白い結婚だと思っていたのに、旦那様が溺愛してきて困りますわ!

しおしお

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第5章:過去の亡霊、元婚約者登場

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5-1:突然届いた“元婚約者”からの招待状

昼下がりの大公邸のサロンに、ほのかに薔薇の香りが漂っていた。
カップの中で紅茶が静かに湯気を立てる中、アルテッツァは今日の研究報告書に目を通していた。
薬草の成分分析結果に満足げにうなずき、ティーカップに手を伸ばしたそのとき――

「お嬢様! そ、そんな……っ!」

廊下から駆け込んできた侍女クレアが、まるで火でもついたように息を切らしている。

「どうしたの、クレア。そんな顔して」

「これを……今朝、王都便で届いたものです。差出人は……“エドワール・リヴィス公爵令息”」

その名を聞いた瞬間、アルテッツァの指がぴたりと止まった。

エドワール・リヴィス。
かつて、彼女の“婚約者”だった男。

「まあ……懐かしいお名前ですこと」
紅茶を一口すする彼女の声音は、驚くほど冷静だった。

それでも、クレアは怒りを隠せない。

「何が“旧交を温めたい”ですか! あれほど失礼な婚約破棄をしておいて、今さらどの面下げて――!」

「落ち着いて。まずは内容を確認しましょう」

アルテッツァは丁寧に封を切り、中の羊皮紙を広げる。

筆跡は相変わらず、無駄に洒落込んだ癖字だった。

> 『アルテッツァへ

久しぶりだね。
君がヴォルティア大公妃となったと聞いて、どうしても一言祝福を伝えたくなったんだ。
あの頃は、互いに若くて未熟だった。もしも君が今も私に対して少しでも温かい気持ちを残してくれているのなら……
少しだけ、話をしないかい?

