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21 家を絶やせぬ義父
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21 家を絶やせぬ義父
ロシュフォール公爵家でのカトリーヌの立場が、目に見えて落ちていった頃から、王都では別の噂も囁かれ始めていた。
それは、家の未来に関わる話だった。
ギルベルト・ド・ロシュフォールの死によって、公爵家の継承は一気に不安定になった。嫡男は失われ、しかもその妻であるカトリーヌは子を宿していない。そうなれば、次に誰が家を継ぐのかという問題が避けられない。
もちろん、公爵家ほどの名門であれば傍系の親族はいる。
だが、血筋があることと、家中が穏やかにそれを受け入れることは別だ。継承が揺らげば、人心も揺れる。家臣たちは次の主を見極めようとし、親族たちは静かに駒を進め始める。
そしてその渦中で、もっとも弱い立場に置かれるのが、若く、子のない未亡人だった。
カトリーヌがそのことを理解し始めたのは、ある雨の夜だったらしい。
その頃には、彼女の部屋はすでに北側のこぢんまりとした一室へ移されていた。南向きの明るい部屋は、今や閉ざされ、使われぬ家具だけが整然と残されているという。花嫁として迎えられた女の痕跡を、家はまだ完全には消していない。だが同時に、その痕跡はもう“現在”ではなく、“終わったもの”として扱われ始めていた。
夜更け、屋敷の中庭に面した回廊では、雨粒が石畳を叩く音だけが続いていた。
カトリーヌはその日、夜の薬湯を自分で受け取りに行かされていた。以前なら女官が盆ごと運んできたものだ。けれど今は、“気を紛らわせるためにも少し体を動かしたほうがよい”という名目で、自分の足で小さなことをこなすよう求められている。
それは配慮のように言われる。
だが、実際には違う。
誰ももう、彼女を壊れ物としては扱っていないのだ。
廊下を戻る途中、声が聞こえた。
公爵の執務室の扉が少しだけ開いていたらしい。
中にいたのは、現当主であるロシュフォール公爵と、その側近の老執事だった。
「……このままでは、家が弱る」
低い男の声だった。
カトリーヌは、その声をよく知っている。ギルベルトの父、ロシュフォール公爵本人だ。
「若様のお血筋が残っていれば話は違いましたが」
老執事が慎重に返す。
「それを今さら言っても始まらん」
公爵の声音には苛立ちが混じっていた。
「問題はこれからだ。親族どもが騒ぎ出す前に、家の中心を定めねばならん」
カトリーヌは足を止めた。
聞いてはならない話なのだろう。けれど身体が動かなかった。
「奥方様をどうなさるおつもりで」
「どうもこうもあるか。あれはまだ若い」
一拍置いて、公爵は続けた。
「身体も、子を成せぬわけではあるまい」
その瞬間、カトリーヌの手から薬湯の蓋が落ちかけた。
慌てて押さえる。音は立てなかった。だが心臓だけが、喉元までせり上がってくるようだった。
中の会話は続いている。
「しかし、それでは」
「表向きは、亡き息子の忘れ形見として扱えばよい」
公爵の声はあまりにも平然としていた。
「月足らずであろうと、医師と女どもに口を合わせさせれば済む」
カトリーヌの指先が凍りつく。
何を言っているのか、最初は理解が追いつかなかった。
けれど、理解した瞬間に血の気が引いた。
この男は、自分とのあいだに子を作り、それをギルベルトの子として世に出すつもりなのだ。
家を絶やさないために。
公爵家の血を、少しでも“嫡男の血”に近い形で繋ぎとめるために。
あまりにも醜悪だった。
そして、あまりにも貴族的でもあった。
家のため。
血のため。
継承のため。
その理屈の前では、一人の女の尊厳も嫌悪も簡単に踏み潰される。
カトリーヌは息を殺したまま、その場を離れた。
