選ばれなかった令嬢は、均衡で世界を削り直す

しおしお

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第十四話 刻まれる名と、動き出す影

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第十四話 刻まれる名と、動き出す影

 王都魔術理論書・改訂版。

 その末尾に、静かに追記された一節がある。

 ――局所位相逆転特性(通称:均衡特性)

 破壊的干渉ではなく、過剰魔力の減衰・安定化を促す体質。

 名称の横に、控えめに記された参考事例。

 北方公爵領協議資料より。

 個人名は伏せられている。

 だが、知る者は知っている。

「理論に載ったらしいわよ」

「均衡特性……あの令嬢でしょう?」

 王都の社交界は、敏感だ。

 かつて嘲笑の対象だった名は、今や好奇と尊敬の混ざった響きを持つ。

 一方で、不快感を抱く者もいる。

「魔力なしの女が理論書に?」

「貴族の序列が揺らぐ」

 魔術貴族の中でも保守派は、改革を快く思っていない。

 構造は変わった。

 だが権威の傷は残る。

 王宮の一角、薄暗い会議室。

「分散型は一時的措置だ」

「中枢依存こそ王都の誇り」

「北の思想が入り込んでいる」

 低い声が交わされる。

「均衡特性を過大評価している」

「証明が足りない」

 疑念は、やがて攻撃の形を取る。

 北。

 私は報告書を読み終え、窓の外を見た。

 雪解けが近い。

 氷の下から水の音がする。

「理論書に載った」

 レオンハルトが静かに言う。

「ええ」

「名は伏せられているが、時間の問題だ」

「構いません」

 本心だ。

 名声を望んだことはない。

 ただ、正しく理解されたいだけだった。

「王都は変わった」

「はい」

「だが、変わらない者もいる」

 私は振り返る。

「抵抗、ですか」

「必ずある」

 均された序列は、元に戻そうとする力を生む。

 その夜、王都から急報が届く。

「西区補助炉、過負荷」

 原因は不明。

 だが分散型結界の一角が不安定になった。

 団長は即座に最適化局を招集する。

「原因は」

「補助炉同士の位相ずれ」

 アルフレッドが答える。

「均衡特性との共振ではない」

 だが保守派は声を上げる。

「やはり均衡特性が干渉しているのでは」

「北の存在が影響しているのでは」

 疑念は、すぐに方向を定める。

 彼は机を叩いた。

「証拠を示せ」

 冷たい視線が向く。

「理論は揺らがない」

 その言葉は、かつて自分が守っていた中枢依存型に向けられていたものだ。

 今は、均衡を守る側に立っている。

 北では、通信が繋がる。

「西区補助炉の件」

 私は資料を受け取る。

「位相調整不足ですね」

「分かるのか」

「はい。過剰集中が小規模で再現されています」

 私は提案する。

「均衡特性を一時的に模擬する装置を設置すれば、位相は整います」

 会議室が静まる。

「装置化できるのか」

「理論上は」

 私は簡潔に説明する。

 局所位相逆転を人工的に発生させる。

 魔力を打ち消すのではなく、尖りを削る。

 団長が頷く。

「試験導入を」

 数日後。

 西区補助炉は安定した。

 揺らぎは消え、波形は滑らかになる。

 報告は明確だった。

 均衡特性は、破壊ではない。

 安定化因子だ。

 王都の理論書は、さらに改訂される。

 保守派は沈黙するしかない。

 アルフレッドは夜、静かな研究室で一人資料を閉じる。

 彼は理解していた。

 自分が守ろうとした栄光は、形を変えて生き残った。

 均衡を取り入れた王都は、以前より強い。

 彼は窓の外を見上げる。

「君は、正しかった」

 呟きは、誰にも届かない。

 北。

 私は庭に立つ。

 雪はほとんど溶け、土が顔を出している。

「ざまぁ、というには静かですね」

 ふと、口に出る。

 レオンハルトがわずかに笑う。

「破滅はしていないからな」

「ええ」

 私は頷く。

「均されたのです」

 序列も、理論も。

 破壊ではなく、再構築。

 王都は変わり、私は北にいる。

 選ばれなかった令嬢は、理論の一部となった。

 そして今、王都の影は静かに動き始めている。

 均衡を受け入れた王都。

 だが、その均衡を快く思わぬ者たちが、次の揺らぎを生もうとしていた。
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