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第8話 落とされた証と、王子の誓い
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落とされた証と、王子の誓い
階段を駆け降りるたびに、シンディの胸元が軽く、そして寂しくなっていく。
魔女アドラが与えてくれた美しい曲線は、どこにも残っていなかった。
元の“ほとんど平らな胸”に戻ってしまった身体を抱きしめるように、
シンディは両腕で胸元を押さえながら走った。
(見られなくてよかった……
あんなに……あんなに優しくしてくれた人に……
幻を見せていただけなんて……)
十二時の鐘が夜空に鳴り響く。
一つ、二つ、三つ……
音は残酷で、まるで“現実に戻れ”と命じているようだった。
大広間を離れ、回廊を抜け、王城の庭園へと出る。
月明かりが静かに照らす石畳を、薄いハイヒールが激しく叩く。
(お願い……誰にも、気づかれないで……)
背後からは、王子の呼ぶ声がまだ響いていた。
「待ってくれ! 君は誰なんだ!!
名前を、教えてくれ――!!」
その声を聞くだけで、胸が裂けそうだった。
振り返ったら、泣いてしまう。
止まってしまう。
そしてきっと、“本当の胸の自分”を見せてしまうだろう。
(そんなの……無理……!)
心が悲鳴を上げるのと同時に――
勢いよく曲がった庭園の角で、足が石に引っかかった。
「きゃっ――!」
転ぶ勢いで、片方のガラスの靴が足からすっぽり抜け、石畳に落ちた。
ぱしん、と硬い音を立てて、月の光にきらりと輝く。
それは、アドラからもらった特別な靴。
“魔法が解けても残る唯一の品”だと言われていた。
(靴……! でも……拾ってる時間なんて……!)
振り向けば、王子の姿が階段を降りてくる影とともに見えた。
「……っ!」
涙を浮かべながら、シンディは靴を拾わずに走り続けた。
ドレスの裾を踏み、胸元の布が少し緩み、それを辛うじて押さえながら――
王城の裏門へと消えるように逃げ去った。
王城の門を飛び出した頃には、もう息も声も出なかった。
胸は元の形。
ドレスの華やかさだけが、まるで“似合わぬ衣装”のように思えた。
涙をこぼしながら、シンディは夜の道へ消えていった。
その後ろで――。
王子レオナードは、ひざを折りそうな勢いで片方のガラスの靴を拾い上げた。
「……これは」
手に取った靴は、どこまでも透明で、光を吸い込むように美しい。
しかしそれ以上に、拾った瞬間、強烈に胸を締めつけるものがあった。
(君は……どうして逃げる?
どうして、あんな顔で……)
楽団が奏でる甘い夜よりも、
令嬢たちのきらびやかな装飾よりも、
シンディの顔はずっと鮮烈に記憶に残っていた。
その顔には、確かに悲しみがあった。
自分と踊った時の幸福も、逃げる前の苦しげな表情も――
全部が焼きついて離れなかった。
「女性の魅力は胸の大きさで決まる……」
誰かが背後で囁いた。
令嬢たちが遠巻きに見守る中、一人の貴族がそう言うと、周囲の同調も生まれる。
「殿下がお追いになるほどの胸の大きさ……どれほどだったのか……」
「巨乳のアンジェリカ令嬢でないのか?」
「いや、違うらしい……あの正体不明の令嬢こそが……!」
レオナードは振り返り、鋭い声で言い放った。
「胸の大きさなど、私は見ていない」
令嬢たちが息をのむ。
「私が探しているのは――胸ではなく、“心”だ」
その言葉には、今までのこの国では聞いたこともないほどの重みがあった。
そして、それは王子の本心だった。
胸の大きさが女性の価値を決めるなどという愚かな価値観――
彼は心の奥でずっと疑問に思っていた。
だが、それを国に向けて発する機会はなかった。
今夜までは。
レオナードはガラスの靴を握りしめ、静かに誓う。
「必ず、探し出す。
この靴の持ち主――あの、涙を浮かべていた令嬢を。」
楽団が静まり返った大広間に、
王子の決意の声が力強く響く。
「胸の大きさで女性を差別する愚かな価値観は……今日で終わりにする」
令嬢たちがざわめき、貴族たちが顔色を変える。
王子は靴を胸に抱き、ひとり呟いた。
「君の本当の姿がどんなものであろうとも……
私は必ず、見つけ出す」
その言葉とともに、夜風がガラスの靴に小さな鈴の音のような輝きを落とした。
---
階段を駆け降りるたびに、シンディの胸元が軽く、そして寂しくなっていく。
魔女アドラが与えてくれた美しい曲線は、どこにも残っていなかった。
元の“ほとんど平らな胸”に戻ってしまった身体を抱きしめるように、
シンディは両腕で胸元を押さえながら走った。
(見られなくてよかった……
あんなに……あんなに優しくしてくれた人に……
幻を見せていただけなんて……)
十二時の鐘が夜空に鳴り響く。
一つ、二つ、三つ……
音は残酷で、まるで“現実に戻れ”と命じているようだった。
大広間を離れ、回廊を抜け、王城の庭園へと出る。
月明かりが静かに照らす石畳を、薄いハイヒールが激しく叩く。
(お願い……誰にも、気づかれないで……)
背後からは、王子の呼ぶ声がまだ響いていた。
「待ってくれ! 君は誰なんだ!!