部屋へ戻る頃には、指先だけでなく膝まで震えていた。扉を閉め、薬湯の盆を机へ置いた時には、もう立っていられなかった。
床へ座り込む。
喉がひゅう、と浅く鳴る。
だが、泣き声だけは出さなかった。出せなかったのではない。出した瞬間、何もかも終わる気がしたのだ。
ギルベルトは死んだ。
そのことで檻が開くと思った。
けれど実際には、檻の形が変わっただけだった。
夫が閉じた檻の次には、義父の手が待っていた。
翌日から、公爵の態度は目に見えて変わった。
これまでの彼は、若い未亡人を“役に立たぬ厄介者”として遠ざけていた。だがあの日を境に、逆に静かな親切を見せ始めたのだ。
「身体の具合はどうだ」
「食事は取れているのか」
「気分が優れぬなら、医師を呼ばせよう」
言葉だけ聞けば、心労深い嫁を案じる義父そのものだった。
女官たちも、その変化を見て少しざわついたという。
だがカトリーヌだけは、その親切が何を意味するのか知ってしまっている。
だから、その一言一言が恐ろしかった。
見舞いのように部屋へ入ってこられるだけで、背筋が強張る。
名前を呼ばれるだけで、胃の奥が冷える。
しかも逃げ場はない。
ロシュフォール家の中で、彼女は未亡人であり、子もなく、実家もすぐには迎えに来られない。女官たちは表向き丁寧だが、家中の空気に逆らってまで彼女を守ろうとはしない。
誰もが、ぎりぎりまで見て見ぬふりをする。
それは暴力の前段階として、最悪の沈黙だった。
その頃、ランベール侯爵家にも不穏な報せは届き始めていた。
今度は単なる立場の引き下げではない。
ロシュフォール公爵が、息子の未亡人へ妙に親身になっている、という話だ。
それだけなら、悲劇の家を支える当主の姿とも取れる。だが、それを伝えてきたのが奥向きの内情に詳しい年配女官筋であったことが、かえって嫌な現実味を持っていた。
義母はその話を聞いた瞬間、言葉を失った。
「まさか……」
呟いた声は、ひどく小さかった。
父は不機嫌そうに眉をひそめる。
「根拠の薄い噂に振り回されるな」
「でも、前だってそう仰って」
義母の声が少し尖る。
「“しつけ”の話も、最初は皆そうだったではありませんか。少し厳しいだけ、気のせいだ、夫婦のことだと……」
父は口を閉ざした。
反論できないのだ。
ギルベルトについても、最初はそうだった。気にかけすぎているだけ、愛情が深いだけ、若い妻を大切にしているだけ。そう言い換えているうちに、カトリーヌは檻へ閉じ込められた。
フィオレッタは黙って二人のやり取りを聞いていたが、やがて静かに問うた。
「公爵は、家を絶やしたくないのでしょうね」
その一言で、部屋の空気が凍る。
義母がゆっくり顔を向ける。
「……何を言っているの」
「子がいないのですもの。しかも嫡男が死んだ。傍系へ継ぐのは避けたいでしょう」
父が低く名を呼ぶ。
「フィオレッタ」
「でも、そうでしょう?」
彼女は父を見た。
「家にとっては、カトリーヌ個人の尊厳より、家の血と継承のほうが重い。そういう理屈は、この家でも何度も聞いてきました」
義母の顔がみるみる青ざめる。
「やめて……」
「やめません」
フィオレッタの声は静かだった。
「目を逸らして済む段階ではないと思います」
父はしばらく沈黙していたが、やがて苦い声で言った。
「可能性としては、ある」
義母が息を呑む。
その一言は、ほとんど現実を認めるに等しかった。
「ですが、そんなこと……!」
「道義ではなく、家の論理で見ればだ」
父の顔は険しかった。
「若い未亡人に子がなく、嫡男が死んだ。家を継がせる血筋を内部で整えたいと考える者がいても不思議はない」
「不思議でなくても、許されることではございません!」
珍しく義母が声を荒げた。
だが父もまた、顔色を変えずに返す。
「許されるかどうかと、起こりうるかどうかは別だ」
部屋の中が静まり返る。
その残酷な現実を、誰ももう否定できなかった。