君にとって心穏やかな時間となることを願って。

エドワール・リヴィス』



「……ふふ」

アルテッツァは、笑った。

「“心穏やかな時間”ですって。彼の定型句は変わっていませんのね」

「お嬢様、まさか本当に会うおつもりですか?」

「ええ。“白い結婚”だったとはいえ、今の私は大公妃。過去の人間に怯えて逃げるのは品がありませんわ」

「……っ、でも! 彼はあのとき、“家柄に見合わない”って、貴女を……!」

クレアの言葉に、アルテッツァの微笑はほんの少しだけ陰った。

確かに、あの記憶は忘れようにも忘れられない。

侯爵家が財政的に傾き始めたとき、それまで優しかったエドワールは、平然とこう言った。

「僕は将来、もっと“上”を見据えているんだ。
君との婚約は、若気の至りだったと割り切ってもらいたい」

彼の裏切りは、家だけでなく、心にも深く傷を残した。

「でも……もう私、過去に縛られていませんの」

アルテッツァは立ち上がり、外套を手に取る。

「会いましょう。しっかりと“終わらせる”ために」


---

その夜。
アルテッツァは淡いグレーのシンプルなドレスに身を包み、エドワールとの面会の場である王都の高級サロン『クラヴィエールの間』へと赴いた。

店内は貴族しか立ち入れない格式を誇る個室付きの社交場で、すでにエドワールは上機嫌な笑みを浮かべて彼女を迎えていた。

「来てくれたんだね、アルテッツァ」

立ち上がって彼女の手を取ろうとするその姿に、彼女はさりげなくグローブ越しに応じた。

「ご挨拶だけですわ。すぐに帰りますので、要点をどうぞ」

「ああ、相変わらず冷たいな。だけど……その強さが、昔から好きだった」
エドワールは微笑みながらワインを注ぐ。

「君のことは、今でも時々思い出すんだ。なぜ僕はあの時、君を手放したのかってね」

「私のほうは、一度も思い出したことはありませんわ。手放されてから、むしろ視界がすっきりしましたもの」

「……変わったな、君」

「いえ。元からこうでしたの。ただ、ようやく本来の自分を表に出せるようになっただけ」

エドワールの目が揺れた。

彼は、目の前にいるアルテッツァが、かつて自分が“都合よく手放した令嬢”ではないと悟り始めていた。

「……ねえ、アルテッツァ。やり直そう。僕たちなら、また――」

「その言葉、10秒で撤回なさることをお勧めしますわ」

凛とした声音。そこには、少しの躊躇もなかった。

「私はもう、過去に戻る気はありません。
あなたが失ったのは“未来”であって、
私は“過去”を手放しただけです」

エドワールの手が、静かに震えた。

そして――アルテッツァは立ち上がった。

「今度は、私のほうから言わせていただきますわ。
あなたとの関係は、完全に終わりですの。ごきげんよう」

彼女は、夜のサロンを背に、静かに去っていった。

その背中を、エドワールは何も言えずに見送るしかなかった。

――そう、彼は初めて知るのだった。

“取り戻したい”と願ったときには、
もう、彼女はずっと先へ進んでしまっているのだと。


5-2:再会の場での屈辱的な言葉

「……やっぱり君は変わったな、アルテッツァ」

クラヴィエールの個室にて、エドワール・リヴィス公爵令息はグラスを揺らしながらため息をついた。
それは感慨でも称賛でもない、薄ら寒い“自分が置いてきぼりにされた”という焦燥の混じった吐息だった。

「昔はもっと素直で可愛げがあった。今は……なんというか、大公妃なんていう役職が、君をずいぶん“演技上手”にしたようだ」

「それは光栄ですわ。舞台に上がるには、それ相応の演技力が必要ですもの」

アルテッツァは、カップを静かに置いた。瞳には揺らぎがない。

その態度に苛立ちを覚えたのか、エドワールはふいに声を荒げた。

「だけどね、アルテッツァ。本当は分かってるんじゃないか? 君が大公に嫁いだのは“家のため”だった。
あんな冷血漢に愛されるわけがないだろう? 君の笑顔だって、全部虚勢だ。
本当の君は、まだ俺のことを――」

「冗談はそこまでになさって」

アルテッツァの声が、氷のように冷たく遮った。

「あなたの前で“本当の私”を出す価値は、もうどこにもありませんわ」

「……っ」

「いいえ、むしろ本当の私は、あなたと婚約していた頃よりも、ずっと素直で自由ですの。
そして、私を誰よりも理解してくれている人のそばにいます」

エドワールは、椅子の背に体重を預けると、嘲笑を浮かべた。

「はっ……そうやって自分に言い聞かせてるのか? 政略結婚で冷たい夫の隣にいる自分を、正当化するために。
君が本当に幸せなら、こんなところに顔を出したりしない。
内心、俺を未練がましく思ってるんだろう? “愛されなかった私”を、今さら認めたくないんじゃないのか?」

その瞬間、アルテッツァは椅子からゆっくりと立ち上がった。
優雅な仕草でドレスの裾を整えると、彼に一歩、近づく。

「そう、未練があると思っているのですね?」

彼女は一拍の間を置いてから――にっこりと笑った。

「でしたら、安心なさって。私はあなたのことを、未練どころか“思い出す時間さえ惜しい”と思っておりますの。
あなたの存在は私にとって、靴裏についた泥よりも価値がありませんもの」

「な……っ」

「ご自分を“選び直せる男”とでも思っていらしたようですが、残念ながら私の辞書に“後退”の文字はありませんわ。
どうぞこれからも、誰にも選ばれず、ご自分の鏡の中だけで生きていってくださいませ」

エドワールの顔が引きつる。言葉を返せない。
怒りと羞恥の入り混じった表情を浮かべながらも、彼は何も言えなかった。

「では、ごきげんよう」

そう言ってアルテッツァは背を向け、静かに扉へ向かった。

だがその直後、控えていた給仕が誤って扉を開け放ってしまい――

扉の外にいた数名の貴族令嬢たちの姿が現れた。

彼女たちは、偶然にもこの高級サロンに集っていた上流階級の“耳ざとい”婦人たちであり、エドワールの「元婚約者を呼び出して未練を語った」現場を一部始終、見聞きしてしまったのである。

