんばるね。」

光はやさしく消え、森に静寂が戻った。
しかし、風の音だけがずっと耳に残っていた。

さらさら……さらさら……
まるで、“ですの”と囁くように。

***

王都に戻った少年は、夜、自分の部屋でノートを開いた。
そこには、母が残した日記の断片があった。

『リリアナさまは神さまじゃない。
 でも、誰よりも“神さまみたいにやさしい”。』

『人は光を作ることはできないけど、
 笑えば、光をうつすことができる。
 それを教えてくれたのが、リリアナさまですの。』

ページの端には、母の筆跡でこう書かれていた。

『この言葉を、あなたにあげますの。
 泣いてもいい、でも笑うですの。』

少年はノートを抱きしめ、目を閉じた。
その頬に、窓の外から吹き込む夜風が当たる。
優しい、春のような風だった。

「……リリアナさま、いまも風のなかにいるんだね。」

その夜、少年は穏やかな夢を見た。
夢の中で、金色の髪をした少女が笑っていた。
彼女は小さな手を差し伸べ、こう言った。

「いっしょに歩くですの。
 ひとりじゃ、さみしいですの。」

少年はうなずいて、その手を取った。

「ぼくも、がんばりすぎないで、わらうですの。」

少女は目を細め、ふわりと風になった。

***

翌朝、王都の空に白い雲が流れた。
その形は、どこかで見た“笑顔”に似ていた。
誰かがふと空を見上げて笑うと、
その笑顔がまた別の人に伝わっていく。

市場の女主人が笑い、客が笑い、
パン屋が歌を口ずさみ、子どもたちが手を取り合う。

“光の国”は、もう特別な奇跡を必要としていなかった。
人々の心そのものが、奇跡になっていたからだ。

「ねぇ、ママ。リリアナさまって、ほんとにいたの?」
「ええ、きっと。
 でも、いなくなったわけじゃないのよ。」
「え?」
「あなたの笑顔の中に、ちゃんといるの。」

少女はしばらく考えて、にっこり笑った。
「じゃあ、リリアナさま、ずっとここにいるですの!」

母はその言葉に驚いたように目を瞬かせ、
そして、同じように笑顔を返した。

「ええ。そうね、ずっと。」

風がふわりと二人の髪を揺らす。
どこかで聞こえるのは、
あの懐かしい子守唄のような歌――。

♪リリアナちゃんのえがおは おひさまのひかり~
 なく子もわらう リリアナのうた~

その歌声は、空の彼方へ。
百年を越えて、千年先までも届くように。

そして風の中で、誰かの声が優しく重なった。

「リリアナ、まだ笑ってますの。
 みんなも、ずっと笑ってくださいですの。」

光が街を包み、王都全体が金色に染まる。
それはもう、奇跡ではなかった。
人々が自然に笑うこと――それこそが、この国の永遠の光だった。

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