13 / 40
第十三話 理論の交差点
しおりを挟む
第十三話 理論の交差点
北の公爵邸の書斎に、王都から届いた分厚い資料束が積まれていた。
封蝋には王宮魔術団の紋章。そして差出人は、構造最適化局――アルフレッド・ヴァルクレイ。
私は椅子に腰掛け、ゆっくりと頁をめくる。
そこに並ぶのは、私の無効化特性と王都結界の相関解析。波形の変動、距離減衰率、魔力濃度の分布図。
丁寧だ。
そして、誠実だ。
「随分と本気ですね」
私は小さく呟く。
「彼は研究者だ」
レオンハルトが書棚に寄りかかりながら言う。
「立場を失っても、理論は捨てない」
私は資料の一頁に指を止めた。
無効化特性の仮説モデル。
“破壊”ではなく、“局所的な位相逆転”。
魔力波の位相を反転させ、過剰振幅を減衰させる。
「……ここまで辿り着きましたか」
あの夜、北で魔石が消え、そして戻った現象を、彼は理論化しようとしている。
私を排除するのではなく、理解しようとしている。
王都では、最適化局の会議が開かれていた。
「北からの返答は」
「協議に応じるとのこと」
報告に、空気がわずかに和らぐ。
アルフレッドは静かに頷く。
「遠隔協議を開始する」
魔術通信装置が設置される。
分散型結界に対応した新型装置だ。揺らぎに強い。
光が安定して灯る。
やがて、映像が結ばれる。
北の書斎。
雪を背に、私が座っている。
「久しぶりだな」
アルフレッドの声は、以前より低い。
「お久しぶりです」
私は穏やかに答える。
王都の夜会での対峙とは違う。研究者同士の距離。
「資料は見たか」
「拝見しました。位相逆転モデル、興味深いです」
彼の目がわずかに動く。
「破壊ではないと証明したい」
「証明しなくても、私は壊していません」
少しだけ、微笑む。
彼は苦笑する。
「そうだな」
会議は専門的な議論へ移る。
波形の減衰率。
距離と影響範囲。
接触時間と回復速度。
王都の魔術師たちは、真剣に耳を傾ける。
私は、自分の感覚を言語化する。
「触れたとき、魔力を吸収する感覚はありません。ただ、熱が均されるような感覚です」
「均される」
「尖った部分が丸くなる、と言えばいいでしょうか」
会議室に静寂が落ちる。
それは比喩だが、本質を突いている。
「ならば」
アルフレッドが口を開く。
「分散型結界は、君の特性と相性が良い」
「ええ。過剰集中がないので、波は小さい」
団長が頷く。
「つまり彼女は、集中型構造にのみ強く影響する」
それは裏を返せば。
「王都が変われば、私は脅威ではありません」
私が言うと、アルフレッドは静かに応じた。
「君は最初から脅威ではなかった」
会議室が一瞬、止まる。
私は視線を上げる。
「……それは」
「私の誤りだ」
短い謝罪。
公の場での。
王都の魔術師たちが息を呑む。
彼は続ける。
「光らない水晶を見て、私は判断を急いだ。理論で測れないものを、切り捨てた」
私は静かに聞く。
怒りは、もうない。
「今は?」
「理論を広げる」
彼の目は真っ直ぐだ。
「均衡もまた、魔力の一形態だ」
その瞬間、胸の奥で何かが静かにほどける。
否定された存在が、理論に組み込まれる。
それは復讐ではない。
再定義だ。
北の書斎。
通信が終わる。
私はゆっくりと息を吐いた。
「後悔は」
レオンハルトが問う。
「ありません」
私は立ち上がる。
「彼は研究者として正しい選択をしました」
「個人としては?」
少し考える。
「それは、もう重要ではありません」
私は北を選んだ。
彼は王都を選び続ける。
交差はするが、道は違う。
王都では、会議後に団長が言った。
「良い判断だった」
アルフレッドは頷く。
肩書きは軽くなった。
だが今、理論は広がっている。
彼は窓辺に立ち、遠く北の空を思う。
雪原の向こうにいる彼女。
かつて切り捨てた存在が、王都の理論を更新している。
「均衡、か」
呟きは穏やかだ。
王都の結界は安定している。
揺らぎは減り、都市は静かに機能している。
そして今、理論の中に、私の名は刻まれ始めていた。
選ばれなかった令嬢は、ついに王都の理論書に記される。
破壊者ではなく。
均衡として。
北の公爵邸の書斎に、王都から届いた分厚い資料束が積まれていた。
封蝋には王宮魔術団の紋章。そして差出人は、構造最適化局――アルフレッド・ヴァルクレイ。
私は椅子に腰掛け、ゆっくりと頁をめくる。
そこに並ぶのは、私の無効化特性と王都結界の相関解析。波形の変動、距離減衰率、魔力濃度の分布図。
丁寧だ。
そして、誠実だ。
「随分と本気ですね」
私は小さく呟く。
「彼は研究者だ」
レオンハルトが書棚に寄りかかりながら言う。
「立場を失っても、理論は捨てない」
私は資料の一頁に指を止めた。
