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27 最後の望み
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27 最後の望み
ランベール侯爵家の門が、カトリーヌのために開かれることはなかった。
正確には、門前で追い返されたわけではない。
司法官の保護下に置かれてからしばらくのあいだ、カトリーヌは王都の一角にある古い館の一室を仮住まいとして与えられていた。罪人ではない。だが自由な身でもない。告発した側である以上、勝手に消えれば話がこじれるし、義父側に奪い返されぬよう表向きには守られている、そんな中途半端な立場だった。
そこでようやく届いたのが、ランベール侯爵家からの返事だった。
父の名で記された文面は、どこまでも整っていた。
カトリーヌの心労を思うこと。
今の状況を憂慮していること。
しかし侯爵家としても立場があり、軽々しく動けぬこと。
必要最低限の援助は裏で手配するが、現時点で正式に迎え入れることは難しいこと。
最後まで読んだ時、カトリーヌは笑いそうになった。
必要最低限の援助。
正式に迎え入れることは難しい。
つまりそれは、帰ってくるな、という意味ではないのか。
館の部屋は狭かった。
司法官の保護下とはいえ、そこは侯爵令嬢が育ったような場所ではない。壁紙は古び、窓辺の布も日に焼け、机は少し傾いていた。だが今のカトリーヌには、その粗末さすら現実味がなく思えた。
目の前の紙だけが、やけにはっきりしている。
「……そう」
声に出しても、自分の声とは思えないほど平らだった。
帰れないのだ。
実家へ。
あれほど当然のようにあると思っていた、最後の逃げ場へ。
その時、扉の外で控えていた年配の侍女が気まずそうに声をかけてきた。
「お茶をお持ちいたしましょうか」
「いらないわ」
反射的にそう返したが、侍女は下がらなかった。
「少しでもお口にしたほうが」
「いらないと言ったでしょう!」
思わず声が尖った。
侍女はびくりと肩を揺らし、それでも深く頭を下げて静かに去っていく。
その背を見送った瞬間、カトリーヌは唇を噛んだ。
今のは違う。
怒鳴りたいのはあの女ではなかった。
父にだ。
母にだ。
弟にだ。
誰よりも、この状況を見れば情が勝つと思っていた家族にだ。
なのに返ってきたのは、侯爵家の都合をきちんと整えた文だけだった。
怒りと悔しさと、どうしようもない情けなさが胸の奥でぐちゃぐちゃに混ざる。
そしてその底に沈んでいるのは、わかってしまうことへの嫌悪だった。
――弟の侯爵家。
フィオレッタが口にしたわけではない。だが、あの家の空気そのものがそう言っていた。
もうランベール侯爵家は、自分とフィオレッタの幼い頃の家ではない。父の家ですらなくなりつつある。次代の侯爵、レナールの家へ変わり始めているのだ。
だからその家は、傷ものの姉を受け入れない。
未来のために。
婚約のために。
家名のために。
あれほど見慣れたはずの言葉が、今度は自分を門前で止めるために使われる。
「……ひどい……」
ぽつりと漏れた声は、泣き声にもならなかった。
けれど本当にひどいのは、父たちだけではないと自分でわかってしまうことが、何より苦しかった。
自分は何をしたのか。
フィオレッタから婚約を奪った。
怖いからと。
遠い国へ行きたくないからと。
そしてその時、自分は一度も“姉の帰る場所”のことなど考えなかったではないか。
奪われる側がどんな気持ちかも、家の都合で差し替えられる人生がどんなものかも、知ろうとさえしなかった。
だから今、家の都合で切り捨てられても、どこかで「当然なのかもしれない」と思ってしまう自分がいる。
それがたまらなく惨めだった。
夜が来ても眠れなかった。
