『婚約破棄された令嬢ですが、王太子殿下に一途に愛されまして? 気づいたら王妃候補ですわ』

しおしお

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第26話 闇を裂く疾走、白薔薇の守り手

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第26話 闇を裂く疾走、白薔薇の守り手

アレンが部屋を飛び出した直後──
屋敷の廊下には護衛たちの怒号が響き渡っていた。

「影が東側の庭園へ逃走! 魔力反応、まだ感知!」

「結界は?!」

「すり抜けられました! この魔術……並ではありません!」

アレンは一度も足を止めなかった。
怒りと焦りが胸を燃やし、彼の動きは護衛たちより数段速い。

「東庭だな。道を開けろ!」

アレンが叫ぶと、護衛たちが即座に左右に退いた。

外へ飛び出した瞬間、鋭い冷気が頬を切る。
冬の夜の風が庭園の白薔薇を揺らし、まるで警告のように葉を散らしている。

アレンは魔力を込め、地面を蹴った。

(どこだ──黒衣の影!)

その時。

白薔薇の茂みの向こうで、黒い煙のようなものが一瞬揺らめいた。

アレンは即座に剣を抜き、声を張り上げた。

「逃がすか!」

黒い影はその声に反応し、さらに深い暗闇へと溶け込もうとする。

しかしアレンは躊躇しなかった。

手のひらに魔力を込め、剣へと流し込む――
銀の刃が青白く輝き、庭の暗闇を照らした。

「王弟アレンの名において命じる。正体を現せ!」

すると黒い影は一瞬立ち止まり、空気がざわりと揺れた。

その場にいた護衛たちも動きを止め、息を呑む。

影の中心から、低い声が響いた。

「……邪魔をするな。」

その声は人のものとは思えないほど冷たく、乾いていた。

アレンは容赦なく踏み込む。

「邪魔しているのはお前だ。フェリシェールを狙う者を……このまま放っておくと思うか!」

影がまるで嘲笑うように揺れる。

「守るというのか。……愚かだ。
あの娘には……“価値”がある。」

アレンの顔が激しく歪んだ。

「価値、だと?
フェリシェールを物のように言うな!」

怒りと同時に、剣が強く魔力を帯びた。

その一撃を影に向かって振りかざす。

剣先が影に触れた瞬間──
影全体が“ブツッ”と音を立てて波打ち、煙のようにその場で形を崩した。

追い詰めたと思ったのもつかの間、影は次の瞬間には小さな黒い霧となって空へ散り、完全に消え去った。

アレンは悔しそうに歯を食いしばる。

「……逃げられたか。」

護衛が駆けつける。

「殿下! 無事ですか?」

「問題ない。だが、奴は……ただの魔術師ではない。」

アレンは剣を納め、空を睨む。

(“価値”がある──フェリシェールの何を知っている?
なぜ、彼女を狙う?)

胸の中に、不吉な予感が広がる。

「殿下! フェリシェール様の部屋へ!」

護衛に声をかけられ、アレンはすぐに踵を返した。

***

一方その頃、フェリシェールの部屋では──。

彼女はまだベッドの端で震えながら、外を見つめていた。

遠くで叫び声や剣の音が聞こえ、胸が不安で押しつぶされそうになる。

(殿下……どうか、ご無事で……)

紙片の文字が頭から消えない。

──近くにいる。

──見ている。

誰が? なぜ?
助けてほしい気持ちと、殿下を危険に巻き込んでしまう罪悪感が胸の奥で交錯する。

そして、ドアが勢いよく開いた。

「フェリシェール!」

アレンだった。

フェリシェールは息を呑み、振り向く。

アレンは彼女が無事であることを確認し、胸を大きく上下させた。

「よかった……本当に……良かった。」

その声には、追跡の緊張とは違う種類の震えがあった。

フェリシェールは目に涙をためながら小さく呟く。

「殿下……ご無事で……よかった……」

アレンは彼女のそばに膝をつき、手を伸ばす。

「大丈夫だ。俺は無事だ。
君に何かあれば……俺は……」

言葉が震えて続かない。

フェリシェールはそっと彼の指に触れた。

「……殿下……ありがとうございます。」

触れた瞬間、アレンの瞳に決意が宿った。

「フェリシェール。俺は必ず奴を見つけ出す。
そして……二度と君に近づかせない。」

フェリシェールは震える声で答える。

「殿下……どうか、ご自分を……危険に晒さないでください……」

アレンは一度だけ目を伏せ、静かに答えた。

「……君を守るためなら、どんな危険でも構わない。」

フェリシェールはその言葉に胸が痛くなるほどの切なさを感じた。

そして──
彼女は自覚してしまう。

(わたくし……殿下に……)

この感情が何なのか、まだ口にはできない。

ただ胸の奥に、暖かく、どうしようもなく強い気持ちが芽生えていることだけは……はっきりとわかっていた。

アレンはそっと立ち上がり、彼女の肩に手を置く。

「今日はここで休むんだ。
この部屋には、俺が結界を張る。誰も入れない。」

フェリシェールはこくりと頷いた。

その表情には、恐怖と……アレンへの信頼がしっかりと宿っていた。

アレンは一度だけ優しく彼女の髪を撫で、部屋の中央に魔力を展開し始めた。

その光景を見つめながら、フェリシェールは思った。

(殿下……
私は、あなたの隣にいても……よいのでしょうか……?)

夜は深まる。

しかしその闇は、ふたりの距離をさらに近づけていた。

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