「あら……アルテッツァ様?」

「まぁ……公爵令息が“まだ好きだ”なんて、思い上がりも甚だしいですわね……」

ひそひそと、だが確実に聞こえる声で囁かれる言葉。

エドワールの顔から血の気が引いた。

「違う……これは、ただの……再会の挨拶で……っ」

「あら、そうですの? それにしては、言葉が随分と情熱的でしたわよ?」

「“愛されてないから、僕に戻ってきたいんだろう”だなんて、現夫に失礼すぎますわよね……」

令嬢たちの容赦ない声に、エドワールは立ち上がりかけたが、足が震えて立ち上がれない。

――そう、彼はここで“社交界最大の恥”をかいたのだった。

そして翌日には、このやり取りはご丁寧に脚色され、王都中のサロンで広まることになる。

「アルテッツァ様、元婚約者を華麗に一刀両断」
「“未練は靴裏の泥にも劣りますわ”――名言誕生」
「リヴィス家の跡取り、未練爆弾で社交界から自爆」

貴族たちは笑い、誰も彼を擁護しなかった。


---

その夜。

大公邸のサロンでは、アレクセイが書類に目を通していた。
そして、アルテッツァの帰還を確認すると、何も言わず、そっと彼女のカップに紅茶を注いだ。

「……お帰り」

「ただいま戻りましたわ、大公様」

「……噂は、聞いた」

「ええ。どうやら、茶会のネタにはなったようですわね」

彼女は少しだけ、疲れたように目を閉じた。

「でも、不思議と胸はすっきりしています。もう、本当に終わったのだと実感しましたわ」

アレクセイは彼女の隣に座り、静かに言った。

「私は……君のすべてを受け止めるつもりでいたが、君が過去を乗り越えたのなら、それ以上のことはない」

そして、小さく笑ってこう付け加えた。

「だが……二度と、“過去の男”に会いに行くときは、私を同席させてくれ」

「ふふっ……嫉妬ですの?」

「当然だ」

そんなやりとりに、傍らのクレアと執事長ドレイクはこっそり顔を見合わせ、紅茶でひっそりと乾杯した。

「やっと……お二人が夫婦らしくなってきましたわね」

――次回、5-3では社交界に広まった噂が新たな火種となり、アレクセイが公然とアルテッツァを“妻”として守る宣言をする、怒りと甘さのざまぁ展開へと突入します。執筆を続けましょうか?





5-3:噂話の拡散と、アレクセイの怒り

「侯爵令嬢アルテッツァが、密かに元婚約者と逢引していたらしいわよ」
「ええっ、あの大公妃が? まさか……あのリヴィス公爵令息と?」
「でも、彼の方が未練がましく復縁を迫ったそうよ。
それで“靴裏の泥より価値がない”って言われたんですって!」
「うふふっ、あの公爵令息、もう顔を出せないんじゃないかしら!」

――翌日、王都のあらゆるサロンで話題をかっさらったのは、まさに“アルテッツァ劇場”であった。

アルテッツァ本人は、淡々といつも通りの生活を送っていた。
大公邸では朝から薬草調剤の報告に目を通し、午後には施療院への薬品提供リストを整理。
使用人たちも敢えて何も触れなかったが、ひそかに屋敷の空気は温まっていた。

――だが、アレクセイは違った。

「……エドワール・リヴィス」

彼は書斎で報告書を読み終えると、その名をかすれた声で呼んだ。
その声音は静かだが、底知れぬ怒りの熱を孕んでいた。

侍従長ドレイクは、眉一つ動かさずに頷く。

「すでに調査済みです。令嬢との接触後、彼は“まだ俺の方がふさわしい”などと周囲に吹聴しております。
それに便乗した一部の令嬢が、わざと“誤解を広めるような発言”を繰り返している様子」