無効化特性の仮説モデル。
“破壊”ではなく、“局所的な位相逆転”。
魔力波の位相を反転させ、過剰振幅を減衰させる。
「……ここまで辿り着きましたか」
あの夜、北で魔石が消え、そして戻った現象を、彼は理論化しようとしている。
私を排除するのではなく、理解しようとしている。
王都では、最適化局の会議が開かれていた。
「北からの返答は」
「協議に応じるとのこと」
報告に、空気がわずかに和らぐ。
アルフレッドは静かに頷く。
「遠隔協議を開始する」
魔術通信装置が設置される。
分散型結界に対応した新型装置だ。揺らぎに強い。
光が安定して灯る。
やがて、映像が結ばれる。
北の書斎。
雪を背に、私が座っている。
「久しぶりだな」
アルフレッドの声は、以前より低い。
「お久しぶりです」
私は穏やかに答える。
王都の夜会での対峙とは違う。研究者同士の距離。
「資料は見たか」
「拝見しました。位相逆転モデル、興味深いです」
彼の目がわずかに動く。
「破壊ではないと証明したい」
「証明しなくても、私は壊していません」
少しだけ、微笑む。
彼は苦笑する。
「そうだな」
会議は専門的な議論へ移る。
波形の減衰率。
距離と影響範囲。
接触時間と回復速度。
王都の魔術師たちは、真剣に耳を傾ける。
私は、自分の感覚を言語化する。
「触れたとき、魔力を吸収する感覚はありません。ただ、熱が均されるような感覚です」
「均される」
「尖った部分が丸くなる、と言えばいいでしょうか」
会議室に静寂が落ちる。
それは比喩だが、本質を突いている。
「ならば」
アルフレッドが口を開く。
「分散型結界は、君の特性と相性が良い」
「ええ。過剰集中がないので、波は小さい」
団長が頷く。
「つまり彼女は、集中型構造にのみ強く影響する」
それは裏を返せば。
「王都が変われば、私は脅威ではありません」
私が言うと、アルフレッドは静かに応じた。
「君は最初から脅威ではなかった」
会議室が一瞬、止まる。
私は視線を上げる。
「……それは」
「私の誤りだ」
短い謝罪。
公の場での。
王都の魔術師たちが息を呑む。
彼は続ける。
「光らない水晶を見て、私は判断を急いだ。理論で測れないものを、切り捨てた」
私は静かに聞く。
怒りは、もうない。
「今は?」
「理論を広げる」
彼の目は真っ直ぐだ。
「均衡もまた、魔力の一形態だ」
その瞬間、胸の奥で何かが静かにほどける。
否定された存在が、理論に組み込まれる。
それは復讐ではない。
再定義だ。
北の書斎。
通信が終わる。
私はゆっくりと息を吐いた。
「後悔は」
レオンハルトが問う。
「ありません」
私は立ち上がる。
「彼は研究者として正しい選択をしました」
「個人としては?」
少し考える。
「それは、もう重要ではありません」
私は北を選んだ。
彼は王都を選び続ける。
交差はするが、道は違う。
王都では、会議後に団長が言った。
「良い判断だった」
アルフレッドは頷く。
肩書きは軽くなった。
だが今、理論は広がっている。
彼は窓辺に立ち、遠く北の空を思う。
雪原の向こうにいる彼女。
かつて切り捨てた存在が、王都の理論を更新している。
「均衡、か」
呟きは穏やかだ。
王都の結界は安定している。
揺らぎは減り、都市は静かに機能している。
そして今、理論の中に、私の名は刻まれ始めていた。
選ばれなかった令嬢は、ついに王都の理論書に記される。
破壊者ではなく。
均衡として。
0
あなたにおすすめの小説
『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』
鷹 綾
恋愛
「お前のようなガキは嫌いだ」
幼く見える容姿を理由に、婚約者ライオネルから一方的に婚約を破棄された
公爵令嬢シルフィーネ・エルフィンベルク。
その夜、嫉妬に狂った伯爵令嬢に突き落とされ、
彼女は一年もの間、意識不明の重体に陥る――。
目を覚ました彼女は、大人びた美貌を手に入れていた。
だが、中身は何ひとつ変わっていない。
にもかかわらず、
かつて彼女を「幼すぎる」と切り捨てた元婚約者は態度を一変させ、
「やり直したい」とすり寄ってくる。
「見かけが変わっても、中身は同じです。
それでもあなたは、私の外見しか見ていなかったのですね?」
静かにそう告げ、シルフィーネは過去を見限る。
やがて彼女に興味を示したのは、
隣国ノルディアの王太子エドワルド。
彼が見ていたのは、美貌ではなく――
対話し、考え、異論を述べる彼女の“在り方”だった。
これは、
外見で価値を決められた令嬢が、
「選ばれる人生」をやめ、
自分の意思で未来を選び直す物語。
静かなざまぁと、
対等な関係から始まる大人の恋。
そして――