薄い寝具は身体に合わず、館の外を通る馬車の音が耳につく。ロシュフォール家の北側の部屋で怯えていた頃とは違う種類の不安だった。いまは誰かに押さえつけられているわけではない。だが、だからこそ、何もかもが自分の肩へ落ちてくる。
これからどうするのか。
どこへ行くのか。
誰が助けるのか。
その答えを出すのは、もう自分しかいない。
翌朝、義母から短い私信が届いた。
父の文とは違い、そこには滲んだ文字で、ただ一言に近い思いが綴られていた。
――会いたい。けれど、いまは動けないの。許して。
許して。
その言葉を見た時、カトリーヌはとうとう笑ってしまった。
許して、だなんて。
許せるはずがない。
けれど同時に、その弱さが母らしいとも思ってしまう。
あの人は娘を愛している。
でも、家に逆らうほど強くはない。
それだけのことだ。
そして父もまた、家を守るための言葉を知っているだけで、娘を失う痛みに耐える強さは持っていない。
弱いのだ。二人とも。
弱いくせに、家の論理の中でしか動けない。
だから自分は切られた。
では、弟はどうか。
レナールは。
あの子もまた、最後は侯爵家を選ぶだろう。優しくても、誠実でも、今や彼は次代の侯爵なのだ。義姉一人のために家を傷つけることはしない。
行き場がない。
そう思った時、頭の奥で、ひどく嫌な形で一つの顔が浮かんだ。
フィオレッタ。
姉。
自分が奪った婚約の、その先にいる女。
他国の公爵家へ嫁ぐことになった姉。
自分が嫌がって、拒んで、押しつけた道を歩いていった姉。
「まさか……」
口に出すと、吐き気がした。
あの姉を頼るのか。
ここまで落ちてなお。
自分が奪い、傷つけ、悪者にして、そして最後には「愛される幸福はわからないでしょう」とまで言った相手を。
そんなこと、できるはずがない。
そう思ったのに、思考は止まらなかった。
フィオレッタしかいない。
父も母も弱い。
弟は侯爵家を選ぶ。
ロシュフォール家には戻れない。
王都の社交界で居場所など作れない。
修道院? 考えただけで息が詰まる。あの閉じた場所へ、この年で、自分の人生が全部失敗でしたと告白するように入るのか。まだそれは無理だった。
ならば――
他国だ。
あの姉は、もうランベール侯爵家の娘ではなく、アルディシア公爵家へ入る女だ。もし、もしもあちらである程度の立場を得ているなら、王都の醜聞の中心にいる自分を、隠しておくことくらい……。
そこまで考えた瞬間、カトリーヌは両手で顔を覆った。
「嫌……」
情けなさで胸がいっぱいになる。
なぜ自分は、ここまで落ちてなお、まだ誰かに救われる算段を考えているのだろう。
でも、人は崖の縁に立たされると、みっともなくても手を探すものなのだと、その時初めて知った。
昼過ぎ、司法官付きの女が訪ねてきた。
淡々とした顔で、今後の保護の扱いについて説明する。しばらくはこの館に留まること。ロシュフォール家側から接触があれば必ず報告すること。無断で外へ出ないこと。
どれも当然だった。
だがその当然が、カトリーヌには檻のように感じられる。
「いつまでここにいればよろしいのですか」
思わず尋ねると、女は少し困ったように言った。
「公爵家への追及の進み具合次第です」
「では、進まなければ?」
「その時は、改めて処遇が決まります」
処遇。
その一言で、カトリーヌは悟った。
この人たちにとって自分は、やはり“一人の女”ではなく“処理すべき件の一部”なのだ。
当然だろう。司法官は慈善家ではない。
だが、だからこそ、ここにも居場所はないのだとわかった。
女が去ったあと、カトリーヌは机に向かった。
白い便箋を一枚出す。
手が震えて、最初の一文字がなかなか書けない。
宛名をどうするかで、何度も止まった。
フィオレッタ・ランベール。
違う。もう違うのだ。
フィオレッタ・アルディシア公爵夫人予定。
そんな書き方はできない。
結局、ただこう記した。
