見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお

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11-2 再婚約の申し入れ

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11-2 再婚約の申し入れ

 リュミエール王国の春は、穏やかでありながらどこかざわめきを孕んでいた。
 王宮の中庭では花々が咲き誇り、衛兵たちはその中を忙しく行き来している。
 ――そして、その喧噪の中心にいたのは、若きアコード王子だった。

 彼は机の上に並べられた文書に視線を落とし、静かに息を吐いた。
 父王からディオール家への再婚約の提案を正式に許可されたのは、つい昨日のこと。
 その瞬間、王子の胸に走ったのは歓喜ではなく、重い責任の意識だった。

「……今度こそ、軽率な判断はしない。
 私が選ぶのは、王子としてではなく、一人の人間としての答えだ」

 彼は独り言のように呟きながら、ペンを握る手に力を込めた。
 その瞳には迷いはなかった――かつて幼き彼が、幼きセリカを「ただの子ども」と見下ろしていた時とは、まるで違う。
 今の彼にとって、セリカは“子ども”ではなく、“ひとつの奇跡”だった。

 わずか四歳にして領地を治め、平民と貴族の垣根を取り払い、教育と商業を両立させた少女。
 誰もが夢物語だと笑った理想を、彼女は現実に変えてみせた。
 その姿を知った時、アコード王子は胸の奥で何かが崩れ落ちる音を聞いたのだ。
 ――自分は、かつてどれほど愚かだったのかと。

「彼女は、もう私などが“導く”存在ではない。
 むしろ……私が並び立てるよう努力しなければならない」

 窓の外で風が吹き抜け、机の上の羊皮紙を揺らした。
 アコード王子は立ち上がり、窓辺から遠くディオール領の方向を見つめる。
 その瞳には、後悔ではなく、再生の炎が宿っていた。

 数日後、王宮では彼の決意が正式に発表された。
 王子が再びディオール家に婚約を申し入れる――その知らせは、貴族社会を瞬く間に駆け巡った。

「な……なんと、あの王子が!?」 「かつて自ら破棄した相手に、再び求婚を?」 「よりによって、今や王国随一の才女ディオール家の令嬢に――!」

 驚愕と好奇、そして皮肉が入り混じるざわめき。
 しかし同時に、多くの者が“理解”もしていた。
 セリカの才覚は、今や王国にとっても無視できない存在だ。
 商業、教育、技術――そのすべての中心に、いつも彼女の名があった。

「セリカ・ディオール。
 あの少女が王妃となるなら、きっとこの国は変わるだろう」

 そう語る老貴族もいれば、逆に眉をひそめる者もいた。

「だが、王子にとっては恥ではないか? 一度棄てた相手に縋るなど――」

 王宮の廊下では、そんな噂が絶えなかった。
 だが、アコード王子はそのどれにも耳を貸さなかった。
 彼にとって、今回の婚約は政治でも体面でもない。
 それは、心からの償いと、信頼の申し出だった。

 その夜、王宮の謁見の間で父王と再び向き合う。
 燭台の灯が静かに揺れ、重厚な空気が広がっていた。

「アコード、ディオール家への使者の準備は整っている。
 本当にお前自ら行くつもりか?」

「はい、父上。
 今回は私自身の言葉で、セリカ嬢に伝えたいのです。
 “王族としての申し出”ではなく、“一人の人間としての願い”として」

 父王はしばし沈黙した。
 そしてゆっくりと、口角を上げる。

「……ようやく、王子らしい言葉を口にしたな。
 だが、セリカ嬢がどう応じるかは分からぬぞ。
 あの娘は賢い。お前の過去を簡単に許すとは限らん」

「承知しています。
 それでも、伝えたいのです。
 ――あの時の私が間違っていたと。
 そして今の私は、彼女の“知恵と勇気”に導かれてここにいるのだと」

 父王は深く頷いた。

「よかろう。
 お前が真に誠意を持って望むのなら、王として止めはせぬ。
 行け、アコード。己の答えを見つけてこい」

 王子は膝をつき、静かに頭を垂れた。

 翌朝。
 王都を出発する王子の馬車の前には、数名の近衛と、使者としての文官たちが並んでいた。
 まだ陽が昇りきらぬ薄明の中、アコード王子は一人、馬上から朝靄の彼方を見つめる。
 その視線の先には――ディオール領がある。

「セリカ……君に再び会える日が来るとは思わなかった。
 でも、今度は昔のように笑われても構わない。
 たとえ拒まれても、私は君に“感謝”を伝える」

 その声は誰にも聞こえなかったが、風だけが静かに応えた。

 ――彼の心に浮かぶのは、あの幼い少女の言葉。

「……では、すぐに結婚というわけではありませんし、とりあえず“キープ”でもよろしかったのでは?」

 あの時は軽く受け流した言葉が、今では胸を刺す。
 “キープ”どころか、自分が見捨てられる側だったのだ。
 その痛みが、彼を強くした。

「君がどんな答えを出すとしても――
 私は、もう一度、君と未来を語りたい」

 手綱を握りしめ、馬を進ませる。
 王都の門が遠ざかり、道の先には春風と花の香り。
 王子の瞳には、もう迷いはなかった。

 その頃、ディオール領では――。

 執務机に向かっていたセリカが、ひとつの報告書を手に取っていた。
 書面には、王都から届いた正式な封蝋が押されている。
 使用人がそっと言葉を添える。

「お嬢様……王宮より、アコード殿下の使者が到着しております」

 セリカは静かに眉を上げ、椅子から降りた。
 まだ五歳の小さな足で、とことこと歩きながら小さく呟く。

「……あれからまだ一年も経っていませんのに。
 どんな“心変わり”をなさったのかしら」

 その声音は、幼さを残しながらも――どこか大人びていた。
 まるで、幼き領主が運命を受け入れるように。
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