見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお

文字の大きさ
93 / 108

22-2 彼女は自分の未来を選ぶ権利がある

しおりを挟む
第22章 第二王子、エリシオン王子

22-2 彼女は自分の未来を選ぶ権利がある

 王宮の回廊を渡る風は、今日も静かだった。
 エリシオン王子は、その風の冷たさを頬に感じながら、ゆっくりと書物を閉じた。机の上には、政略結婚に関する報告書が山のように積まれている。兄の婚約、貴族同士の同盟、そして――セリカ・ディオールの名も、そこに記されていた。

 その文字を見つめながら、彼は低く呟く。

> 「政略結婚か……。
好き合う二人が結ばれるなどという理想論は、私も信じてはいない。
だが――人を支配するための結婚は、どうしても好きになれない」



 淡々とした口調ではあったが、指先には微かな力がこもっていた。
 彼は理解していた。貴族社会とは、結婚が家と家を繋ぐ“契約”であることを。愛よりも義務、心よりも名誉。それが現実だ。
 しかし、彼の胸の奥には、それでも人として譲れぬ何かがあった。

> 「結婚とは……本来、信頼と尊敬の上に築くものだろう。
それが、政のための鎖になるのなら、あまりに寂しい」



 その言葉は独り言に近かった。
 けれど、彼の声を聞いた侍従は思わず息を呑み、その静かな反逆を胸に刻む。
 彼の信念は、どこまでも静かで、しかし強靭だった。


---

 兄アコード王子がセリカ・ディオールとの婚約を望み、周囲が賛否で揺れる中――
 エリシオンは一歩退いた場所から、その全てを見ていた。

 ディオール令嬢、セリカ。
 その名は王宮においてもすでに知らぬ者がいないほどだった。
 聡明で、誠実で、民に慕われる少女。彼女が王家に入ることは、国の未来にとって祝福であると誰もが口にした。

 けれどエリシオンは、その報せを聞くたびに胸の奥でため息をつく。

> 「……大人が、子どもの未来を縛るような真似はすべきではない」



 そう思わずにはいられなかった。
 彼にとって、セリカは政略の道具でも、王国の“資産”でもない。
 一人の人間として、自らの未来を選ぶ権利を持つ存在だった。

 彼女のような才ある女性が、誰かの権力欲のために利用される――
 それは、彼にとって「罪」と呼ぶべき行為に等しかった。


---

 その日、王宮の庭園。
 初夏の光が花々を照らし、白い砂利道に木漏れ日が踊っていた。
 エリシオンは友人の侯爵子息と連れ立って、ゆるやかに歩を進めていた。

「殿下、セリカ・ディオール嬢の噂はご存じでしょう? あの才女、近頃では王都でも評判で……。
 いずれ王家に嫁がれるのでは、とも囁かれております」

 友人の声音には、どこか興奮の色があった。
 エリシオンは小さく笑みを浮かべる。

「興味深い人物だ。それは否定しない」
「では、殿下もお心惹かれておられるのですか?」

 問いに、エリシオンは静かに首を横に振った。

「惹かれる、というより――敬意を覚える。
 だが、私は王位や権力のために人を縛るつもりはない」

 そう言いながら、庭の噴水を見上げる。
 光が水面に反射し、彼の瞳の奥で淡く揺れた。

> 「もし彼女が自ら選ぶのなら、それを尊重したい。
他人がその自由を奪うのは、王族といえど許されない。
……彼女には、自分の未来を選ぶ権利がある」



 その声には、風のような優しさと、刃のような確信があった。
 友人は何も言えずに立ち尽くし、ただその横顔を見つめた。
 王族という檻の中で、これほどまっすぐに「人の自由」を語る者を、彼は見たことがなかった。


---

 その後も、王宮ではセリカを巡る噂が絶えなかった。
 兄たちがそれぞれの思惑を抱き、貴族たちがその背後で動く。
 彼女の名はいつしか「王家の希望」と呼ばれるようになっていた。

 だが、エリシオンだけは静かにその渦から離れていた。
 彼にとって、セリカは誰かに所有される存在ではない。
 彼女自身の足で立ち、自らの意思で未来を選ぶ――その姿こそが、美しかった。