その夜、フィオレッタは自室で長いこと眠れなかった。
窓の外では、雨が細く降り続いている。初夏の雨は重くはないが、じわじわと庭を濡らしていく。音も小さいのに、耳につく。
義妹はいま、どんな顔で夜を過ごしているのだろう。
夫を失ったばかりの部屋で。
鍵のない檻に閉じ込められたまま。
そして今度は義父に目をつけられて。
哀れだと思う。
心底そう思う。
だがその哀れさの底に、どうしても消えない記憶もある。
あの日、可憐な顔で“お姉様なら大丈夫ですわ”と言ったこと。
ギルベルトの手を取って、自分こそが選ばれたのだと安堵した顔。
愛されることの幸福を、お姉様にはわからないでしょう、と言ったこと。
そのすべてが、今の地獄へまっすぐ繋がっている。
だから同情だけでは済まないのだ。
ほどなくして、アルディシア公国からの便りが届いた。
フェリクスの筆跡を見ると、いつも少しだけ呼吸が整う。
封を切る。
――旅の到着予定に合わせ、北棟の人員を入れ替えました。
――あなたが気疲れせずに済むよう、最初に顔を合わせる人数は絞ります。
――慣れるまで、家の空気そのものが圧にならないようにしたいと思っています。
フィオレッタは、その一文を何度も読み返した。
家の空気そのものが圧にならないように。
そんなことまで考える人がいるのだ。
この家では、家の空気はいつだって従うべきものだった。圧であることに誰も気づかず、気づいても“家のため”で済まされた。
けれどフェリクスは、それを最初から圧かもしれないと見ている。
それだけで、胸の奥が静かにほどけた。
片方では、家を絶やせぬという理屈が一人の女へ牙を向ける。
片方では、家の空気が女を押し潰さぬよう先に人員を入れ替える。
同じ貴族の家で、同じ婚姻の先なのに、こうも違う。
フィオレッタは便箋を閉じ、雨音の向こうを見つめた。
自分の行く先には、少なくとも人の尊厳を最初から削る家ではない空気があるのかもしれない。
そう思えることが、今はひどく救いだった。
ロシュフォール公爵家でのカトリーヌの立場が、目に見えて落ちていった頃から、王都では別の噂も囁かれ始めていた。
それは、家の未来に関わる話だった。
ギルベルト・ド・ロシュフォールの死によって、公爵家の継承は一気に不安定になった。嫡男は失われ、しかもその妻であるカトリーヌは子を宿していない。そうなれば、次に誰が家を継ぐのかという問題が避けられない。
もちろん、公爵家ほどの名門であれば傍系の親族はいる。
だが、血筋があることと、家中が穏やかにそれを受け入れることは別だ。継承が揺らげば、人心も揺れる。家臣たちは次の主を見極めようとし、親族たちは静かに駒を進め始める。
そしてその渦中で、もっとも弱い立場に置かれるのが、若く、子のない未亡人だった。
カトリーヌがそのことを理解し始めたのは、ある雨の夜だったらしい。
その頃には、彼女の部屋はすでに北側のこぢんまりとした一室へ移されていた。南向きの明るい部屋は、今や閉ざされ、使われぬ家具だけが整然と残されているという。花嫁として迎えられた女の痕跡を、家はまだ完全には消していない。だが同時に、その痕跡はもう“現在”ではなく、“終わったもの”として扱われ始めていた。
夜更け、屋敷の中庭に面した回廊では、雨粒が石畳を叩く音だけが続いていた。
カトリーヌはその日、夜の薬湯を自分で受け取りに行かされていた。以前なら女官が盆ごと運んできたものだ。けれど今は、“気を紛らわせるためにも少し体を動かしたほうがよい”という名目で、自分の足で小さなことをこなすよう求められている。
それは配慮のように言われる。
だが、実際には違う。
誰ももう、彼女を壊れ物としては扱っていないのだ。
廊下を戻る途中、声が聞こえた。
公爵の執務室の扉が少しだけ開いていたらしい。
中にいたのは、現当主であるロシュフォール公爵と、その側近の老執事だった。