アレクセイは椅子から立ち上がった。
黒の手袋を丁寧に嵌めるその仕草に、ドレイクは内心で震えあがった。

――これは、ヴォルティア大公が“処断”を下すときの動きだ。

「貴族たちは、どうも“噂”でしか真実を見ようとしない。
ならば、その噂ごと……潰すまでだ」


---

その日の夜。
王都社交会館では、季節恒例の“月華の夜会”が催されていた。

招待状は、王族・大臣・高位貴族とその配偶者・婚約者に限定された、格式高い夜会。
当然、ヴォルティア大公夫妻の姿も、注目の的となる。

「アレクセイ様、今夜も冷たい表情でいらっしゃるわ……」
「でもほら、ご覧なさい。隣の大公妃の手に、きちんと手を添えて……」
「ほんとうに、うらやましいわね」

夜会の中央ホールに、大公夫妻が現れた瞬間、貴族たちの視線が一斉に集まった。
だが、その空気を切り裂くように、ある男の声が響いた。

「――おや、偶然ですな。これはこれは、大公閣下。そして……アルテッツァ嬢も」

そう口にしたのは、噂の主――エドワール・リヴィス本人だった。

彼は表面上の礼儀を装いながらも、視線には露骨な嘲りを浮かべていた。

「お久しぶりです、アルテッツァ嬢。
まさかこうして再会するとは。先日の再会では、昔話に花が咲いて楽しかったですな」

周囲がざわつく。
それはまるで、「ふたりの関係は特別だった」とでも言いたげな発言。

アルテッツァは一瞬だけ眉を上げたが、何も言わなかった。
代わりに、アレクセイが静かに歩み出た。

「……エドワール・リヴィス」
「は、閣下?」

「私の妻に“昔話”を持ち込む必要はない。
そして貴殿のような過去にすがる男は、私の視界にすら値しない」

「な、なんですって……?」

「ここで公にしておこう。――アルテッツァは、私の“妻”だ」

アレクセイの声音は、冷たくも力強く――まるで、鉄で鍛えられた刃のようだった。

「政略結婚だった? 干渉しない契約だった? 確かに最初はそうだった。
だが今や、彼女は私の隣に立つべき唯一の存在だ。
誰が否定しようと、彼女が妻であることに変わりはない。
そして――我が名のもと、私は妻を守ると誓う」

ざわ……と空気が揺れた。

それは、大公アレクセイ・ヴォルティアの“公式な妻宣言”。

この瞬間、社交界におけるアルテッツァの立場は完全に確定した。
もはや、誰も“形式だけの妃”だとは言えない。

「アレクセイ様……」
小さく呟いたアルテッツァに、彼は囁くように応える。

「黙っていようと思った。君が望む限り、干渉しないと決めていた。
だが、君を侮辱する者が現れるならば――私は黙ってなどいられない」

エドワールは、言葉を失っていた。

その場には、もはや彼に味方する者はいなかった。

「アルテッツァ様が“我が妻”だなんて……」
「……あの令嬢、本当に大公閣下に愛されているのね」
「リヴィス家……これで完全に終わったわね」

――その日を境に、リヴィス家の社交界での信用は崩れた。

後日、エドワールの縁談は三件破談となり、投資していた商会からも手を引かれる。
“未練たらしい”というイメージが付きまとい、婚約者候補としてすら名を挙げられなくなった。

それはまさに、上品で優雅な“ざまぁ”だった。


---

大公邸の夜。

サロンで紅茶を飲んでいたアルテッツァに、アレクセイがそっと手を差し出す。

「……怒っていないか?」

「怒っているとしたら、なぜもっと早く言ってくださらなかったのか、という点ですわ」

「……すまない」

「でも、それを含めて。嬉しかったですのよ。――“私の妻だ”とおっしゃってくださったこと」

紅茶のカップ越しに、二人は目を合わせて微笑んだ。

まだ、“愛”とは口にしていない。
けれど、確かにふたりの距離は、もう“白い結婚”の頃とは違っていた。

5-4:元婚約者への華麗なるざまぁ

「――エドワール・リヴィス公爵令息、リヴィス家の嫡男としての立場を失うそうですわよ」

その噂は、アルテッツァが王都の薬草市場に足を運んだ日、自然と耳に入ってきた。
商人たちの軽妙な会話の中に、社交界の最も新しい“ざまぁ”が織り交ぜられていた。

「破談が三件、資金も引き上げられて、今じゃ父親の機嫌を取るのに必死だとか」
「よっぽど大公妃様に斬られたのが効いたんだろうなあ。“泥以下”とは痛烈すぎて忘れられない名台詞ですぜ」
「しかも、大公閣下が“我が妻”って堂々と宣言したって? あれじゃ立場なしだよ、あの坊ちゃん」

――もう、彼の名は笑いの対象でしかなかった。

けれど、アルテッツァは表情一つ変えず、買い求めた薬草を布袋に収めて静かに歩き出す。
市場を出る頃には、街のあちこちにエドワールの“栄華と没落”が語られていた。

「未練がましく元婚約者に声をかけるなんて、恥ずかしい話ですわ」
「私なら井戸にでも飛び込みたくなりますわね」
「次に何か言えば、“妻に手を出すな”ともう一度言われるのかしら。おそろしいわ」

