悪役令嬢の天然メイドは壺といっしょに婚約者の侯爵家を壊してしまいました

しおしお

文字の大きさ
29 / 31

第30話 王宮の裁き

しおりを挟む
第30話 王宮の裁き

王宮は、晴れていた。

青空の下、白い石壁がやけにまぶしい。

レオンハルト侯爵は、重い足取りで王宮の大理石の階段を上がった。

威厳あるはずの歩みは、どこかぎこちない。

後ろには監査官。

逃げ道はない。

謁見室ではない。

もっと静かな部屋。

長い机の向こうに、監査局の責任者と会計官が並んでいる。

机の上には、整然と書類。

侯爵はそれを見た瞬間、喉が乾いた。

「レオンハルト侯爵」

静かな声。

「監査の最終確認を行う」

言葉は柔らかい。

だが、刃のように冷たい。

最初に並べられたのは、王宮提出帳簿。

徴収額、銀貨八千。

次に、壺から出た帳簿。

徴収額、銀貨一万二千。

差額、四千。

「計上ミスだ」

侯爵は即座に言う。

だが、会計官が次の書類を出す。

額縁の裏の封書。

『差額分、例月通り西街区商会へ』

署名。

レオンハルト。

「偽造だ!」

次に出される。

商会受領証。

日付一致。

金額一致。

侯爵の額に汗がにじむ。

「……それでも、還流の証拠はないはずだ」

監査官は静かに最後の書類を滑らせる。

商会口座から侯爵個人口座への送金記録。

年単位。

金額一致。

完璧な線。

沈黙が落ちる。

言い逃れの余地は、どこにもない。

「侯爵」

監査官の声は、感情を含まない。

「継続的な帳簿改ざんおよび横領と認定する」

重い一文。

「爵位の褫奪を王に上申する」

侯爵の膝が震える。

椅子に手をつく。

「待て……」

だが、待たない。

すでに決まっている。

侯爵は初めて、理解する。

壺。

額。

袋。

あの連鎖。

偶然だと思っていた。

だが、偶然が露わにしたのは、自分の罪だ。

壊れたのは壺ではない。

威厳だ。

地位だ。

人生だ。


---

その頃、侯爵邸。

ヴィオレッタは窓辺に立っていた。

遠く王宮の方角を見ている。

エルマが心配そうに言う。

「お嬢様、大丈夫ですか?」

「ええ」

「怒られたりしませんか?」

「何を怒られますの?」

エルマは真顔で考える。

「壺を割ったこと、とか」

ヴィオレッタは小さく笑う。

「それはもう関係ありませんわ」

「え?」

「壊れるのは、もっと大きなものですもの」

エルマはきょとん。

そのとき、門の方で馬の音。

王宮の使者が戻ってくる。

使用人たちがざわめく。

扉が開く。

宣告が読み上げられる。

「レオンハルト侯爵、爵位褫奪。財産没収。王都追放」

声が、屋敷に響く。

静まり返る空気。

ヴィオレッタは目を閉じる。

短く、息を吐く。

「終わりましたわね」

エルマが袖を引く。

「ほんとに、なくなるんですか?このお家」

「ええ」

「じゃあ、壺の弁償は」

ヴィオレッタは微笑む。

「払う相手がいなくなりますわ」

エルマは目を丸くする。

「ちゃら……って、そういうことだったんですね」

夕日が差し込む。

侯爵家は、まだ形を保っている。

だが、もう侯爵家ではない。

王宮の裁きは、静かで確実だ。

そして――

壺の破片より鋭く、
すべてを断ち切った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王子様への置き手紙

あおき華
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯ 小説家になろうにも掲載しています。

【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています

22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」 そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。 理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。 (まあ、そんな気はしてました) 社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。 未練もないし、王宮に居続ける理由もない。 だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。 これからは自由に静かに暮らそう! そう思っていたのに―― 「……なぜ、殿下がここに?」 「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」 婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!? さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。 「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」 「いいや、俺の妻になるべきだろう?」 「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」

【完結】好きでもない私とは婚約解消してください

里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。 そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。 婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。

〈完結〉だってあなたは彼女が好きでしょう?

ごろごろみかん。
恋愛
「だってあなたは彼女が好きでしょう?」 その言葉に、私の婚約者は頷いて答えた。 「うん。僕は彼女を愛している。もちろん、きみのことも」

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

婚約者が私のことをゴリラと言っていたので、距離を置くことにしました

相馬香子
恋愛
ある日、クローネは婚約者であるレアルと彼の友人たちの会話を盗み聞きしてしまう。 ――男らしい? ゴリラ? クローネに対するレアルの言葉にショックを受けた彼女は、レアルに絶交を突きつけるのだった。 デリカシーゼロ男と男装女子の織り成す、勘違い系ラブコメディです。

三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します

冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」 結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。 私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。 そうして毎回同じように言われてきた。 逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。 だから今回は。

「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして

東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。 破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。

処理中です...