見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお

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17-1 セリカの慎重な対応

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第17章 

17-1 セリカの慎重な対応

 春の風がディオール領の庭園を撫で、薄桃色の花弁がふわりと舞い落ちる。
 その中心で、一人の少女が考え込むように花壇を見つめていた。
 ――セリカ・ディオール、齢四歳。
 けれど、その瞳の奥に宿る光は、年齢のそれではなかった。

 「……やはり、シビック王子は“ただの協力者”ではありませんわね」

 セリカは小さな手で花びらを摘み取り、風に乗せて離した。
 その仕草はあまりに幼く愛らしいが、心の中ではすでに何手も先を読んでいる。

 晩餐会での出会いから数日。
 王子は驚くほど早く手を打ってきた。
 “共同事業”という名の書簡――美しい文面で、まるで王国の発展を願う純粋な提案のように装われていた。
 だがセリカの目は、そこに潜む一文を見逃さなかった。

 > 『リュミエール王家の指導のもと、ディオール領の商業路を再統制する』

 ――王家の指導のもと、という一文。
 それはつまり、ディオール領の独立的な裁量権を王家に差し出すことを意味する。
 上品な言葉で包まれた“支配の手”だった。

 「利用するつもり、ですのね……。でも、私がそんなに簡単に動かされると思って?」

 幼い唇がふっと上がり、冷たい笑みを浮かべた。


---

 「セリカ様」
 声をかけたのは、側仕えのエレナだった。二十代半ばの女性で、セリカが最も信頼を置く家臣だ。

 「例の王子からの書簡、どうなさいますか?」

 セリカは一輪の花を指で弄びながら答えた。
 「……まだ返事は出さないわ。時間をかけるの」

 「時間を、ですか?」

 「ええ。“返事が遅い”と苛立たせれば、あの方の本性が見える。焦った人ほど、素が出るものよ」

 その言葉に、エレナは苦笑を浮かべた。
 「四歳児の発言とは思えませんね」

 「精神年齢は、たぶん十四歳くらいですわ」
 軽やかに言ってから、セリカはくすっと笑った。
 しかしその笑顔の奥には、確かな緊張があった。


---

 数日後、王都より新たな知らせが届く。
 ――シビック王子がディオール領に来訪する。
 名目は“文化交流と講演会”。
 だが、彼の狙いは明白だった。

 「ついに直接、来るつもりですのね」
 セリカは机の上の地図を広げた。
 「講演会の会場を――ディオール図書館に変更して。あの場所なら、彼の言葉もすべて記録できますわ」

 「記録……ですか?」
 「ええ。彼の発言が、後々証拠になるかもしれませんから」

 幼い少女の口から出るとは思えぬ指示。
 だが、エレナはそれ以上何も言わず、静かに頷いた。


---

 講演当日。
 陽光がガラス窓から差し込み、広い講堂を照らす。
 王国の貴族や学者たちが集まり、壇上には端正な笑みを浮かべたシビック王子が立っていた。

 「――リュミエール王国の繁栄のために、我々は力を合わせなければなりません。
  特に、ディオール領の存在はその中心にあるべきだと、私は確信しています」

 巧みな言葉、堂々たる態度。
 聴衆は感嘆の声を漏らす。
 しかし、セリカだけは冷ややかにその言葉を聞き流していた。

 (“中心にあるべき”……つまり、彼が中心に立ちたいということね)

 王子の一語一句が、彼女の中で翻訳されていく。
 その幼い頭脳は、貴族たちが感動している裏で冷静に分析を続けていた。


---

 講演が終わると、シビックは人々の中を抜けてセリカの前に立った。
 「セリカ・ディオール様。お話を伺えて光栄です。貴女の功績には、私も感銘を受けております」

 セリカは上品に礼をし、柔らかく答えた。
 「ありがとうございます、シビック王子。王国の未来を考える良い機会でしたわ」

 「もしよろしければ――今後の事業で協力できることがあれば、ぜひお力をお貸ししたい」

 その瞳には、穏やかさの裏に鋭い支配欲が覗いていた。
 セリカはわずかに微笑み、しかし一歩も引かない。

 「ご提案ありがとうございます。けれど今のところ、ディオール領は自立して動けておりますの。
  今後、必要になったときは――そのときにお願いするかもしれませんわ」

 その丁寧な拒絶に、シビックの笑みが一瞬だけ揺れた。
 だがすぐに整え、優雅に頭を下げる。
 「もちろんです、セリカ様。いつでもお力になれれば幸いです」


---

 シビックが去ったあと、エレナが小声で尋ねた。
 「見事な応対でした、セリカ様。……彼は、引き下がるでしょうか?」

 セリカは首を横に振った。
 「いいえ。むしろ、ますます興味を持つはずですわ。――“自分の言葉が通じなかった”女性に」

 その表情に、幼さと冷静な知性が同居していた。

 「でも、私は焦らない。彼が動くほど、情報が集まる。
  この国の“真の権力構造”を、見極める良い機会ですもの」

 遠くの夕陽が、彼女の金髪を照らした。
 わずか四歳の少女が、その小さな背に抱えているものは――王国すら凌ぐ覚悟だった。


---

 その夜、セリカは机に一通のメモを書き残す。

 > 『王子の動向を監視。次回の接触は避け、文書のみで対応。
 >  彼が焦れるまで、待つこと。』

 ペンを置いた彼女は、静かに笑った。

 「シビック王子。……あなたの“支配の手”が届く前に、
  私はあなたの次の一手を読むわ。」

 そして、四歳の公爵令嬢は再びペンを取り、
 王国最年少の戦略家として、静かな反撃の幕を上げたのだった。


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