『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』

しおしお

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第37話 静かな報復

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第37話 静かな報復

 報復は、
 必ずしも剣を振るうことではない。

 むしろ――
 選択肢を一つずつ消していくことだ。

 公開の助言から、七日後。

 ローゼリア王国は、
 何もしていない。

 少なくとも、
 表向きには。

 ――宰相府。

「……報告が、
 揃いました」

 側近官僚が、
 慎重に書類を差し出す。

 アヴェンタドールは、
 静かに目を通した。

「帝国商会、
 取引停止三件」

「北方交易同盟、
 融資条件変更」

「ヴェルク公国、
 輸送保険料の急騰」

 どれも、
 公式な抗議ではない。

 だが、
 確実に“嫌がらせ”だった。

「……来ましたわね」

 感情は、
 一切乗っていない。

 ガーラが、
 不安げに言う。

「これは……
 報復、ですか?」

「ええ」

 即答。

「ですが」

 一拍。

「想定内です」

 アヴェンタドールは、
 机の引き出しから
 別の書類を取り出した。

「こちらをご覧ください」

 並べられたのは、
 新規契約書。

「南方自由都市連合」
「内陸商会共同体」
「帝国“非”公式商会」

 ガーラが、
 目を見開く。

「……すでに?」

「はい」

 アヴェンタドールは、
 淡々と答える。

「報復は、
 予告なしに来ます」

「ですから」

 視線が、
 冷静に光る。

「代替先は、
 事前に用意します」

 ――同日。

 帝国北方。

 イーグル・タロンは、
 報告書を読み、
 小さく息を吐いた。

「……見事だ」

 取引停止。
 金融締め付け。

 確かに、
 “効く”はずだった。

 だが。

「止めたのは、
 こちらだ」

 部下が、
 困惑した声で言う。

「……なぜ、
 影響が出ていない?」

 イーグルは、
 苦笑した。

「影響は、
 出ている」

 一拍。

「こちらに」

 帝国商会の一部が、
 契約失効。

 理由は単純。

 ――条件が、
 他より悪い。

「彼女は、
 報復を“拒否”した」

「代わりに」

 視線が、
 遠くを見る。

「市場を、
 開き直した」

 ――ローゼリア王国。

 宰相府の窓から、
 港が見える。

 船が、
 増えていた。

「……止まりませんわね」

 ガーラが、
 ぽつりと呟く。

「ええ」

 アヴェンタドールは、
 頷いた。

「報復とは、
 相手の反応を
 期待する行為です」

 一拍。

「反応しなければ、
 報復は成立しません」

 それは、
 冷酷な理屈。

 だが、
 極めて合理的だった。

 ――数日後。

 圧力をかけていた側から、
 連絡が来始める。

「条件の再検討を……」

「誤解があったのでは……」

 アヴェンタドールは、
 すべてを一度、受理した。

 ただし――
 即答はしない。

(……待たせますわ)

 沈黙は、
 最大の返答だ。

 その頃。

 イーグルは、
 一通の覚書を閉じた。

「……完全に、
 主導権を失ったな」

 帝国の影は、
 まだ存在する。

 だが。

(彼女は、
 影を
 “影のまま”
 無力化した)

 静かな敗北。

 それは――
 最も、
 誇りを傷つける形だった。

 夜。

 ガーラは、
 腹部に手を当てる。

「……この子は」

 小さな声。

「強い国に、
 生まれますね」

「いいえ」

 アヴェンタドールは、
 静かに否定する。

「賢い国に、
 生まれます」

 剣を振るわず。
 声を荒げず。

 ただ――
 選択肢を奪う。

 それが、
 ローゼリア王国の
 新しい戦い方だった。

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