見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお

文字の大きさ
72 / 108

17-2 シビックの次なる一手

しおりを挟む
第17章 セリカ編

17-2 シビックの次なる一手

 王宮の夜は、いつだって静寂の中に息を潜めている。
 だが今夜、その沈黙を破るように、一室だけが薄暗い灯りに照らされていた。

 第四王子シビック・リュミエールは、その部屋の中央で机に肘をつき、
 手元の地図をじっと睨んでいた。

 「……やはり、セリカ・ディオール。君は容易には屈しないか」

 彼の声は低く、冷ややかだった。
 先日の講演会――彼女の反応は完璧だった。
 礼を失わず、媚びず、そして完全にかわした。
 彼が差し出した“協力”の手を、あくまで柔らかく、しかし確実に拒んだのだ。

 (子供にしては見事だ。いや……“見事すぎる”。)

 その警戒心と知略は、彼が今まで出会ってきた大人たちの誰よりも鋭い。
 シビックの胸に、初めて“興味”ではなく“執着”に近い感情が芽生えていた。


---

 翌晩。
 王宮の奥、限られた者しか入れない密談室。
 そこにはシビックの忠実な側近たち――
 情報将校のグレン、交易顧問のマルティーノ、そして影の諜報員クロウが集っていた。

 机の上には、ディオール領の農業地図と、収穫データが並ぶ。

 「殿下、まさか……ディオール領に直接手を出すおつもりですか?」
 マルティーノが恐る恐る問いかける。

 「直接ではない。だが、“自然に崩れる”よう仕向けるのだ。」

 シビックの瞳が、獲物を狙う獣のように光る。

 「セリカは聡明だ。こちらから手を伸ばせば、すぐに気づくだろう。
  だからこそ――“偶然の不運”を装う。」

 その言葉に、クロウが薄く笑った。
 「つまり、事故に見せかける、と。」

 「そうだ。農作物の病。あるいは水源の汚染でもいい。
  だが決して致命的ではなく、“対処が必要な程度”に抑えるんだ。」

 「被害が出れば、王家の援助を要請する流れになるでしょう」
 グレンが低い声で続けた。

 「そしてそこに、あなたが現れる――“救世主”として。」

 「フフ……理解が早いな」

 シビックの唇に、わずかに愉悦の笑みが浮かぶ。


---

 数日後、計画は静かに動き出した。
 王都から派遣された商人を装い、シビックの密命を受けた者たちがディオール領に潜入する。
 そして、農地の一部に“特定の菌”を混ぜた肥料を流通させた。
 ほんの微量。だが、栄養過多を引き起こし、数週間後には病が蔓延する。

 さらに、水路沿いでは“不自然な濁り”が観測され始めた。

 報告を受けたセリカは、すぐに現地調査を命じた。
 彼女の行動は迅速だった。
 だが、病の進行速度は彼女の想定を上回っていた。

 「……この原因、どうしてこんなに早く広がっているの?」

 現場の農夫たちは首を振る。
 誰も“原因”を説明できない。
 セリカは眉をひそめ、心の奥に不安が広がるのを感じていた。

 (偶然にしては――出来すぎている。)


---

 一方その頃、王都では。
 シビックが窓辺でワインを傾けていた。
 赤い液体が揺れるたびに、彼の瞳も紅く光る。

 「さて……そろそろ“助け舟”を出す頃合いか」

 彼は報告書をめくりながら、わざとらしくため息をつく。
 「可哀想に。あの幼い令嬢が、民の苦しみを前にどんな顔をするのか――見ものだな。」

 机の上には、すでに用意された一通の手紙があった。

 > 『ディオール領の異変について心を痛めております。
 >  微力ながら、私の知る農業顧問を派遣させていただければ幸いです。
 >  王家としてではなく、“友人”として。
 >  ――シビック・リュミエール』

 完璧な“善意”の体裁。
 だがその裏には、冷酷な計算が張り巡らされていた。


---

 数日後、ディオール城の執務室。
 セリカはその手紙を受け取り、黙って読み進めた。
 彼女の表情は変わらない。だが、目の奥だけがわずかに揺れた。

 「……このタイミングで、王子から援助の申し出。」
 彼女は机に置いたペンを軽く転がす。

 「偶然ではありませんわね。あまりにも早すぎますもの。」

 エレナが息をのむ。
 「セリカ様、まさか……王子が?」

 「まだ断定はできません。でも――
  “彼が期待している反応”をしてあげるのも、一つの手ですわね。」

 セリカはゆっくりと笑った。
 その笑みは、無垢な少女のものではなかった。
 狩人が罠を見抜き、逆にそこへ誘い込む時の笑みだった。


---

 翌朝、王都に返書が届いた。
 > 『ご厚意に深く感謝いたします。
 >  状況は未だ不安定のため、王子のご助力を賜れれば幸いです。
 >  ――セリカ・ディオール』