> 「もし彼女が巻き込まれることなく、自分の道を選べるのなら……それだけでいい」



 そう呟いた彼の表情には、淡い安堵と、ほんのわずかな焦燥が混ざっていた。
 彼女が王家の策略や貴族の期待の中で、心を失ってしまわぬように――
 彼は祈るように願った。

 彼が表立って彼女を守ることはない。
 だが、もしその自由が奪われる瞬間が来たなら――
 彼は、迷わずその均衡を正すために動くだろう。

 それが、王子としてではなく、
 一人の人として、エリシオンが抱く“静かな誇り”だった。


---

 回廊の向こうで、鐘が鳴った。
 王国は新しい時代へと動き始めている。
 だがエリシオンの眼差しは、ただひとつ――
 “誰かの意志が奪われない国”を見据えていた。

> 「権力も名誉も、いずれは形を失う。
けれど、自由に選んだ未来だけは、誰の手にも渡らない」



 その信念は、静かで、強く、そして美しかった。
 ――それが、王家の“異端”と呼ばれる男の、真の姿であった。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】 23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも! そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。 お願いですから、私に構わないで下さい! ※ 他サイトでも投稿中

辺境は独自路線で進みます! ~見下され搾取され続けるのは御免なので~

紫月 由良
恋愛
 辺境に領地を持つマリエ・オリオール伯爵令嬢は、貴族学院の食堂で婚約者であるジョルジュ・ミラボーから婚約破棄をつきつけられた。二人の仲は険悪で修復不可能だったこともあり、マリエは快諾すると学院を早退して婚約者の家に向かい、その日のうちに婚約が破棄された。辺境=田舎者という風潮によって居心地が悪くなっていたため、これを機に学院を退学して領地に引き籠ることにした。  魔法契約によりオリオール伯爵家やフォートレル辺境伯家は国から離反できないが、関わり合いを最低限にして独自路線を歩むことに――。   ※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

婚約破棄されたので辺境伯令嬢は自由に生きます~冷酷公爵の過保護が過ぎて困ります!~

sika
恋愛
「君のような女と婚約していたなど、恥だ!」 公爵嫡男に突然婚約を破棄された辺境伯令嬢リーゼは、すべてを捨てて故郷の領地へ戻る決意をした。 誰にも期待せず、ひっそりと生きようとするリーゼの前に現れたのは、冷酷と噂される隣国の公爵・アルヴィン。 彼はなぜかリーゼにだけ穏やかで優しく、彼女を守ることに執着していて――。 「君はもう誰にも踏みにじられない。俺が保証しよう」 呪いのような過去を断ち切り、真実の愛を掴むざまぁ×溺愛ラブストーリー!

【連載版】婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
短編では、なろうの方で異世界転生・恋愛【1位】ありがとうございます! 読者様の方からの連載の要望があったので連載を開始しました。 シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます! ※連載のためタイトル回収は結構後ろの後半からになります。

編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?

灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。 しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

婚約破棄をされ、父に追放まで言われた私は、むしろ喜んで出て行きます! ~家を出る時に一緒に来てくれた執事の溺愛が始まりました~

ゆうき
恋愛
男爵家の次女として生まれたシエルは、姉と妹に比べて平凡だからという理由で、父親や姉妹からバカにされ、虐げられる生活を送っていた。 そんな生活に嫌気がさしたシエルは、とある計画を考えつく。それは、婚約者に社交界で婚約を破棄してもらい、その責任を取って家を出て、自由を手に入れるというものだった。 シエルの専属の執事であるラルフや、幼い頃から実の兄のように親しくしてくれていた婚約者の協力の元、シエルは無事に婚約を破棄され、父親に見捨てられて家を出ることになった。 ラルフも一緒に来てくれることとなり、これで念願の自由を手に入れたシエル。しかし、シエルにはどこにも行くあてはなかった。 それをラルフに伝えると、隣の国にあるラルフの故郷に行こうと提案される。 それを承諾したシエルは、これからの自由で幸せな日々を手に入れられると胸を躍らせていたが、その幸せは家族によって邪魔をされてしまう。 なんと、家族はシエルとラルフを広大な湖に捨て、自らの手を汚さずに二人を亡き者にしようとしていた―― ☆誤字脱字が多いですが、見つけ次第直しますのでご了承ください☆ ☆全文字はだいたい14万文字になっています☆ ☆完結まで予約済みなので、エタることはありません!☆

処理中です...