公爵令嬢、爵位を弟に譲って隠居したのにどうして悪党狩りなんてしているのでしょう?

しおしお

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第4章 裁きと本当の隠居

4-3 弟の成長

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第4章 4-3 弟の成長

――「あなたは、もう立派な公爵ですわ」

 王城の裁きが終わった翌日、王都はまだその興奮に包まれていた。
 悪徳貴族の一掃、元婚約者の失脚、浄化の風が国を駆け抜けている。

 しかし、その喧騒の中心にいる少女――いや、元公爵令嬢アメリアは、
人知れず静かに微笑んでいた。

(あとは……弟の番ですわね)

 これまで影に回って守り、導いてきたが、
彼はもう、自分の手を離れて歩くべき道に立っている。

◆ ◆ ◆

◆新公爵の初登城

 翌朝の執務室。
 国王に招かれたのは、アメリアではなく――弟ルシアンだった。

 重厚な扉が開くと同時に、室内の空気が張り詰める。

「ルシアン・ラングフォード公爵。よく来た」

 玉座の前でルシアンは深く一礼した。
 その姿勢には以前の頼りなさがまるでない。
 まっすぐで、誇り高く、凜とした若き公爵の姿だった。

「昨日の一連の裁き、そして後処理について、
 そなたはよく働いた。……姉上の影に隠れていた頃とは、随分違うな」

 国王の言葉に、ルシアンの目が驚きで揺れる。

「わ、私は……まだまだ未熟でございますが……
 姉が譲ってくれた爵位に恥じぬ働きをしたいと思っております」

「うむ。……アメリア・ラングフォードの判断は、正しかったと言えるだろう」

 アメリアも後方で聞いていた。
 フードを被り、身分を伏せて控えていたが、
国王の言葉に胸が温かくなるのを感じた。

(陛下……ありがとうございます)

 弟は緊張の面持ちで立ち続けているが、
王の前にあっても背筋が一本通っていた。

◆ ◆ ◆

◆国王からの評価

「ルシアン公爵、そなたは今、国が混乱しやすい時期に家を継いだ。
 ましてや、旧ハインリヒ派の残党も、裏で蠢いている可能性がある」

「承知しております。
 姉が守ってきたラングフォード家を、私が守っていかねばなりません」

 国王は満足げに目を細めた。

「よい答えだ。アメリアであれば、きっとそう言うだろうな」

 アメリアは咳払いをして、王に見えぬようそっと視線をそらした。

(陛下……私に喋られると困りましたの?)

 国王は目の端で気づきながらも知らぬふりだ。

◆ ◆ ◆

◆議場に響いた、弟の宣言

 その後、国王はルシアンを議場へ案内した。
 そこには重臣や騎士団長、財務官らが集まっている。

「本日より、ラングフォード領の再整備案を決定する。
 中心に立つのは……このルシアン公爵だ」

 場が静まり返る。
 若い新公爵に対する期待と不安が入り混じった視線が向けられる。

 ルシアンは深く息を吸い、
 堂々と前に出た。

「本日は、このような場を頂き感謝いたします。
 姉アメリアが遺した改革案をもとに、領地と王都の関係を見直し、
 より透明性の高い政治を目指して参る所存です」

 しっかりと通る声だった。

「……この国の腐敗を見過ごさぬためにも、
 姉が命を賭して暴いた悪を、再び生まぬようにいたします」

 その言葉に、議場の重鎮たちがざわりと動く。

「若いのに大したものだ……」 「ラングフォード家は安泰だな」 「これが、アメリア殿が選んだ後継者か……」

 称賛の囁きが起こる。

 アメリアはその後方でそっと涙腺を押さえていた。

(こんなに……立派になりましたのね)

◆ ◆ ◆

◆姉弟の対話 ――“ありがとう”は一度だけ

 会議が終わり、静かな執務室で二人きりになった。

「……姉上」

「はい、ルシアン? 今日のあなた、とても素晴らしかったですわ」

「ありがとうございます。
 ですが……今日の挨拶も、決断も、私だけの力ではありません。
 姉上が導いてくれたからこそ、私は――」

「だめですわよ?」

「え?」

 アメリアは穏やかに笑い、弟の胸元にそっと手を置いた。

「あなたは、もう“私の支え”など必要のない公爵なのです。
 誇りを持ちなさい。あなた自身の力でここに立ったのですわ」

「……でも、私はまだ姉上に頼りたくて……」

「頼りたい時に頼ってくださるのは構いません。
 ですが、私がそばにいれば、あなたは成長できない」

 アメリアの声は柔らかいが、迷いのないものだった。

「私は引退します。これは……あなたのためでもあるのです」

 ルシアンは唇を噛みしめる。
 そして、ゆっくりと頭を下げた。

「……姉上。
 ラングフォード家を託していただき……感謝します」

「うふふ。ありがとう。その言葉、今日だけ受け取りますわ」

 彼女はそっと弟の頬に触れた。

「次に“ありがとう”と言われたら、私は怒りますからね?」

「……それは困りますね」

 二人は笑い合った。

 その笑顔の奥底に――
 互いの人生を背負い、見守り、守ってきた深い絆が確かにあった。

◆ ◆ ◆

◆国王の一言

 部屋を出ようとしたルシアンを、国王が呼び止めた。

「ルシアン公爵。
 アメリアが隠居を望むのは本気なのか?」

「はい。姉はもう政治には関わらないと……」

「ふむ。惜しいが……それが本人の望みだな」

 国王はちらりとアメリアを見た。

「アメリア。そなたの弟は、良き公爵となるだろう。
 ……そなたの“選択”は、正しかった」

 国王の言葉は重く、誠実だった。

(ああ……ようやく……)

 アメリアの胸が温かく満たされていく。

(本当に、隠居できますわ……!)

◆ ◆ ◆

◆弟の決意

 執務室を出る前、ルシアンは振り返った。

「姉上。私は、絶対に国を良くします。
 姉上が安心して昼寝できる国にします」

「まぁ、なんて素敵でしょう。
 では私は遠慮なく寝ますわね?」

「はい。任せてください」

 あまりにも真剣に返すため、
アメリアは思わず吹き出しそうになった。

(ふふ……本当に、いい子に育ちましたわ)

 弟は背筋を伸ばし、堂々と歩み去っていく。

 若き公爵の後ろ姿は、
 もう誰の庇護も必要としない強さに満ちていた。

(さぁ――これで心置きなく隠居できますわ)

 アメリアはそっと目を閉じ、満足げに息をついた。


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