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第八話 虚偽の涙
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第八話 虚偽の涙
王家との直接契約が正式に発表された翌日、王都の空気ははっきりと変わった。
もう誰も、グラディウス家を“名門”とは呼ばない。
代わりに囁かれる言葉は――
“危険”
“関わらない方がいい”
それでも、最後の足掻きは残っていた。
午前。
王宮宛てに、一通の告発文書が提出された。
差出人――リリア・グラディウス。
内容は簡潔。
“アウレリア・ヴァルディナによる長年の精神的虐待および財務横領疑惑”
王宮書記官が、私にその写しを渡した。
「形式上、調査は必要となります」
「ええ、当然です」
私は微笑んだ。
同時刻。
リリアは王宮の小応接室で、白いハンカチを握りしめていた。
「私は……ずっと姉に怯えて……」
震える声。
潤んだ瞳。
「家の帳簿にも触れさせてもらえず……全て奪われ……」
王宮補佐官は淡々と書き留める。
「具体的証拠はございますか」
「証拠は……姉が握っています……」
涙が一粒、落ちる。
完璧な演技。
――だが、相手が悪い。
午後。
私は王宮監査室に呼ばれた。
「虚偽であれば、告発者は処罰対象となります」
監査官は冷静だ。
「承知しております」
「反論は?」
私はカレンに目配せする。
彼女が小箱を開く。
中から出てきたのは、記録水晶。
貴族社会では珍しくない、記録魔術具。
「これは?」
「ヴァルディナ家応接間、三か月前の記録です」
水晶が淡く光る。
映し出されたのは――
リリアが侍女に金貨を握らせる場面。
『姉が私を叩いたと言いなさい』
『泣く練習をしておきなさい』
『帳簿は燃やせばいいわ』
部屋が静まり返る。
監査官が水晶を止める。
「他にもございますか」
「虚偽診断書の依頼書簡も」
私は封書を差し出す。
医師への依頼。
“弱っていると証明してほしい”
沈黙。
「これで十分でしょう」
私は穏やかに言った。
夕刻。
リリアは再び王宮に呼び出された。
彼女は、まだ勝てると思っている。
「姉は冷酷で……」
「リリア嬢」
補佐官の声が遮る。
「こちらをご覧ください」
水晶が光る。
自分の声が流れる。
リリアの顔から血の気が引いた。
「これは……違う……!」
「虚偽告発は王家侮辱罪に該当します」
沈黙。
「告発は撤回いたしますか」
「……」
「撤回しない場合、正式裁定に進みます」
リリアの手が震える。
涙はもう、武器にならない。
「……撤回、します」
かすれた声。
だが。
撤回は免罪ではない。
夜。
王都の噂は、爆発した。
『義妹、虚偽告発』
『記録水晶公開』
『王宮侮辱未遂』
社交界の令嬢たちは、静かに理解する。
涙は、証拠の前では無力。
グラディウス家屋敷。
リリアは床に座り込んでいた。
「どうして……どうして全部……」
継母マルグリットは青ざめる。
「あなた……記録されていたの?」
「知らなかったの!」
知らなかった。
それが敗因。
同時刻。
私は書斎で報告を受けていた。
「虚偽告発、正式記録に残りました」
「処罰は?」
「初犯のため、警告処分。ただし王宮記録に永久保存」
私は静かに頷く。
「それで十分」
永久記録。
それは社交界での死刑宣告に等しい。
カレンが小さく言う。
「容赦ございませんね」
「容赦?」
私は首を傾げる。
「虚偽は、契約違反より重いわ」
窓の外では、夜風が静かに木々を揺らす。
リリアの涙は、もう通用しない。
演技は終わった。
私は小さく呟く。
「奪うなら、嘘ではなく実力でなさい」
だが彼女には、どちらもない。
王都の空は澄んでいる。
けれどグラディウス家の空だけが。
確実に、暗く沈んでいく。
王家との直接契約が正式に発表された翌日、王都の空気ははっきりと変わった。
もう誰も、グラディウス家を“名門”とは呼ばない。
代わりに囁かれる言葉は――
“危険”
“関わらない方がいい”
それでも、最後の足掻きは残っていた。
午前。
王宮宛てに、一通の告発文書が提出された。
差出人――リリア・グラディウス。
内容は簡潔。
“アウレリア・ヴァルディナによる長年の精神的虐待および財務横領疑惑”
王宮書記官が、私にその写しを渡した。
「形式上、調査は必要となります」
「ええ、当然です」
私は微笑んだ。
同時刻。
リリアは王宮の小応接室で、白いハンカチを握りしめていた。
「私は……ずっと姉に怯えて……」
震える声。
潤んだ瞳。
「家の帳簿にも触れさせてもらえず……全て奪われ……」
王宮補佐官は淡々と書き留める。
「具体的証拠はございますか」
「証拠は……姉が握っています……」
涙が一粒、落ちる。
完璧な演技。
――だが、相手が悪い。
午後。
私は王宮監査室に呼ばれた。
「虚偽であれば、告発者は処罰対象となります」
監査官は冷静だ。
「承知しております」
「反論は?」
私はカレンに目配せする。
彼女が小箱を開く。
中から出てきたのは、記録水晶。
貴族社会では珍しくない、記録魔術具。
「これは?」
「ヴァルディナ家応接間、三か月前の記録です」
水晶が淡く光る。
映し出されたのは――
リリアが侍女に金貨を握らせる場面。
『姉が私を叩いたと言いなさい』
『泣く練習をしておきなさい』
『帳簿は燃やせばいいわ』
部屋が静まり返る。
監査官が水晶を止める。
「他にもございますか」
「虚偽診断書の依頼書簡も」
私は封書を差し出す。
医師への依頼。
“弱っていると証明してほしい”
沈黙。
「これで十分でしょう」
私は穏やかに言った。
夕刻。
リリアは再び王宮に呼び出された。
彼女は、まだ勝てると思っている。
「姉は冷酷で……」
「リリア嬢」
補佐官の声が遮る。
「こちらをご覧ください」
水晶が光る。
自分の声が流れる。
リリアの顔から血の気が引いた。
「これは……違う……!」
「虚偽告発は王家侮辱罪に該当します」
沈黙。
「告発は撤回いたしますか」
「……」
「撤回しない場合、正式裁定に進みます」
リリアの手が震える。
涙はもう、武器にならない。
「……撤回、します」
かすれた声。
だが。
撤回は免罪ではない。
夜。
王都の噂は、爆発した。
『義妹、虚偽告発』
『記録水晶公開』
『王宮侮辱未遂』
社交界の令嬢たちは、静かに理解する。
涙は、証拠の前では無力。
グラディウス家屋敷。
リリアは床に座り込んでいた。
「どうして……どうして全部……」
継母マルグリットは青ざめる。
「あなた……記録されていたの?」
「知らなかったの!」
知らなかった。
それが敗因。
同時刻。
私は書斎で報告を受けていた。
「虚偽告発、正式記録に残りました」
「処罰は?」
「初犯のため、警告処分。ただし王宮記録に永久保存」
私は静かに頷く。
「それで十分」
永久記録。
それは社交界での死刑宣告に等しい。
カレンが小さく言う。
「容赦ございませんね」
「容赦?」
私は首を傾げる。
「虚偽は、契約違反より重いわ」
窓の外では、夜風が静かに木々を揺らす。
リリアの涙は、もう通用しない。
演技は終わった。
私は小さく呟く。
「奪うなら、嘘ではなく実力でなさい」
だが彼女には、どちらもない。
王都の空は澄んでいる。
けれどグラディウス家の空だけが。
確実に、暗く沈んでいく。
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