女たちは笑い、男たちは距離を取り、商人たちは関わりを避ける。
それは社交界における“死”と等しい制裁だった。


---

その夜、大公邸の書斎。
アルテッツァは、薬草の整理を終えてサロンに戻ってきたところだった。

「おかえり、アルテッツァ」
そう声をかけたのはアレクセイ。珍しく先にサロンに入っていた。

「お仕事、早く終わったのですか?」

「いや、仕事は溜まっている。……だが、どうしても君の顔が見たくなった」

「まぁ。奇遇ですわね。私も、ちょうどお茶の時間にあなたをお誘いしようと思っていましたの」

ふたりは並んで腰掛け、紅茶を注ぐ。
テーブルの上には、今日の市場で手に入れた香り高いハーブのブレンド。

「エドワール・リヴィスが、爵位剥奪の話まで出ているらしい」
アレクセイが話し始める。

「彼の父がそれを検討している。『我が家の恥さらし』だと、激怒しているようだ」

「……ご自身の教育の結果だとは思われないのかしら」

「君は何も間違っていない。恥を知るべきは、彼の方だ」

アレクセイはティーカップを傾けたあと、そっと視線を向けてきた。

「それにしても、噂が王都中に広まるとは思っていなかった。
『靴裏の泥より価値がない』――あれは君らしい、実に的確な言葉だった」

「ご期待に沿えて光栄ですわ。……でも、あのときは本気で腹が立ちましたのよ」

ふたりは目を合わせ、くすりと笑い合う。
その笑いに、ぎこちなさはない。まるで長年連れ添った夫婦のような、落ち着きと親しさがあった。

だが、ふと真顔になったアレクセイが、静かに言葉を落とす。

「アルテッツァ。もし、君が私の隣にいることに負担を感じているなら――いつでも、自由にしていい」

その声音は、あまりに真剣だった。

「私は、君の“自由”を奪いたくない。
君がかつて、政略で人生を縛られたように、今度は私の手で同じことをしてしまうのではないかと、怖いんだ」

アルテッツァは、そっとカップを置き、手を重ねた。

「……白い結婚が、どこまで白であっていいのか。
それを気にされているのですね?」

「……ああ。契約から始まった関係だ。だからこそ、君の意志を尊重したい」

「でしたら、ご安心くださいませ」

アルテッツァは、いつもの優雅な笑みを浮かべながら、ゆっくりと言った。

「私は、自分の意志でここにいます。
“白”でも“紅”でも、私の人生は私が選ぶ。今はその選択が、あなたの隣であるだけ」

アレクセイの手が、ほんのわずかに震える。
それが彼にとってどれほどの救いの言葉であったか、彼女は知っていた。

「……ありがとう、アルテッツァ」

「それに――私、白一色の結婚なんて、もう退屈で飽き飽きしてますのよ。
少しくらい、情熱的な色が差してきても、いいころ合いかもしれませんわね」

「……それは、期待していいということか?」

「どうでしょう? もう少し、私を惹きつける努力をなさってみて?」

アレクセイは頬をわずかに緩め、彼女の指をそっと取り、手の甲に口づけた。

「ならば、君の望む色に染め上げる努力を惜しまない」

「まあ……そう簡単に染まるとも思いませんけれど?」

それでも、ふたりは笑っていた。
“白い結婚”は、もはや白ではない。
ゆっくりと、確かに、ふたりの間に色が差し込もうとしていた。


---

その夜、屋敷の片隅。
使用人たちはひそやかに集まり、小さな宴を開いていた。

「ようやく、おふたりが“本物の夫婦”になってきましたわね」
「アレクセイ様が嫉妬して噴き上がる姿を、私はこの目で見る日が来るとは思いませんでした」
「これからが楽しみですわね。大公妃様の“お返し”も、きっと見事なものでしょうし」

屋敷全体が、どこかあたたかな空気に包まれていた。

そして、アルテッツァ自身も知らぬうちに、自身の心が確かに“誰かを愛すること”を受け入れ始めているのを感じていた。

その感情の名を、まだ口には出さない。
だが、次に訪れるのは――

**“白い結婚、終了のお知らせ”**である。



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