 それを読んだシビックは、満足げに微笑んだ。

 「ようやく、私の助けを“求めた”か……。
  これで、第一段階は完了だ。」

 だがその背後で、窓の外に沈む夕陽が不吉な光を放っていた。
 その赤は、まるで彼の野望が流す“血の色”を予言しているかのように。


---

 そして――
 その夜、ディオール領の屋敷では、セリカがエレナに静かに告げた。

 「これで、王子の“狙い”が完全に動き出しますわ。
  ……次はこちらの番です。」

 四歳の少女は、ペンを取り、机上の地図にいくつかの印をつける。

 「“病の発生源”を辿るの。
  その糸の先に、きっと――シビック王子がいるわ。」

 エレナは驚愕しながらも、その瞳の奥に宿る光を見た。
 それは、幼いながらも王国を揺るがす知略の輝きだった。


---
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】 23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも! そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。 お願いですから、私に構わないで下さい! ※ 他サイトでも投稿中

辺境は独自路線で進みます! ~見下され搾取され続けるのは御免なので~

紫月 由良
恋愛
 辺境に領地を持つマリエ・オリオール伯爵令嬢は、貴族学院の食堂で婚約者であるジョルジュ・ミラボーから婚約破棄をつきつけられた。二人の仲は険悪で修復不可能だったこともあり、マリエは快諾すると学院を早退して婚約者の家に向かい、その日のうちに婚約が破棄された。辺境=田舎者という風潮によって居心地が悪くなっていたため、これを機に学院を退学して領地に引き籠ることにした。  魔法契約によりオリオール伯爵家やフォートレル辺境伯家は国から離反できないが、関わり合いを最低限にして独自路線を歩むことに――。   ※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

婚約破棄されたので辺境伯令嬢は自由に生きます~冷酷公爵の過保護が過ぎて困ります!~

sika
恋愛
「君のような女と婚約していたなど、恥だ!」 公爵嫡男に突然婚約を破棄された辺境伯令嬢リーゼは、すべてを捨てて故郷の領地へ戻る決意をした。 誰にも期待せず、ひっそりと生きようとするリーゼの前に現れたのは、冷酷と噂される隣国の公爵・アルヴィン。 彼はなぜかリーゼにだけ穏やかで優しく、彼女を守ることに執着していて――。 「君はもう誰にも踏みにじられない。俺が保証しよう」 呪いのような過去を断ち切り、真実の愛を掴むざまぁ×溺愛ラブストーリー!

【連載版】婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
短編では、なろうの方で異世界転生・恋愛【1位】ありがとうございます! 読者様の方からの連載の要望があったので連載を開始しました。 シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます! ※連載のためタイトル回収は結構後ろの後半からになります。

編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?

灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。 しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

婚約破棄をされ、父に追放まで言われた私は、むしろ喜んで出て行きます! ~家を出る時に一緒に来てくれた執事の溺愛が始まりました~

ゆうき
恋愛
男爵家の次女として生まれたシエルは、姉と妹に比べて平凡だからという理由で、父親や姉妹からバカにされ、虐げられる生活を送っていた。 そんな生活に嫌気がさしたシエルは、とある計画を考えつく。それは、婚約者に社交界で婚約を破棄してもらい、その責任を取って家を出て、自由を手に入れるというものだった。 シエルの専属の執事であるラルフや、幼い頃から実の兄のように親しくしてくれていた婚約者の協力の元、シエルは無事に婚約を破棄され、父親に見捨てられて家を出ることになった。 ラルフも一緒に来てくれることとなり、これで念願の自由を手に入れたシエル。しかし、シエルにはどこにも行くあてはなかった。 それをラルフに伝えると、隣の国にあるラルフの故郷に行こうと提案される。 それを承諾したシエルは、これからの自由で幸せな日々を手に入れられると胸を躍らせていたが、その幸せは家族によって邪魔をされてしまう。 なんと、家族はシエルとラルフを広大な湖に捨て、自らの手を汚さずに二人を亡き者にしようとしていた―― ☆誤字脱字が多いですが、見つけ次第直しますのでご了承ください☆ ☆全文字はだいたい14万文字になっています☆ ☆完結まで予約済みなので、エタることはありません!☆

処理中です...