――お姉様
その二文字を書いただけで、胸の奥がきしんだ。
どこから書けばいいのかわからない。
助けて、と書くのか。
会いたい、と書くのか。
何もかも間違っていましたと懺悔するのか。
そんなことを書いたところで、姉が読むだろうか。読んだとして、笑うだろうか。いや、あの姉は笑わない。きっと静かな顔で、冷たく読む。それがよけいに怖かった。
結局、何度も破り捨てた末に、ひどく短い文しか残らなかった。
――お姉様
――いまさら、こんな文を差し上げる資格がないことはわかっています。
――それでも、他に頼れる方がいません。
――一度だけ、お会いしていただけませんか。
――お叱りでも、拒絶でも、何でも受けます。
――でも、どうしても一度だけ、お目にかかりたいのです。
最後の署名を書く時、カトリーヌは少しだけ躊躇った。
カトリーヌ・ランベール。
違う。
カトリーヌ・ド・ロシュフォール。
その名前を記した時、胃の奥が痛んだ。
まだその名なのだ。
夫は死んでも、ロシュフォールの名は自分から剥がれない。
未亡人の名だけが残る。
それでも署名するしかない。
手紙を封じたあと、カトリーヌはしばらく机に突っ伏した。
みっともない。
本当にみっともない。
でももう、誇りで飢えはしのげないし、誇りで夜も越せない。
最後の望み。
それが、自分が散々傷つけた姉しかないという事実が、何よりも惨めだった。
夕方、その手紙はひそかに送り出された。
返事が来るかどうかもわからない。
途中で止められるかもしれない。
読まずに燃やされるかもしれない。
それでも送るしかなかった。
窓の外では、夕焼けが王都の屋根を赤く染めていた。
カトリーヌはその色を見ながら、ぼんやりと思う。
もし、あの時。
あの婚約を奪わなければ。
怖いからと泣いて騒がなければ。
ギルベルトの甘い手に飛びつかなければ。
自分はいま、違う場所にいたのだろうか。
答えはわかっている。
でも、その答えを認めるのは、死ぬより苦しい気がした。
ランベール侯爵家の門が、カトリーヌのために開かれることはなかった。
正確には、門前で追い返されたわけではない。
司法官の保護下に置かれてからしばらくのあいだ、カトリーヌは王都の一角にある古い館の一室を仮住まいとして与えられていた。罪人ではない。だが自由な身でもない。告発した側である以上、勝手に消えれば話がこじれるし、義父側に奪い返されぬよう表向きには守られている、そんな中途半端な立場だった。
そこでようやく届いたのが、ランベール侯爵家からの返事だった。
父の名で記された文面は、どこまでも整っていた。
カトリーヌの心労を思うこと。
今の状況を憂慮していること。
しかし侯爵家としても立場があり、軽々しく動けぬこと。
必要最低限の援助は裏で手配するが、現時点で正式に迎え入れることは難しいこと。
最後まで読んだ時、カトリーヌは笑いそうになった。
必要最低限の援助。
正式に迎え入れることは難しい。
つまりそれは、帰ってくるな、という意味ではないのか。
館の部屋は狭かった。
司法官の保護下とはいえ、そこは侯爵令嬢が育ったような場所ではない。壁紙は古び、窓辺の布も日に焼け、机は少し傾いていた。だが今のカトリーヌには、その粗末さすら現実味がなく思えた。
目の前の紙だけが、やけにはっきりしている。
「……そう」
声に出しても、自分の声とは思えないほど平らだった。
帰れないのだ。
実家へ。
あれほど当然のようにあると思っていた、最後の逃げ場へ。
その時、扉の外で控えていた年配の侍女が気まずそうに声をかけてきた。
「お茶をお持ちいたしましょうか」
「いらないわ」
反射的にそう返したが、侍女は下がらなかった。
「少しでもお口にしたほうが」
「いらないと言ったでしょう!」
思わず声が尖った。
侍女はびくりと肩を揺らし、それでも深く頭を下げて静かに去っていく。
