婚約破棄は致しません。ただ、あなたを主語から外しただけです』

しおしお

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第十三話 不可逆の記録

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第十三話 不可逆の記録

 王都に流れる噂は、もはや囁きではなかった。

 廃嫡。

 その言葉が、今や公然とした“仮定”として語られている。

 まだ決定ではない。
 だが市場は、可能性を数字に変換し始めていた。

『王位継承安定指数 変動中』

 新たに設けられたその指標は、残酷なほど明快だった。

 王太子の発言、政策、評価、全てが記録され、分析され、数値化される。

 セドリックは初めて、自分が“評価対象”になったことを理解する。

 王宮執務室。

「私は商品ではない!」

 机を叩く音が響く。

「王太子だ!」

「はい」

 財務官は淡々と答える。

「しかし市場は、将来のリスクを数値化します」

「リスクだと?」

「揺らいだ記録がございます」

 それは婚約破棄。

 公式の場での宣言。

 私情と見なされた判断。

 そしてその後の連鎖。

「私は国家のために決断した!」

「その通りでございます」

「ならばなぜ下がる!」

 沈黙。

「記録が残っているからです」

 短い一言。

 セドリックの呼吸が止まる。

 記録。

 それは消えない。

 翌日、王宮図書館。

 王家の公式記録に、新たな項目が追加される。

『王太子セドリック殿下 婚約解消に伴う金融契約終了』

 事実のみ。

 評価は書かれていない。

 だが誰が読んでも、連鎖は見える。

 レティシアはその写しを静かに受け取った。

「残りましたわね」

「はい。王家の公式記録として」

 エルネストが答える。

「消せません」

「消せませんわ」

 彼女は淡く微笑む。

「歴史は修正できますが、記録は残ります」

 それが制度。

 感情ではない。

 一方、隣国使節館。

「王位継承指数が乱高下しております」

 報告を受けたオルフェリウスは頷く。

「比較が進んでいる証だ」

「第二王子の指数が上昇傾向です」

「当然だ」

 揺らいだ者と、揺らいでいない者。

 市場は単純だ。

 だが冷酷だ。

 夜、王宮。

 国王とセドリックが向き合う。

「廃嫡の正式議論を始める」

 国王の声は重い。

「……父上」

「まだ決定ではない」

 だがそれは、ほぼ宣告だった。

「私は間違っていない」

 セドリックは言う。

「だが揺らいだ」

 国王は静かに告げる。

「王家は揺らいではならぬ」

 その言葉が、胸を抉る。

 王太子は正しいかもしれない。

 だが王に必要なのは、“正しさ”より“不可逆の安定”。

 揺らいだという事実は、消せない。

 一方、グラシアス公爵邸。

「廃嫡議論が正式に始まります」

「そう」

 レティシアは静かに紅茶を置く。

「私は関与いたしません」

「お嬢様の名も、記録に残っております」

「当然ですわ」

 彼女は淡々と言う。

「婚約破棄は公式記録ですもの」

 だがそこに感情はない。

 彼女は復讐をしていない。

 ただ契約を守った。

 そして記録が、王太子を裁いている。

 最強のざまぁは、直接の打撃ではない。

 “不可逆の記録”を残すこと。

 その記録が比較を生み、
 比較が評価を固定し、
 評価が未来を閉ざす。

 王宮の灯りは揺れる。

 セドリックは初めて理解する。

 これは戦いではない。

 逃げ場のない“制度”だ。

 そして制度は、涙を見ない。

 王太子はまだ地位にいる。

 だが廃嫡という言葉は、もはや仮定ではなく議題となった。

 揺らいだ記録は消えない。

 それが、最も残酷な宣告だった。
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