婚約破棄は致しません。ただ、あなたを主語から外しただけです』

しおしお

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第十一話 数字の証言

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第十一話 数字の証言

 王宮に提出された最新の報告書は、わずか数枚の紙でありながら、王太子の未来を揺らすに足る重みを持っていた。

『王家信用指数 横ばい。改善傾向なし』

 悪化はしていない。
 だが回復もしていない。

 市場は沈黙という形で判断を保留している。

 それは一見、穏やかに見える。
 しかし実際は、最も残酷な状態だった。

 王宮執務室。

「なぜ戻らない」

 セドリックは机上の報告書を見下ろす。

「支出削減案は実行中だ。港湾も進んでいる。軍需も調整した」

「はい」

 財務官は静かに答える。

「しかし市場は、“改善した王太子”ではなく、“揺らいだ王太子”を記録しております」

 言葉は柔らかい。
 だが意味は厳しい。

 一度刻まれた評価は、容易には消えない。

「時間が必要ということか」

「時間と、結果です」

「私は努力している」

「努力は評価されます。しかし信用は、感情では回復しません」

 その瞬間、セドリックは初めて理解する。

 これは戦いではない。

 説得でもない。

 “数字の裁定”だ。

 一方、グラシアス公爵邸。

 レティシアは淡々と資料を読み進めていた。

「横ばいですか」

「はい」

「市場は様子見を続けております」

 エルネストが報告する。

「殿下は安堵なさるでしょう」

「ええ」

 レティシアは小さく頷く。

「ですが横ばいとは、“信用が戻らない”という意味でもあります」

 市場は回復を急がない。
 安定を確認するまで、評価を上げない。

「時間が経てば自然に戻るとお考えでしょうか」

「いいえ」

 レティシアは静かに言う。

「信用は“新しい象徴”を見つければ、そちらに移ります」

 それは、第二王子の存在。

 まだ動いてはいない。
 だが比較対象が生まれた瞬間、評価は変わる。

 夜、王宮の小会議室。

 重臣たちが密かに集まっていた。

「第二王子殿下の動向は」

「学問に励まれております。失点はございません」

「市場は“無風”を好む」

「揺らぎのない後継者……」

 その言葉が重く響く。

 廃嫡を公に口にする者はいない。

 だが“比較”が始まっている。

 比較は、最も静かな断罪だ。

 翌日、隣国使節館。

「王家の内部評価は割れております」

 報告を受けたオルフェリウスは書簡を閉じた。

「当然だ」

「動きますか」

「まだ」

 彼は淡々と続ける。

「自壊は最も効率が良い」

 他国が圧力をかける必要はない。
 市場が十分に圧を与えている。

「彼女は?」

「動いておりません」

 わずかな沈黙。

「だから強い」

 レティシアは何も主張していない。

 廃嫡を求めていない。

 復縁も拒絶したまま。

 ただ契約を守り、静観している。

 だがその存在が、王太子の判断と対照になる。

 夜、王宮。

 セドリックはひとり、灯りの下で書類を見つめていた。

 改善案。
 削減計画。
 説明資料。

 どれも正しい。

 だが数字は冷たい。

 横ばい。

 回復なし。

「……私は間違っているのか」

 初めて口に出した疑問。

 理想は正しい。

 だが王として求められるのは、理想の正しさではない。

 揺らがぬ安心。

 一方、レティシアは書斎で静かに呟く。

「数字は証言しますわ」

 誰が声を荒げなくとも。

 誰が断罪しなくとも。

 数字が評価を固定する。

 最強のざまぁは、罰を与えない。

 “評価”を動かさない。

 あなたは揺らいだ人物。

 その記録は残る。

 王都の夜は静かだ。

 だがその静けさの中で、王太子の価値は測られ続けている。

 そして数字は、感情よりも残酷に、
 彼の未来を削り取っていくのだった。
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