「……このままでは、家が弱る」
低い男の声だった。
カトリーヌは、その声をよく知っている。ギルベルトの父、ロシュフォール公爵本人だ。
「若様のお血筋が残っていれば話は違いましたが」
老執事が慎重に返す。
「それを今さら言っても始まらん」
公爵の声音には苛立ちが混じっていた。
「問題はこれからだ。親族どもが騒ぎ出す前に、家の中心を定めねばならん」
カトリーヌは足を止めた。
聞いてはならない話なのだろう。けれど身体が動かなかった。
「奥方様をどうなさるおつもりで」
「どうもこうもあるか。あれはまだ若い」
一拍置いて、公爵は続けた。
「身体も、子を成せぬわけではあるまい」
その瞬間、カトリーヌの手から薬湯の蓋が落ちかけた。
慌てて押さえる。音は立てなかった。だが心臓だけが、喉元までせり上がってくるようだった。
中の会話は続いている。
「しかし、それでは」
「表向きは、亡き息子の忘れ形見として扱えばよい」
公爵の声はあまりにも平然としていた。
「月足らずであろうと、医師と女どもに口を合わせさせれば済む」
カトリーヌの指先が凍りつく。
何を言っているのか、最初は理解が追いつかなかった。
けれど、理解した瞬間に血の気が引いた。
この男は、自分とのあいだに子を作り、それをギルベルトの子として世に出すつもりなのだ。
家を絶やさないために。
公爵家の血を、少しでも“嫡男の血”に近い形で繋ぎとめるために。
あまりにも醜悪だった。
そして、あまりにも貴族的でもあった。
家のため。
血のため。
継承のため。
その理屈の前では、一人の女の尊厳も嫌悪も簡単に踏み潰される。
カトリーヌは息を殺したまま、その場を離れた。
部屋へ戻る頃には、指先だけでなく膝まで震えていた。扉を閉め、薬湯の盆を机へ置いた時には、もう立っていられなかった。
床へ座り込む。
喉がひゅう、と浅く鳴る。
だが、泣き声だけは出さなかった。出せなかったのではない。出した瞬間、何もかも終わる気がしたのだ。
ギルベルトは死んだ。
そのことで檻が開くと思った。
けれど実際には、檻の形が変わっただけだった。
夫が閉じた檻の次には、義父の手が待っていた。
翌日から、公爵の態度は目に見えて変わった。
これまでの彼は、若い未亡人を“役に立たぬ厄介者”として遠ざけていた。だがあの日を境に、逆に静かな親切を見せ始めたのだ。
「身体の具合はどうだ」
「食事は取れているのか」
「気分が優れぬなら、医師を呼ばせよう」
言葉だけ聞けば、心労深い嫁を案じる義父そのものだった。
女官たちも、その変化を見て少しざわついたという。
だがカトリーヌだけは、その親切が何を意味するのか知ってしまっている。
だから、その一言一言が恐ろしかった。
見舞いのように部屋へ入ってこられるだけで、背筋が強張る。
名前を呼ばれるだけで、胃の奥が冷える。
しかも逃げ場はない。
ロシュフォール家の中で、彼女は未亡人であり、子もなく、実家もすぐには迎えに来られない。女官たちは表向き丁寧だが、家中の空気に逆らってまで彼女を守ろうとはしない。
誰もが、ぎりぎりまで見て見ぬふりをする。
それは暴力の前段階として、最悪の沈黙だった。
その頃、ランベール侯爵家にも不穏な報せは届き始めていた。
今度は単なる立場の引き下げではない。
ロシュフォール公爵が、息子の未亡人へ妙に親身になっている、という話だ。
それだけなら、悲劇の家を支える当主の姿とも取れる。だが、それを伝えてきたのが奥向きの内情に詳しい年配女官筋であったことが、かえって嫌な現実味を持っていた。
義母はその話を聞いた瞬間、言葉を失った。
「まさか……」
呟いた声は、ひどく小さかった。
父は不機嫌そうに眉をひそめる。
「根拠の薄い噂に振り回されるな」
「でも、前だってそう仰って」
義母の声が少し尖る。
