悪役令嬢の天然メイドは壺といっしょに婚約者の侯爵家を壊してしまいました

しおしお

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第八話 排除しようとすると、なぜか空振りする

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第八話 排除しようとすると、なぜか空振りする

 「……あのメイドを、遠ざけろ」

 低く抑えた声で、若侯爵レオンハルトは命じた。

 執事は一瞬だけ目を伏せる。

「公爵家のご令嬢付きの者でございます」

「わかっている」

 苛立ちが滲む。

「だが、あれが屋敷を掻き回しているのは事実だ」

 壺。
 本棚。
 額縁。

 どれも“偶然”だ。

 そうだ、偶然だ。

 しかし偶然が続くと、人は原因を求めたくなる。

「目立たぬ場所へ回せ。掃除なら地下でもできる」

「……承知いたしました」

 そのやり取りを、廊下の影で古株メイドが聞いていた。

 長年この屋敷に仕えている、プライドの高い女だ。

「公爵家の小娘付きが調子に乗るから」

 小さく舌打ちする。

「少し、身の程を教えてあげましょう」

 ――そして数刻後。

 階段の上。

 エルマが手すりを磨いている。

「ほこりは敵です……」

 真剣そのもの。

 背後に、古株メイドが忍び寄る。

「足元がおろそかですわよ」

「はい?」

 振り返ろうとするエルマ。

 その瞬間、背中を押すつもりで手を伸ばす。

 だが。

「あら、ゴミが落ちていました」

 エルマが突然しゃがみ込む。

「え?」

 押すはずだった手が、空を切る。

 勢い余って前のめり。

 ぐらり。

 古株メイドの体が、階段の外側へ傾く。

「きゃっ――」

 どん、どん、どん。

 段を滑る。

 途中で止まるが、足首を押さえて呻く。

 エルマは目を丸くする。

「大丈夫ですか!?」

「い、いた……!」

 騒ぎを聞きつけ、使用人たちが集まる。

 執事も駆けつける。

「何事だ!」

 エルマは必死に説明する。

「ゴミがあって、しゃがんだら、ええと……」

「……」

 古株メイドは何も言えない。

 押そうとしたなど、言えるはずもない。

 そこへ、ヴィオレッタがゆっくりと現れる。

「まあ」

 状況を一瞥。

「階段は危険ですわね」

 にこり。

「押し合いは、特に」

 古株メイドの顔が青ざめる。

「お、お嬢様……わたくしは……」

「何もおっしゃらなくて結構ですわ」

 ヴィオレッタは優雅に首を振る。

「落ちたのは、あなた」

 一拍。

「エルマではなくて、よかった」

 エルマは真剣な顔で頷く。

「わたし、落ちませんでした」

「ええ」

 ヴィオレッタは穏やかに言う。

「あなたは、よくしゃがみました」

「ゴミは危険ですから」

「本当にね」

 視線が、レオンハルトへ向く。

 いつの間にか階段下に立っている。

 顔色は悪い。

「……偶然だ」

 小さく呟く。

 ヴィオレッタは聞き逃さない。

「ええ、偶然ですわ」

 笑顔。

「押そうとした方が落ちるなんて」

 古株メイドが息を呑む。

 レオンハルトは何も言えない。

 命じたのは自分だ。

 だが、実行はしていない。

 それでも。

 屋敷の空気が、わずかに変わる。

 使用人たちの視線が揺れる。

 “排除”が、空振りに終わった。

 しかも自滅。

 エルマは何も知らない。

「お嬢様、ゴミはきちんと取ったほうがいいですね」

「ええ」

 ヴィオレッタは柔らかく微笑む。

「特に、見えないゴミは」

 レオンハルトの拳がわずかに握られる。

 威厳は保っている。

 声も荒げない。

 だが、心のどこかで小さな違和感が生まれる。

(なぜだ)

 押されるはずだったのは、エルマ。

 落ちるはずだったのも、エルマ。

 なのに。

 なぜ、逆になる。

 ヴィオレッタは静かに踵を返す。

 自室へ向かう足取りは、軽い。

 扉を閉めた瞬間。

「……ふ、ふふ」

 肩が震える。

「空振り……」

 堪えきれない。

「あはははは!」

 椅子に崩れ落ちる。

「押そうとして落ちるなんて……芸術ですわ……!」

 涙を拭いながら呟く。

「エルマは、本当に最高」

 ノック。

「お嬢様……わたし、何かしましたか?」

「いいえ」

 即答。

「あなたは、しゃがんだだけ」

「それだけです」

「それで十分よ」

 廊下では、負傷した古株メイドが運ばれていく。

 侯爵は無言で見送る。

 排除は、失敗した。

 威厳はまだ崩れていない。

 だが、屋敷のどこかに、小さな軋みが生まれた。

 壊しているつもりはない。

 ただ、しゃがんだだけ。

 それなのに、押そうとした方が落ちる。

 偶然は、今日も正確だった。
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