その背を見送った瞬間、カトリーヌは唇を噛んだ。
今のは違う。
怒鳴りたいのはあの女ではなかった。
父にだ。
母にだ。
弟にだ。
誰よりも、この状況を見れば情が勝つと思っていた家族にだ。
なのに返ってきたのは、侯爵家の都合をきちんと整えた文だけだった。
怒りと悔しさと、どうしようもない情けなさが胸の奥でぐちゃぐちゃに混ざる。
そしてその底に沈んでいるのは、わかってしまうことへの嫌悪だった。
――弟の侯爵家。
フィオレッタが口にしたわけではない。だが、あの家の空気そのものがそう言っていた。
もうランベール侯爵家は、自分とフィオレッタの幼い頃の家ではない。父の家ですらなくなりつつある。次代の侯爵、レナールの家へ変わり始めているのだ。
だからその家は、傷ものの姉を受け入れない。
未来のために。
婚約のために。
家名のために。
あれほど見慣れたはずの言葉が、今度は自分を門前で止めるために使われる。
「……ひどい……」
ぽつりと漏れた声は、泣き声にもならなかった。
けれど本当にひどいのは、父たちだけではないと自分でわかってしまうことが、何より苦しかった。
自分は何をしたのか。
フィオレッタから婚約を奪った。
怖いからと。
遠い国へ行きたくないからと。
そしてその時、自分は一度も“姉の帰る場所”のことなど考えなかったではないか。
奪われる側がどんな気持ちかも、家の都合で差し替えられる人生がどんなものかも、知ろうとさえしなかった。
だから今、家の都合で切り捨てられても、どこかで「当然なのかもしれない」と思ってしまう自分がいる。
それがたまらなく惨めだった。
夜が来ても眠れなかった。
薄い寝具は身体に合わず、館の外を通る馬車の音が耳につく。ロシュフォール家の北側の部屋で怯えていた頃とは違う種類の不安だった。いまは誰かに押さえつけられているわけではない。だが、だからこそ、何もかもが自分の肩へ落ちてくる。
これからどうするのか。
どこへ行くのか。
誰が助けるのか。
その答えを出すのは、もう自分しかいない。
翌朝、義母から短い私信が届いた。
父の文とは違い、そこには滲んだ文字で、ただ一言に近い思いが綴られていた。
――会いたい。けれど、いまは動けないの。許して。
許して。
その言葉を見た時、カトリーヌはとうとう笑ってしまった。
許して、だなんて。
許せるはずがない。
けれど同時に、その弱さが母らしいとも思ってしまう。
あの人は娘を愛している。
でも、家に逆らうほど強くはない。
それだけのことだ。
そして父もまた、家を守るための言葉を知っているだけで、娘を失う痛みに耐える強さは持っていない。
弱いのだ。二人とも。
弱いくせに、家の論理の中でしか動けない。
だから自分は切られた。
では、弟はどうか。
レナールは。
あの子もまた、最後は侯爵家を選ぶだろう。優しくても、誠実でも、今や彼は次代の侯爵なのだ。義姉一人のために家を傷つけることはしない。
行き場がない。
そう思った時、頭の奥で、ひどく嫌な形で一つの顔が浮かんだ。
フィオレッタ。
姉。
自分が奪った婚約の、その先にいる女。
他国の公爵家へ嫁ぐことになった姉。
自分が嫌がって、拒んで、押しつけた道を歩いていった姉。
「まさか……」
口に出すと、吐き気がした。
あの姉を頼るのか。
ここまで落ちてなお。
自分が奪い、傷つけ、悪者にして、そして最後には「愛される幸福はわからないでしょう」とまで言った相手を。
そんなこと、できるはずがない。
そう思ったのに、思考は止まらなかった。
フィオレッタしかいない。
父も母も弱い。
弟は侯爵家を選ぶ。
ロシュフォール家には戻れない。
王都の社交界で居場所など作れない。
修道院? 考えただけで息が詰まる。あの閉じた場所へ、この年で、自分の人生が全部失敗でしたと告白するように入るのか。まだそれは無理だった。