「“しつけ”の話も、最初は皆そうだったではありませんか。少し厳しいだけ、気のせいだ、夫婦のことだと……」
父は口を閉ざした。
反論できないのだ。
ギルベルトについても、最初はそうだった。気にかけすぎているだけ、愛情が深いだけ、若い妻を大切にしているだけ。そう言い換えているうちに、カトリーヌは檻へ閉じ込められた。
フィオレッタは黙って二人のやり取りを聞いていたが、やがて静かに問うた。
「公爵は、家を絶やしたくないのでしょうね」
その一言で、部屋の空気が凍る。
義母がゆっくり顔を向ける。
「……何を言っているの」
「子がいないのですもの。しかも嫡男が死んだ。傍系へ継ぐのは避けたいでしょう」
父が低く名を呼ぶ。
「フィオレッタ」
「でも、そうでしょう?」
彼女は父を見た。
「家にとっては、カトリーヌ個人の尊厳より、家の血と継承のほうが重い。そういう理屈は、この家でも何度も聞いてきました」
義母の顔がみるみる青ざめる。
「やめて……」
「やめません」
フィオレッタの声は静かだった。
「目を逸らして済む段階ではないと思います」
父はしばらく沈黙していたが、やがて苦い声で言った。
「可能性としては、ある」
義母が息を呑む。
その一言は、ほとんど現実を認めるに等しかった。
「ですが、そんなこと……!」
「道義ではなく、家の論理で見ればだ」
父の顔は険しかった。
「若い未亡人に子がなく、嫡男が死んだ。家を継がせる血筋を内部で整えたいと考える者がいても不思議はない」
「不思議でなくても、許されることではございません!」
珍しく義母が声を荒げた。
だが父もまた、顔色を変えずに返す。
「許されるかどうかと、起こりうるかどうかは別だ」
部屋の中が静まり返る。
その残酷な現実を、誰ももう否定できなかった。
その夜、フィオレッタは自室で長いこと眠れなかった。
窓の外では、雨が細く降り続いている。初夏の雨は重くはないが、じわじわと庭を濡らしていく。音も小さいのに、耳につく。
義妹はいま、どんな顔で夜を過ごしているのだろう。
夫を失ったばかりの部屋で。
鍵のない檻に閉じ込められたまま。
そして今度は義父に目をつけられて。
哀れだと思う。
心底そう思う。
だがその哀れさの底に、どうしても消えない記憶もある。
あの日、可憐な顔で“お姉様なら大丈夫ですわ”と言ったこと。
ギルベルトの手を取って、自分こそが選ばれたのだと安堵した顔。
愛されることの幸福を、お姉様にはわからないでしょう、と言ったこと。
そのすべてが、今の地獄へまっすぐ繋がっている。
だから同情だけでは済まないのだ。
ほどなくして、アルディシア公国からの便りが届いた。
フェリクスの筆跡を見ると、いつも少しだけ呼吸が整う。
封を切る。
――旅の到着予定に合わせ、北棟の人員を入れ替えました。
――あなたが気疲れせずに済むよう、最初に顔を合わせる人数は絞ります。
――慣れるまで、家の空気そのものが圧にならないようにしたいと思っています。
フィオレッタは、その一文を何度も読み返した。
家の空気そのものが圧にならないように。
そんなことまで考える人がいるのだ。
この家では、家の空気はいつだって従うべきものだった。圧であることに誰も気づかず、気づいても“家のため”で済まされた。
けれどフェリクスは、それを最初から圧かもしれないと見ている。
それだけで、胸の奥が静かにほどけた。
片方では、家を絶やせぬという理屈が一人の女へ牙を向ける。
片方では、家の空気が女を押し潰さぬよう先に人員を入れ替える。
同じ貴族の家で、同じ婚姻の先なのに、こうも違う。
フィオレッタは便箋を閉じ、雨音の向こうを見つめた。
自分の行く先には、少なくとも人の尊厳を最初から削る家ではない空気があるのかもしれない。
そう思えることが、今はひどく救いだった。
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