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第十話 選ばれる側
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第十話 選ばれる側
王都の空気は、目に見えないまま変質していた。
街路に並ぶ商人たちの声は以前と変わらない。市場は動き、港湾も稼働し、軍需の支払いも滞ってはいない。
だが誰もが理解している。
王家は“絶対”ではなくなった。
そして今、王太子セドリックは、選ぶ側ではなく――選ばれる側に立たされている。
王宮の重臣会議。
「市場は“安定の象徴”を求めています」
財務官が淡々と告げる。
「象徴とは何だ」
セドリックの声は低い。
「継承の明確化です」
沈黙が落ちる。
それは遠回しな言い方だった。
だが意味は明白。
王位継承者の再検討。
「廃嫡を前提に話しているのか」
「前提ではございません」
しかし誰も否定しない。
王太子の座は、血統だけで保証される時代ではない。
市場は評価する。
信用が揺らいだ人物は、将来の不安材料と見なされる。
「私は改革を進めている」
「はい」
「監査も受けた」
「はい」
「港湾も継続している」
「はい」
「ならばなぜだ」
問いは、正しい。
だが財務官の返答もまた、正しい。
「殿下は“信用を回復しようとしている人物”です」
言葉が静かに落ちる。
「しかし市場が求めるのは、“最初から揺らがない人物”です」
それは、致命的な違いだった。
一方、グラシアス公爵邸。
「第二王子殿下への支持が増えております」
エルネストが報告する。
レティシアは静かに書簡を読み終える。
「早いですわね」
「はい。貴族の間で“安定”という言葉が使われ始めました」
彼女は小さく頷く。
「市場は感情では動きません」
王太子が正しいかどうかではない。
揺らいだという事実があるかどうか。
「私は何もしておりません」
その言葉は変わらない。
だが彼女の存在は、記録に残っている。
公式の婚約破棄。
王太子の私情判断。
融資終了。
監査。
格付け。
連鎖は彼女が起こしたのではない。
だが彼女が契約を守った結果、起きた。
夜、王宮。
国王はセドリックを呼び出した。
「お前は王になる覚悟があるか」
「当然です」
「では王として何を最優先にする」
沈黙。
「……民の幸福」
「違う」
国王は言う。
「安定だ」
その言葉は重い。
「民の幸福は、安定の上にしか築けぬ」
セドリックは拳を握る。
「私は間違っていない」
「正しさは必要だ」
国王は続ける。
「だが王に求められるのは、揺らがぬ存在であることだ」
揺らいだ。
その事実は消えない。
翌日、隣国使節館。
「王家内部の支持が割れております」
報告を受けたオルフェリウスは淡々と答える。
「想定内だ」
「動きますか」
「まだだ」
彼は窓の外を見た。
「市場は決断を急がせる」
王家が内部で結論を出すまで、待つ。
それが最も効果的。
一方、王都の貴族会館では、水面下の動きが加速していた。
「第二王子殿下は若いが、失点はない」
「揺らぎがない」
「市場も安心する」
安心。
その言葉が何度も繰り返される。
王太子は正しいかもしれない。
だが安心ではない。
夜、レティシアは書斎で静かに言う。
「選ぶ側であるはずの方が、選ばれる側に立つ」
それが制度。
王太子はまだ地位にいる。
だが市場と貴族は、次を検討している。
最強のざまぁは、罰ではない。
評価の固定だ。
あなたは揺らいだ人物。
あなたは安定ではない。
その烙印は、誰も叫ばずとも、広がる。
王都の灯りは変わらない。
だが王太子の立場は、確実に細くなっていく。
選ぶ側だったはずの男は、今や選ばれる資格を問われている。
そしてその問いに、数字は容赦なく答えを迫っていた。
王都の空気は、目に見えないまま変質していた。
街路に並ぶ商人たちの声は以前と変わらない。市場は動き、港湾も稼働し、軍需の支払いも滞ってはいない。
だが誰もが理解している。
王家は“絶対”ではなくなった。
そして今、王太子セドリックは、選ぶ側ではなく――選ばれる側に立たされている。
王宮の重臣会議。
「市場は“安定の象徴”を求めています」
財務官が淡々と告げる。
「象徴とは何だ」
セドリックの声は低い。
「継承の明確化です」
沈黙が落ちる。
それは遠回しな言い方だった。
だが意味は明白。
王位継承者の再検討。
「廃嫡を前提に話しているのか」
「前提ではございません」
しかし誰も否定しない。
王太子の座は、血統だけで保証される時代ではない。
市場は評価する。
信用が揺らいだ人物は、将来の不安材料と見なされる。
「私は改革を進めている」
「はい」
「監査も受けた」
「はい」
「港湾も継続している」
「はい」
「ならばなぜだ」
問いは、正しい。
だが財務官の返答もまた、正しい。
「殿下は“信用を回復しようとしている人物”です」
言葉が静かに落ちる。
「しかし市場が求めるのは、“最初から揺らがない人物”です」
それは、致命的な違いだった。
一方、グラシアス公爵邸。
「第二王子殿下への支持が増えております」
エルネストが報告する。
レティシアは静かに書簡を読み終える。
「早いですわね」
「はい。貴族の間で“安定”という言葉が使われ始めました」
彼女は小さく頷く。
「市場は感情では動きません」
王太子が正しいかどうかではない。
揺らいだという事実があるかどうか。
「私は何もしておりません」
その言葉は変わらない。
だが彼女の存在は、記録に残っている。
公式の婚約破棄。
王太子の私情判断。
融資終了。
監査。
格付け。
連鎖は彼女が起こしたのではない。
だが彼女が契約を守った結果、起きた。
夜、王宮。
国王はセドリックを呼び出した。
「お前は王になる覚悟があるか」
「当然です」
「では王として何を最優先にする」
沈黙。
「……民の幸福」
「違う」
国王は言う。
「安定だ」
その言葉は重い。
「民の幸福は、安定の上にしか築けぬ」
セドリックは拳を握る。
「私は間違っていない」
「正しさは必要だ」
国王は続ける。
「だが王に求められるのは、揺らがぬ存在であることだ」
揺らいだ。
その事実は消えない。
翌日、隣国使節館。
「王家内部の支持が割れております」
報告を受けたオルフェリウスは淡々と答える。
「想定内だ」
「動きますか」
「まだだ」
彼は窓の外を見た。
「市場は決断を急がせる」
王家が内部で結論を出すまで、待つ。
それが最も効果的。
一方、王都の貴族会館では、水面下の動きが加速していた。
「第二王子殿下は若いが、失点はない」
「揺らぎがない」
「市場も安心する」
安心。
その言葉が何度も繰り返される。
王太子は正しいかもしれない。
だが安心ではない。
夜、レティシアは書斎で静かに言う。
「選ぶ側であるはずの方が、選ばれる側に立つ」
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王太子はまだ地位にいる。
だが市場と貴族は、次を検討している。
最強のざまぁは、罰ではない。
評価の固定だ。
あなたは揺らいだ人物。
あなたは安定ではない。
その烙印は、誰も叫ばずとも、広がる。
王都の灯りは変わらない。
だが王太子の立場は、確実に細くなっていく。
選ぶ側だったはずの男は、今や選ばれる資格を問われている。
そしてその問いに、数字は容赦なく答えを迫っていた。
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