自分の人生を、自分の言葉で生きるための物語。
---
【完結】え?今になって婚約破棄ですか?私は構いませんが大丈夫ですか?
ゆうぎり
恋愛
カリンは幼少期からの婚約者オリバーに学園で婚約破棄されました。
卒業3か月前の事です。
卒業後すぐの結婚予定で、既に招待状も出し終わり済みです。
もちろんその場で受け入れましたよ。一向に構いません。
カリンはずっと婚約解消を願っていましたから。
でも大丈夫ですか?
婚約破棄したのなら既に他人。迷惑だけはかけないで下さいね。
※ゆるゆる設定です
※軽い感じで読み流して下さい
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」と蔑んだ元婚約者へ。今、私は氷帝陛下の隣で大陸一の幸せを掴んでいます。
椎名シナ
恋愛
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」
ーーかつて私、エリアーナ・フォン・クライネルは、婚約者であったクラウヴェルト王国第一王子アルフォンスにそう蔑まれ、偽りの聖女マリアベルの奸計によって全てを奪われ、追放されましたわ。ええ、ええ、あの時の絶望と屈辱、今でも鮮明に覚えていますとも。
ですが、ご心配なく。そんな私を拾い上げ、その凍てつくような瞳の奥に熱い情熱を秘めた隣国ヴァルエンデ帝国の若き皇帝、カイザー陛下が「お前こそが、我が探し求めた唯一無二の宝だ」と、それはもう、息もできないほどの熱烈な求愛と、とろけるような溺愛で私を包み込んでくださっているのですもの。
今ではヴァルエンデ帝国の皇后として、かつて「無能」と罵られた私の知識と才能は大陸全土を驚かせ、帝国にかつてない繁栄をもたらしていますのよ。あら、風の噂では、私を捨てたクラウヴェルト王国は、偽聖女の力が消え失せ、今や滅亡寸前だとか? 「エリアーナさえいれば」ですって?
これは、どん底に突き落とされた令嬢が、絶対的な権力と愛を手に入れ、かつて自分を見下した愚か者たちに華麗なる鉄槌を下し、大陸一の幸せを掴み取る、痛快極まりない逆転ざまぁ&極甘溺愛ストーリー。
さあ、元婚約者のアルフォンス様? 私の「穀潰し」ぶりが、どれほどのものだったか、その目でとくとご覧にいれますわ。もっとも、今のあなたに、その資格があるのかしら?
――え? ヴァルエンデ帝国からの公式声明? 「エリアーナ皇女殿下のご生誕を祝福し、クラウヴェルト王国には『適切な対応』を求める」ですって……?
「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして
東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。
破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。
地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに
有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。
選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。
地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。
失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。
「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」
彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。
そして、私は彼の正妃として王都へ……
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。
るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」
色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。
……ほんとに屑だわ。
結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。
彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。
彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる