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第4話:
しおりを挟むアドラはシンディの両手を取ると、まるで古い友人に触れるような自然さで、そのまま彼女を廊下の中央へと導いた。
薄暗かった空間に、いつの間にか淡い光が満ち始めている。
「大丈夫。怖がらなくていいわ」
アドラは囁くように言った。
不思議なことに――本当に怖くなかった。
目の前で起きていることは信じがたいのに、アドラの掌から伝わる暖かさが、心の震えをしずめていく。
「あなたの願いは……胸だけじゃないはずよね、シンディ」
「……はい」
「あなたは、胸のことで誰からも蔑まれず、
ありのままの自分で笑える場所が欲しい。
好きな人に“あなた”として見つめられたい。
その願い……少しだけ、わたしが背中を押してあげる」
アドラの声は、涙の張り付いた心を溶かすように柔らかかった。
「でも……私……自信がないんです。
本当に、こんな私を見てくれる人が……いるのでしょうか」
「いるわ。
だけどあなた自身が最初の一歩を踏み出さないと、その人には届かない」
アドラはシンディの頬をそっと両手で包み込み、微笑む。
「そのために必要なのは……少しの勇気と、少しの魔法よ」
次の瞬間だった。
アドラの紫の瞳が、ふっと強い光を放った。
廊下の空気が、ざわりと揺らぐ。
「シンディ。目を閉じなさい」
その言葉に従い、シンディはそっと瞳を閉じる。
すると、胸の奥から温かい波が広がり、身体中を優しく包み込んだ。
光が、広がる。
暖かい――。
心地いい――。
まるで母の腕に抱かれているような……そんな感覚。
ひらり――
衣擦れの音がして、風が髪を撫でる。
どこからともなく、星屑のような光が舞い上がった。
シンディの身体の周りをゆっくりと旋回し、ドレスの裾へ、髪へ、肌へと触れていく。
そして――
シンディの胸の前で、ひときわ大きな光が弾けた。
「……っ!」
思わず目を開けると、胸元にふわりと柔らかな重みが宿った。
シンディは驚きに息を呑んだ。
胸が――
母の肖像画に似た、豊かな曲線を描いている。
「これ……私……?」
「ええ。あなたよ。
これは、“あなたが心から求めた形”を魔法で具現化しただけ。
あなたの身体は本来、ゆっくり育つ体質なの。
だれよりゆっくり、でも確実に美しく成長していく。
それを少しだけ、早めただけよ」
アドラの説明は、嘘のない真実の響きを持っていた。
「でも……こんな……まるで別人みたいで……」
「胸はただの飾り。でも、あなたの美しさは胸だけじゃないわ」
アドラは杖を軽く振った。
光はさらに強くなり、シンディの身体を包み込む。
白いドレスが形を変えていく。
胸元は気品を漂わせ、ウエストは美しく絞られ、スカートは蝶の羽のようにふわりと広がった。
髪は滑らかな光沢を帯び、金糸のリボンが自然と編み込まれる。
頬にはほのかな薔薇色が差し、瞳は涙の名残を美しい輝きへと変えた。
「す、すごい……本当に……私じゃないみたい……!」
「本当のあなたの、美しさが外に現れただけよ」
アドラがひとつ指を振ると、廊下の空間に大きな鏡が出現した。
「見てごらんなさい、シンディ」
シンディは恐る恐る鏡を覗き込み――そして、息を呑んだ。
そこに映っていたのは、
胸の豊かさと気品を併せ持った、どこまでも女性らしいドレス姿の少女。
その姿はまさに、舞踏会の主役と呼ぶにふさわしい“華”を放っていた。
「……これ……本当に、私の……?」
「ええ。魔法で取り繕っているんじゃない。
あなたの“本質”が、美しく形になっただけ」
シンディの胸が熱くなった。
「アドラ様……ありがとうございます……!
でも、こんな姿になれても……私が胸のせいで苦しんできた事実は……変わりません」
「変えるのよ、これから」
アドラはシンディの手を握る。
「いい?
この魔法は12時で解ける。
だから、それまでに“胸じゃなく、あなた自身を見てくれる相手”を見つけなさい。
その人こそ、あなたの未来を変える鍵になるわ」
「……そんな人、本当にいるのでしょうか」
「あなたが信じれば現れるわ」
アドラは柔らかく笑いながら、シンディの胸元に手を触れた。
その瞬間、彼女の胸元が柔らかく光り輝いた。
「さあ、行きなさい。
あなたの物語は――今、始まるのよ」
シンディは鏡に映る自分を見つめ、ぎゅっと拳を握った。
怖い。
でも、行きたい。
胸のせいで奪われた夢を、取り戻したい。
そして――
いつか、本物の自分を好きになってくれる人に会いたい。
「行きます……アドラ様。
私、自分の未来を……自分で選びたい!」
その決意が、光となってシンディの身体を包み込んだ。
廊下の扉が、ひとりでに静かに開く。
シンディはドレスの裾を持ち上げ、まっすぐ夜の空へと歩き出した。
舞踏会へ――
運命を変える夜へ向かって。
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