婚約破棄は致しません。ただ、あなたを主語から外しただけです』

しおしお

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第三十九話 新章の序文

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第三十九話 新章の序文

 王立出版局は、新国王統治五周年を記念した公式書籍の刊行を発表した。

 題名は簡潔だ。

『安定国家への歩み』

 分厚い装丁。
 上質な紙。
 王家の紋章が金で押されている。

 内容は統治五年間の政策総括。

 財政再建、外交拡大、教育改革、地方分権。

 数値と成果が整然と並ぶ。

 そして巻頭には、新国王自身による序文。

『本書は、我が国が安定と継続を礎として未来へ進む過程を記録するものである』

 文章は落ち着いている。

 過去の混乱についての言及はない。

 再編という語すら出てこない。

 ただ、安定が前提。

 書店には発売初日から人が並ぶ。

「記念に一冊」

「保存版だな」

 王都の空気は穏やかだ。

 不安も疑問もない。

 隣国使節館。

「記念書籍、各国へ配布予定」

 報告に、オルフェリウスは静かに頷く。

「物語は確定した」

「旧殿下の記述は」

「ない」

 それでいい。

 物語の外にいる者は、語られない。

 一方、セドリックはその書籍を受け取る。

 献本として届けられた一冊。

 丁重な挨拶状が添えられている。

『これまでのご尽力に敬意を』

 彼はゆっくりと頁をめくる。

 政策。
 成果。
 未来計画。

 自分の名は出ない。

 功績も、過ちも、存在も。

 ない。

 彼は本を閉じる。

 怒りはない。

 ただ静かな理解。

 国家の物語は、常に現在形。

 過去は整理され、
 必要な部分だけが残る。

 グラシアス公爵邸。

「公式書籍が刊行されました」

 エルネストが告げる。

 レティシアは微笑む。

「序文に過去は?」

「ありません」

「完璧ですわ」

 彼女は淡々と言う。

「序文に過去がない時、物語は固定されます」

 最強のざまぁは、
 あなたを否定することではない。

 あなたを語らないこと。

 そしてそれが不自然でないこと。

 夜。

 王都の書店の灯りが消える。

 売り切れの棚。

 人々は未来の章を読む。

 セドリックは窓辺に立つ。

 王宮の塔が遠くに見える。

 王冠は遠い。

 だが憎しみはない。

 自分は国家の一部。

 だが物語の主語ではない。

 翌朝、新聞は書籍の発売を報じる。

『安定国家の五年』

 疑問符はない。

 解説もない。

 物語は完成に近づいている。

 語られないこと。

 それが最終段階の静かなざまだった。
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