ならば――
他国だ。
あの姉は、もうランベール侯爵家の娘ではなく、アルディシア公爵家へ入る女だ。もし、もしもあちらである程度の立場を得ているなら、王都の醜聞の中心にいる自分を、隠しておくことくらい……。
そこまで考えた瞬間、カトリーヌは両手で顔を覆った。
「嫌……」
情けなさで胸がいっぱいになる。
なぜ自分は、ここまで落ちてなお、まだ誰かに救われる算段を考えているのだろう。
でも、人は崖の縁に立たされると、みっともなくても手を探すものなのだと、その時初めて知った。
昼過ぎ、司法官付きの女が訪ねてきた。
淡々とした顔で、今後の保護の扱いについて説明する。しばらくはこの館に留まること。ロシュフォール家側から接触があれば必ず報告すること。無断で外へ出ないこと。
どれも当然だった。
だがその当然が、カトリーヌには檻のように感じられる。
「いつまでここにいればよろしいのですか」
思わず尋ねると、女は少し困ったように言った。
「公爵家への追及の進み具合次第です」
「では、進まなければ?」
「その時は、改めて処遇が決まります」
処遇。
その一言で、カトリーヌは悟った。
この人たちにとって自分は、やはり“一人の女”ではなく“処理すべき件の一部”なのだ。
当然だろう。司法官は慈善家ではない。
だが、だからこそ、ここにも居場所はないのだとわかった。
女が去ったあと、カトリーヌは机に向かった。
白い便箋を一枚出す。
手が震えて、最初の一文字がなかなか書けない。
宛名をどうするかで、何度も止まった。
フィオレッタ・ランベール。
違う。もう違うのだ。
フィオレッタ・アルディシア公爵夫人予定。
そんな書き方はできない。
結局、ただこう記した。
――お姉様
その二文字を書いただけで、胸の奥がきしんだ。
どこから書けばいいのかわからない。
助けて、と書くのか。
会いたい、と書くのか。
何もかも間違っていましたと懺悔するのか。
そんなことを書いたところで、姉が読むだろうか。読んだとして、笑うだろうか。いや、あの姉は笑わない。きっと静かな顔で、冷たく読む。それがよけいに怖かった。
結局、何度も破り捨てた末に、ひどく短い文しか残らなかった。
――お姉様
――いまさら、こんな文を差し上げる資格がないことはわかっています。
――それでも、他に頼れる方がいません。
――一度だけ、お会いしていただけませんか。
――お叱りでも、拒絶でも、何でも受けます。
――でも、どうしても一度だけ、お目にかかりたいのです。
最後の署名を書く時、カトリーヌは少しだけ躊躇った。
カトリーヌ・ランベール。
違う。
カトリーヌ・ド・ロシュフォール。
その名前を記した時、胃の奥が痛んだ。
まだその名なのだ。
夫は死んでも、ロシュフォールの名は自分から剥がれない。
未亡人の名だけが残る。
それでも署名するしかない。
手紙を封じたあと、カトリーヌはしばらく机に突っ伏した。
みっともない。
本当にみっともない。
でももう、誇りで飢えはしのげないし、誇りで夜も越せない。
最後の望み。
それが、自分が散々傷つけた姉しかないという事実が、何よりも惨めだった。
夕方、その手紙はひそかに送り出された。
返事が来るかどうかもわからない。
途中で止められるかもしれない。
読まずに燃やされるかもしれない。
それでも送るしかなかった。
窓の外では、夕焼けが王都の屋根を赤く染めていた。
カトリーヌはその色を見ながら、ぼんやりと思う。
もし、あの時。
あの婚約を奪わなければ。
怖いからと泣いて騒がなければ。
ギルベルトの甘い手に飛びつかなければ。
自分はいま、違う場所にいたのだろうか。
答えはわかっている。
でも、その答えを認めるのは、死ぬより苦しい気がした。
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