30 / 31
第31話 封印
しおりを挟む
第31話 封印
朝の空は重かった。
雲は低く垂れ込め、屋敷全体を押しつぶすように覆っている。
グラーフェンベルク侯爵邸の門前に、王宮の馬車が止まった。
金の紋章。
王宮監査局。
使用人たちは廊下の奥から様子をうかがう。
誰も走らない。
誰も叫ばない。
静かな崩壊ほど、怖いものはない。
---
大広間。
レオンハルト・フォン・グラーフェンベルク侯爵は中央に立っていた。
背筋は伸ばしている。
だが、その目は昨日までのものではない。
監査官が宣告書を広げる。
淡々と、抑揚なく読み上げる。
帳簿改ざん。
徴収額の隠匿。
横領。
商会との不正還流。
証拠は列挙される。
壺の中の帳簿。
額縁の裏の封書。
受領証。
取引記録。
偶然では片付かない整合性。
そして最後に。
「よって、レオンハルト・フォン・グラーフェンベルク侯爵の爵位を褫奪する」
静寂。
言い訳は、もう意味を持たない。
レオンハルトの喉が動く。
「……罠だ」
声は乾いている。
だが、誰も反応しない。
罠にかかったのは、自らの慢心だと、全員が理解している。
---
二階回廊。
ヴィオレッタは手すりに指を置き、下を見下ろしていた。
隣にはエルマ。
「終わり、ですか?」
「ええ」
ヴィオレッタの声は穏やかだ。
怒りもない。
興奮もない。
ただ、事実を受け止めているだけ。
---
門が封じられる。
鉄具がはめられ、赤い封蝋が押される。
がしゃり、と重い音。
グラーフェンベルク侯爵家は、ここで終わった。
レオンハルトは一度だけ振り返る。
豪奢だったはずの屋敷。
だが今は、抜け殻に見える。
馬車がゆっくりと去っていく。
誰も追わない。
---
静寂の中。
エルマが小さく呟く。
「お嬢様……私、何かしました?」
ヴィオレッタは視線を外さないまま言う。
「あなたは、よくやってくれました」
エルマの目が輝く。
「お給金は、増えます?」
「もちろん」
間。
「ですが、失敗による損失は引きますわよ」
「がーん!」
エルマが肩を落とす。
ヴィオレッタは、ほんの少しだけ口元を緩める。
「冗談ですわ。安心なさい」
一拍。
「もう損失を支払うべき相手はいませんから」
エルマが瞬きをする。
「……え?」
「家がなくなりましたもの」
その意味を理解するまで、数秒。
「す、すごいこと言ってます?」
「事実ですわ」
風が吹く。
封印された門が、きしりと鳴る。
---
ヴィオレッタは踵を返す。
「帰り支度を」
「帰るんですね」
「ええ」
グラーフェンベルク侯爵家は終わった。
怒号も、血もない。
ただ、積み重なった証拠と、数字の結果。
階段で転び、廊下で滑り、慢心で倒れた男の末路。
ヴィオレッタは歩き出す。
表情は静か。
だがその目は、晴れていた。
「終わりましたわ」
曇り空の隙間から、わずかに光が差す。
次は、晴天だ。
朝の空は重かった。
雲は低く垂れ込め、屋敷全体を押しつぶすように覆っている。
グラーフェンベルク侯爵邸の門前に、王宮の馬車が止まった。
金の紋章。
王宮監査局。
使用人たちは廊下の奥から様子をうかがう。
誰も走らない。
誰も叫ばない。
静かな崩壊ほど、怖いものはない。
---
大広間。
レオンハルト・フォン・グラーフェンベルク侯爵は中央に立っていた。
背筋は伸ばしている。
だが、その目は昨日までのものではない。
監査官が宣告書を広げる。
淡々と、抑揚なく読み上げる。
帳簿改ざん。
徴収額の隠匿。
横領。
商会との不正還流。
証拠は列挙される。
壺の中の帳簿。
額縁の裏の封書。
受領証。
取引記録。
偶然では片付かない整合性。
そして最後に。
「よって、レオンハルト・フォン・グラーフェンベルク侯爵の爵位を褫奪する」
静寂。
言い訳は、もう意味を持たない。
レオンハルトの喉が動く。
「……罠だ」
声は乾いている。
だが、誰も反応しない。
罠にかかったのは、自らの慢心だと、全員が理解している。
---
二階回廊。
ヴィオレッタは手すりに指を置き、下を見下ろしていた。
隣にはエルマ。
「終わり、ですか?」
「ええ」
ヴィオレッタの声は穏やかだ。
怒りもない。
興奮もない。
ただ、事実を受け止めているだけ。
---
門が封じられる。
鉄具がはめられ、赤い封蝋が押される。
がしゃり、と重い音。
グラーフェンベルク侯爵家は、ここで終わった。
レオンハルトは一度だけ振り返る。
豪奢だったはずの屋敷。
だが今は、抜け殻に見える。
馬車がゆっくりと去っていく。
誰も追わない。
---
静寂の中。
エルマが小さく呟く。
「お嬢様……私、何かしました?」
ヴィオレッタは視線を外さないまま言う。
「あなたは、よくやってくれました」
エルマの目が輝く。
「お給金は、増えます?」
「もちろん」
間。
「ですが、失敗による損失は引きますわよ」
「がーん!」
エルマが肩を落とす。
ヴィオレッタは、ほんの少しだけ口元を緩める。
「冗談ですわ。安心なさい」
一拍。
「もう損失を支払うべき相手はいませんから」
エルマが瞬きをする。
「……え?」
「家がなくなりましたもの」
その意味を理解するまで、数秒。
「す、すごいこと言ってます?」
「事実ですわ」
風が吹く。
封印された門が、きしりと鳴る。
---
ヴィオレッタは踵を返す。
「帰り支度を」
「帰るんですね」
「ええ」
グラーフェンベルク侯爵家は終わった。
怒号も、血もない。
ただ、積み重なった証拠と、数字の結果。
階段で転び、廊下で滑り、慢心で倒れた男の末路。
ヴィオレッタは歩き出す。
表情は静か。
だがその目は、晴れていた。
「終わりましたわ」
曇り空の隙間から、わずかに光が差す。
次は、晴天だ。
0
あなたにおすすめの小説
王子様への置き手紙
あおき華
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯
小説家になろうにも掲載しています。
【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています
22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」
そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。
理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。
(まあ、そんな気はしてました)
社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。
未練もないし、王宮に居続ける理由もない。
だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。
これからは自由に静かに暮らそう!
そう思っていたのに――
「……なぜ、殿下がここに?」
「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」
婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!?
さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。
「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」
「いいや、俺の妻になるべきだろう?」
「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」
【完結】好きでもない私とは婚約解消してください
里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。
そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。
婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。
〈完結〉だってあなたは彼女が好きでしょう?
ごろごろみかん。
恋愛
「だってあなたは彼女が好きでしょう?」
その言葉に、私の婚約者は頷いて答えた。
「うん。僕は彼女を愛している。もちろん、きみのことも」
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
婚約者が私のことをゴリラと言っていたので、距離を置くことにしました
相馬香子
恋愛
ある日、クローネは婚約者であるレアルと彼の友人たちの会話を盗み聞きしてしまう。
――男らしい? ゴリラ?
クローネに対するレアルの言葉にショックを受けた彼女は、レアルに絶交を突きつけるのだった。
デリカシーゼロ男と男装女子の織り成す、勘違い系ラブコメディです。
三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します
冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」
結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。
私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。
そうして毎回同じように言われてきた。
逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。
だから今回は。
「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして
東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。
破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる