婚約破棄は致しません。ただ、あなたを主語から外しただけです』

しおしお

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第二十二話 歴史の脚注

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第二十二話 歴史の脚注

 王宮の公文書館は、いつもと変わらぬ静けさに包まれていた。

 分厚い帳簿と巻物が並ぶその空間に、新たな一冊が加わる。

『王位継承再編に関する記録』

 担当官が慎重に署名し、日付を記す。

 それは事件でも、騒動でもない。
 ただの行政記録。

 だがそこに記された一文が、全てを確定させていた。

『旧王太子セドリック殿下、継承順位第二位へ移行』

 廃嫡という言葉はない。

 断罪もない。

 ただ事実。

 そして事実は、歴史になる。

 王宮では、第二王子の政策が着実に実行されていた。

 財政再編。
 港湾運営の透明化。
 対外条約の更新。

 どれも派手ではない。

 だが安定的だ。

 重臣が言う。

「王家は完全に立て直されました」

 その報告に、国王は頷くだけ。

 もう議論はない。

 市場も、貴族も、民も受け入れている。

 それが“確定”。

 一方、グラシアス公爵邸。

「公文書館に正式登録されました」

 エルネストの報告に、レティシアは紅茶を置く。

「そう」

「これで完全に」

「戻りませんわね」

 彼女の声は静かだ。

 彼女は何も勝ち誇らない。

 ただ、制度が動いたことを確認する。

 婚約破棄。
 金融契約終了。
 格付け低下。
 比較。
 議題化。
 多数決。
 勅命。
 固定化。

 そして――歴史化。

 夜。

 セドリックは公文書館を訪れていた。

 静かな灯りの中、自分の名が記された頁を開く。

 そこには感情がない。

 「失敗」も「誤り」も書かれていない。

 ただ、移行。

 自分は悪人ではない。

 無能とも書かれていない。

 ただ、揺らぎが生じ、制度が修正された。

 それだけ。

 だがその簡潔さが、何より重い。

「私は……歴史か」

 怒りはない。

 後悔も、もはや薄い。

 ただ、確定。

 隣国使節館。

「継承再編、公式史料に登録されました」

 報告に、オルフェリウスは短く答える。

「これで終わりだ」

「旧殿下の復権は」

「制度上、極めて困難」

 歴史は巻き戻らない。

 それが最大の封印。

 翌朝。

 新聞は小さく報じる。

『王位継承再編、正式史料化』

 大きな見出しではない。

 だがその小さな記事が、全てを終わらせた。

 読者は数行読んで、頁をめくる。

 関心がないからではない。

 もう問題ではないから。

 レティシアは窓辺に立つ。

「脚注は戻りません」

 王の名は本文に残る。

 だが過去の継承者は、脚注。

 それが制度。

 最強のざまぁは、罰ではない。

 あなたを脚注にすること。

 主語から外すこと。

 歴史の一行に収めること。

 王宮の鐘が鳴る。

 国家は安定し、制度は動き、未来は前へ進む。

 そしてセドリックの名は、敬意とともに、静かに本文から外れた。

 それが最終形。

 叫びも涙もない。

 ただ、歴史の頁が一枚、静かに閉じられたのだった。
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