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第1章 婚約破棄と隠居の決意
1-3 婚約破棄
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1-3 婚約破棄
翌朝。
アメリアは、屋敷の一室――父が生前、執務に使っていた部屋へ向かった。
今は弟ジークが書類整理をしているらしく、扉をノックすると慌てて開いた。
「姉上……どうされたのですか?」
「少し、伝えるべきことがあって参りましたの」
アメリアはジークの向かいに腰かけ、静かに昨日のすべて――
婚約者ライナルトの発言、怒号、そして本性を語った。
ジークは途中から顔を真っ赤にし、拳を握りしめる。
「な、なんですって!? ライナルト殿が……姉上にそんな暴言を……っ!」
「ええ。驚くべき本性でしたわね。
少なくとも、私が婚約を続ける理由は無くなりました」
「当然です!!」
ジークは珍しく声を荒げた。
「姉上を“爵位を持たないと価値がない”などと――どんな目をしているのですか、あの男は!」
「そうですわね。
どうやら、私ではなく、公爵位と結婚したかったらしいですわ」
アメリアは淡々と言う。
その静けさが、かえってジークを奮い立たせる。
「姉上……。
もし婚約を破棄するのなら、僕は全力で姉上を支えます。
どんな噂が流れようとも、グレイス家として守ります」
その言葉に、アメリアは微笑んだ。
「ありがとう、ジーク。
でも、心配しなくても大丈夫ですの。
“守られる理由”が、すでにありませんもの」
「え……?」
「私は、公爵位をあなたに譲り、家を出るつもりだからですわ」
ジークの目が大きく見開かれる。
「そ、そんな……!
姉上までいなくなったら……僕は……!」
「ジーク」
アメリアは弟の手を優しく取った。
「あなたは優秀です。
それに……私が側にいては、あなたが“一人前の公爵”として扱われにくくなってしまいますわ。
だからこそ、私は隠居するのです」
「姉上……」
「この決断は、私自身のためでもあります。
政治より、本を読んだりお茶を淹れたり……
静かな時間を大切にしたいのです」
ジークは黙って唇を噛みしめた。
「……分かりました。
姉上の幸せがあるのなら、僕は止めません。
でも、何かあったら必ず呼んでください」
「ええ。その時はあなたに頼りますわ」
兄妹は静かに微笑み合い、アメリアは席を立った。
――今日で終わりにするのだ。
ライナルトとの関係を。
◆◆◆
午前十時。
ハイドラー侯爵邸の使者がアメリア宛に訪れた。
「ライナルト様より、“本日の午後、必ず話がしたい”とのことです」
アメリアは小さく息を吐いた。
「……ええ、伺いますとお伝えください」
逃げずに決着をつける時が来たのだ。
◆◆◆
午後三時、ハイドラー侯爵邸。
応接間に入ると、ライナルトが苛立つように椅子に座っていた。
「来たか、アメリア」
「ごきげんよう、ライナルト様」
「昨日の話だが……考え直しただろう?」
まるで“当然”のように問うてくる。
アメリアは表情一つ変えずに答えた。
「いいえ。考え直す必要はありませんでした」
「…………なんだと?」
アメリアは深く息を吸い、落ち着いた声で告げた。
「公爵位は弟が継ぎます。
そして私は――婚約を解消します」
ライナルトの顔が真っ赤に染まる。
「ふざけるな!!
公爵位を持たないお前に、どれだけの価値が残ると思っている!?
婚約破棄された娘など、どこの家も受け入れんぞ!」
「構いませんわ」
「構わんだと!?」
アメリアは凛として言い放つ。
「私は隠居するからです。
ですから、婚約破棄されようが、縁談が来なかろうが……
“どうでもいい”のです」
「……っ、貴様……ッ!」
「申し訳ありませんが、あなたが“夫”にふさわしいと感じたことは、一度もございませんでしたわ」
ライナルトの目が険しく光る。
「ならば……こちらから婚約破棄してやる!」
「どうぞ、ご自由に」
「……な、なにっ!?」
アメリアは完全に動じていない。
その冷静さが、逆にライナルトを追い詰めていく。
「あなたの望み通り、公的な書類にもあなたのサインがある方が良いでしょう?
“爵位目当てで婚約していた男”だと周囲に思われないためにも」
「き、貴様……皮肉のつもりか……!」
「皮肉ではありませんわよ。
ただ――」
アメリアは完璧な令嬢の微笑みを浮かべた。
「あなたの本性を知らずに結婚するより、
婚約破棄の方が、百倍は幸せですから」
その瞬間、ライナルトの顔から血の気が引いた。
「アメリア……ッ!
お前……ッ!」
「では、婚約破棄の書類にサインをいただけますか?」
アメリアは用意していた書面を彼の前に差し出す。
ライナルトは震える手でそれを掴み――
怒りのままサインした。
「……っ! これで終わりだ!
お前は今日から“ただの女”だ!」
「ええ。
そしてあなたは今日から、“ただの元婚約者”ですわ」
アメリアは優雅に立ち上がった。
「では、ごきげんよう」
「待て、アメリア!
