悪役令嬢の天然メイドは壺といっしょに婚約者の侯爵家を壊してしまいました

しおしお

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第二話 歓迎は美しく、床は危険に満ちている

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第二話 歓迎は美しく、床は危険に満ちている

 侯爵家の正門は、やけに高かった。

「見上げると首が痛くなりますわね」

 馬車の窓から外を眺めながら、ヴィオレッタは涼やかに言った。

「威圧感を出したいのでしょう」

 向かいに座るエルマは、ぎゅっとクッションを抱えている。

「威圧……」

「ええ。背伸びをしている家ほど、門が高いのです」

「では、公爵家は?」

「うちは必要ありませんもの」

 さらり。

 エルマは納得したのかしていないのか、真顔でうなずく。

 馬車が止まる。

 扉が開かれ、若侯爵レオンハルトが姿を見せた。

 整った顔立ち。上等な衣装。だが、視線がどこか値踏みするようだ。

「ようこそ、ヴィオレッタ嬢」

「お招きいただき光栄ですわ、侯爵様」

 完璧な礼。

 視線が一瞬、エルマへと向く。

「……その者は?」

「私付きのメイド、エルマです」

「替えは?」

「替え?」

「もっと腕の立つ者はいなかったのですか」

 ヴィオレッタはにこりと笑う。

「彼女で十分ですわ」

「十分、とは?」

「測定に」

 レオンハルトの眉がわずかに動く。

「何を測るのです?」

「さて、何でしょう」

 答えない。

 それが一番効く。

 屋敷へ案内される。

 廊下は豪奢だが、どこか重たい。装飾が多すぎる。

 エルマが小声でささやく。

「お嬢様、棚が多いです」

「ええ、見事に」

「壺も」

「たくさんありますわね」

「落ちたら大変です」

「ええ」

 ヴィオレッタは微笑む。

「落ちたら、ね」

 応接間。

 侯爵夫人が優雅に座っている。

「まあ、公爵令嬢様。ようこそ」

「お招きありがとうございます」

 視線が再びエルマへ。

「……その子も座らせるの?」

「立たせますわ」

「そうでしょうね」

 わずかな嘲笑。

 ヴィオレッタの目が細くなる。

 紅茶が運ばれる。

 エルマがトレイを持つ。

 カップを一つ、二つ――。

 そのとき。

 絨毯の端に、ほんのわずかな段差。

 エルマの足がかかる。

「あ」

 揺れる。

 カップが傾く。

 だが、落ちない。

 レオンハルトがとっさに立ち、トレイを支えた。

 侯爵夫人が顔をしかめる。

「気をつけなさい!」

「申し訳ありません!」

 エルマが深く頭を下げる。

 ヴィオレッタは静かに観察している。

 レオンハルトはエルマを睨まなかった。

 代わりに絨毯を見る。

「誰が敷いた」

 低い声。

 執事が慌てて進み出る。

「……確認不足でございます」

「確認を怠るな」

 短い叱責。

 責任は下へ。

 だが、エルマに怒鳴らない。

 ヴィオレッタの唇が、ほんのわずかに上がる。

(第一段階は合格、かしら)

 紅茶が配られる。

 エルマは慎重に一歩ずつ動く。

 侯爵夫人が呟く。

「公爵家は、こんな者を連れてくるの?」

 ヴィオレッタは優雅にカップを持つ。

「はい」

「恥ずかしくありませんの?」

「まったく」

 一拍。

「彼女は、必要なものを揃えてくれますもの」

 侯爵夫人が鼻で笑う。

「必要?」

「ええ」

 ヴィオレッタはエルマを見る。

「ね、エルマ」

「はい?」

「何か見つけたら報告なさい」

「はい!」

 その直後だった。

 エルマが何気なく視線を棚へ向ける。

「……なんか、紙がはみ出してます」

 全員の視線が動く。

 執事の顔がわずかに硬直する。

「どこです?」

「そこです」

 エルマが指差す。

 棚の奥、額縁の裏から紙の端が覗いている。

「落とし物でしょうか?」

 ヴィオレッタが首をかしげる。

「逸失物……なんだか、かっこいい言葉を言ってしまいました」

 場が一瞬止まる。

 レオンハルトが近づき、紙を引き抜く。

 数字が並ぶ。

 税の記録。

 王宮提出用とは別の帳簿。

 侯爵夫人の指が震える。

「それは……」

 ヴィオレッタは穏やかに微笑む。

「何か、ありました?」

「……なんでもない」

 レオンハルトが紙を握る。

 だが、目は明らかに動揺している。

 エルマはきょとんとしている。

「落とし物ではなかったのですか?」

「……違う」

「では、なんでしょう?」

 誰も答えない。

 沈黙。

 ヴィオレッタは紅茶を一口飲む。

(揺れましたわね)

 壺は落ちない。

 だが、別のものが崩れ始める。

 侯爵夫人が無理に笑う。

「さあ、昼食にいたしましょう」

「楽しみにしております」

 ヴィオレッタは立ち上がる。

 その背後で、エルマが小さくつぶやく。

「わたし、何かしましたか?」

 ヴィオレッタは振り返らない。

「いいえ」

 一瞬の間。

「何も」

 廊下へ出る。

 その先、再び段差。

 レオンハルトが先に気づき、絨毯を直す。

 エルマは気づかず通り過ぎる。

 誰も転ばない。

 だが、屋敷の空気が重くなっている。

 ヴィオレッタは歩きながら思う。

(まだ壊れてはいない)

 だが、ひびは入った。

 測定は始まったばかり。

 彼女は静かに笑う。

「エルマ」

「はい?」

「よくできました」

「え?」

「引き続き、測定を」

「……なにを?」

「屋敷を」

 エルマは首をかしげる。

 侯爵家の廊下に、ほんのわずかな緊張が走る。

 まだ壊れていない。

 だが、確実に揺れている。

 ものさしは、すでに当てられているのだから。
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