名前を、教えてくれ――!!」
その声を聞くだけで、胸が裂けそうだった。
振り返ったら、泣いてしまう。
止まってしまう。
そしてきっと、“本当の胸の自分”を見せてしまうだろう。
(そんなの……無理……!)
心が悲鳴を上げるのと同時に――
勢いよく曲がった庭園の角で、足が石に引っかかった。
「きゃっ――!」
転ぶ勢いで、片方のガラスの靴が足からすっぽり抜け、石畳に落ちた。
ぱしん、と硬い音を立てて、月の光にきらりと輝く。
それは、アドラからもらった特別な靴。
“魔法が解けても残る唯一の品”だと言われていた。
(靴……! でも……拾ってる時間なんて……!)
振り向けば、王子の姿が階段を降りてくる影とともに見えた。
「……っ!」
涙を浮かべながら、シンディは靴を拾わずに走り続けた。
ドレスの裾を踏み、胸元の布が少し緩み、それを辛うじて押さえながら――
王城の裏門へと消えるように逃げ去った。
王城の門を飛び出した頃には、もう息も声も出なかった。
胸は元の形。
ドレスの華やかさだけが、まるで“似合わぬ衣装”のように思えた。
涙をこぼしながら、シンディは夜の道へ消えていった。
その後ろで――。
王子レオナードは、ひざを折りそうな勢いで片方のガラスの靴を拾い上げた。
「……これは」
手に取った靴は、どこまでも透明で、光を吸い込むように美しい。
しかしそれ以上に、拾った瞬間、強烈に胸を締めつけるものがあった。
(君は……どうして逃げる?
どうして、あんな顔で……)
楽団が奏でる甘い夜よりも、
令嬢たちのきらびやかな装飾よりも、
シンディの顔はずっと鮮烈に記憶に残っていた。
その顔には、確かに悲しみがあった。
自分と踊った時の幸福も、逃げる前の苦しげな表情も――
全部が焼きついて離れなかった。
「女性の魅力は胸の大きさで決まる……」
誰かが背後で囁いた。
令嬢たちが遠巻きに見守る中、一人の貴族がそう言うと、周囲の同調も生まれる。
「殿下がお追いになるほどの胸の大きさ……どれほどだったのか……」
「巨乳のアンジェリカ令嬢でないのか?」
「いや、違うらしい……あの正体不明の令嬢こそが……!」
レオナードは振り返り、鋭い声で言い放った。
「胸の大きさなど、私は見ていない」
令嬢たちが息をのむ。
「私が探しているのは――胸ではなく、“心”だ」
その言葉には、今までのこの国では聞いたこともないほどの重みがあった。
そして、それは王子の本心だった。
胸の大きさが女性の価値を決めるなどという愚かな価値観――
彼は心の奥でずっと疑問に思っていた。
だが、それを国に向けて発する機会はなかった。
今夜までは。
レオナードはガラスの靴を握りしめ、静かに誓う。
「必ず、探し出す。
この靴の持ち主――あの、涙を浮かべていた令嬢を。」
楽団が静まり返った大広間に、
王子の決意の声が力強く響く。
「胸の大きさで女性を差別する愚かな価値観は……今日で終わりにする」
令嬢たちがざわめき、貴族たちが顔色を変える。
王子は靴を胸に抱き、ひとり呟いた。
「君の本当の姿がどんなものであろうとも……
私は必ず、見つけ出す」
その言葉とともに、夜風がガラスの靴に小さな鈴の音のような輝きを落とした。
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