後悔するぞ!!」
その叫びを、アメリアは一瞥もしなかった。
◆◆◆
屋敷の廊下を出た瞬間、アメリアはふぅ、と息を吐いた。
(……終わりましたわね)
胸に残ったのは、喪失感でも恐怖でもなく――
ただ、静かな解放感だけ。
(これで、隠居に専念できますわ)
しかしこのときアメリアはまだ知らなかった。
この婚約破棄が、後に国全体を巻き込む“最大のざまぁ”へと繋がることを。
翌朝。
アメリアは、屋敷の一室――父が生前、執務に使っていた部屋へ向かった。
今は弟ジークが書類整理をしているらしく、扉をノックすると慌てて開いた。
「姉上……どうされたのですか?」
「少し、伝えるべきことがあって参りましたの」
アメリアはジークの向かいに腰かけ、静かに昨日のすべて――
婚約者ライナルトの発言、怒号、そして本性を語った。
ジークは途中から顔を真っ赤にし、拳を握りしめる。
「な、なんですって!? ライナルト殿が……姉上にそんな暴言を……っ!」
「ええ。驚くべき本性でしたわね。
少なくとも、私が婚約を続ける理由は無くなりました」
「当然です!!」
ジークは珍しく声を荒げた。
「姉上を“爵位を持たないと価値がない”などと――どんな目をしているのですか、あの男は!」
「そうですわね。
どうやら、私ではなく、公爵位と結婚したかったらしいですわ」
アメリアは淡々と言う。
その静けさが、かえってジークを奮い立たせる。
「姉上……。
もし婚約を破棄するのなら、僕は全力で姉上を支えます。
どんな噂が流れようとも、グレイス家として守ります」
その言葉に、アメリアは微笑んだ。
「ありがとう、ジーク。
でも、心配しなくても大丈夫ですの。
“守られる理由”が、すでにありませんもの」
「え……?」
「私は、公爵位をあなたに譲り、家を出るつもりだからですわ」
ジークの目が大きく見開かれる。
「そ、そんな……!
姉上までいなくなったら……僕は……!」
「ジーク」
アメリアは弟の手を優しく取った。
「あなたは優秀です。
それに……私が側にいては、あなたが“一人前の公爵”として扱われにくくなってしまいますわ。
だからこそ、私は隠居するのです」
「姉上……」
「この決断は、私自身のためでもあります。
政治より、本を読んだりお茶を淹れたり……
静かな時間を大切にしたいのです」
ジークは黙って唇を噛みしめた。
「……分かりました。
姉上の幸せがあるのなら、僕は止めません。
でも、何かあったら必ず呼んでください」
「ええ。その時はあなたに頼りますわ」
兄妹は静かに微笑み合い、アメリアは席を立った。
――今日で終わりにするのだ。
ライナルトとの関係を。
◆◆◆
午前十時。
ハイドラー侯爵邸の使者がアメリア宛に訪れた。
「ライナルト様より、“本日の午後、必ず話がしたい”とのことです」
アメリアは小さく息を吐いた。
「……ええ、伺いますとお伝えください」
逃げずに決着をつける時が来たのだ。
◆◆◆
午後三時、ハイドラー侯爵邸。
応接間に入ると、ライナルトが苛立つように椅子に座っていた。
「来たか、アメリア」
「ごきげんよう、ライナルト様」
「昨日の話だが……考え直しただろう?」
まるで“当然”のように問うてくる。
アメリアは表情一つ変えずに答えた。
「いいえ。考え直す必要はありませんでした」
「…………なんだと?」
アメリアは深く息を吸い、落ち着いた声で告げた。
「公爵位は弟が継ぎます。
そして私は――婚約を解消します」
ライナルトの顔が真っ赤に染まる。
「ふざけるな!!
公爵位を持たないお前に、どれだけの価値が残ると思っている!?
婚約破棄された娘など、どこの家も受け入れんぞ!」
「構いませんわ」
「構わんだと!?」
アメリアは凛として言い放つ。
「私は隠居するからです。
ですから、婚約破棄されようが、縁談が来なかろうが……
“どうでもいい”のです」
「……っ、貴様……ッ!」
「申し訳ありませんが、あなたが“夫”にふさわしいと感じたことは、一度もございませんでしたわ」
ライナルトの目が険しく光る。
「ならば……こちらから婚約破棄してやる!」
「どうぞ、ご自由に」
「……な、なにっ!?」
アメリアは完全に動じていない。
その冷静さが、逆にライナルトを追い詰めていく。
「あなたの望み通り、公的な書類にもあなたのサインがある方が良いでしょう?
“爵位目当てで婚約していた男”だと周囲に思われないためにも」
「き、貴様……皮肉のつもりか……!」
「皮肉ではありませんわよ。
ただ――」
アメリアは完璧な令嬢の微笑みを浮かべた。
「あなたの本性を知らずに結婚するより、
婚約破棄の方が、百倍は幸せですから」
その瞬間、ライナルトの顔から血の気が引いた。
「アメリア……ッ!
お前……ッ!」
「では、婚約破棄の書類にサインをいただけますか?」
アメリアは用意していた書面を彼の前に差し出す。
ライナルトは震える手でそれを掴み――
怒りのままサインした。
「……っ! これで終わりだ!
お前は今日から“ただの女”だ!」
「ええ。
そしてあなたは今日から、“ただの元婚約者”ですわ」
アメリアは優雅に立ち上がった。
「では、ごきげんよう」
「待て、アメリア!
後悔するぞ!!」
その叫びを、アメリアは一瞥もしなかった。
◆◆◆
屋敷の廊下を出た瞬間、アメリアはふぅ、と息を吐いた。
(……終わりましたわね)
胸に残ったのは、喪失感でも恐怖でもなく――
ただ、静かな解放感だけ。
(これで、隠居に専念できますわ)
しかしこのときアメリアはまだ知らなかった。
この婚約破棄が、後に国全体を巻き込む“最大のざまぁ”へと繋がることを。
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