『婚約破棄?――では、その責任は王国基準で清算いたしましょう』 ~義妹と継母に追い落とされた令嬢は、王妃となって制度ごと裁きます~

しおしお

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第十話 署名の重み

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第十話 署名の重み

 王都の空は、晴れていた。

 晴れているのに、グラディウス家の屋敷だけが重苦しい。

 止まったのは招待状だけではない。

 信用。
 取引。
 そして――味方。

 

 レオンは書斎に閉じこもっていた。

 机の上には、山のような書類。

 軍需契約書、融資申請書、寄付誓約書。

 どれも、自分の署名入り。

「……なぜだ」

 低く呟く。

 あの日の舞踏会。

 婚約破棄の宣言。

 拍手。
 歓声。
 リリアの涙。

 あの時は、勝者だった。

 今は――被告人のような扱い。

 

 扉がノックされる。

「若様。王宮より追加の提出要請が」

「まだか!」

 レオンが書類を叩きつける。

「どれだけ出せば気が済む!」

「軍需契約の細則と、出資金移動の経路図です」

 

 経路図。

 つまり、金の流れ。

 

 レオンの額に汗が滲む。

 前払い金の一部は、屋敷改修費へ回した。

 別の一部は、社交界での見栄に。

 “後で戻せばいい”

 その軽い判断。

 

 だが。

 署名は、軽くない。

 

 一方。

 私は王宮財務室で書類を確認していた。

「軍需契約の前払い流用、確定しました」

 監査官が淡々と告げる。

「意図的ではなくとも、契約違反は違反」

「ええ」

 

 私は机上の契約書を指先でなぞる。

「署名は、重いものです」

 

 監査官がわずかに頷く。

「あなたはその重みを理解している」

「理解しているからこそ、署名する前に読む」

 

 書類の一枚が差し出される。

「こちらは、婚約契約締結時の原本」

 

 私は目を通す。

 違約条項。担保条項。保証条項。

 すべて、明記済み。

 

「彼は読んでいなかったのでしょう」

「恐らく」

 

 私は小さく笑う。

「勝つ気でいる者は、細則を軽視する」

 

 夕刻。

 王宮大広間。

 追加発表がなされる。

「グラディウス家、軍需契約違反確定」

 ざわめき。

「違約金請求および契約解除」

 

 つまり。

 軍需供給権、剥奪。

 

 同時に。

「南部鉱山採掘権、正式にヴァルディナ公爵家へ移行」

 

 社交界は理解する。

 もう逆転はない。

 

 グラディウス家。

 レオンの父が崩れ落ちる。

「軍需供給が消えた……」

「主要収入源が……」

 

 レオンは呆然と立ち尽くす。

「アウレリアが……」

「違う」

 父が低く言う。

「署名したのはお前だ」

 

 沈黙。

 

 夜。

 私はバルコニーに立つ。

 王都の風は穏やか。

 

「軍需契約解除。大きいですね」

 カレンが静かに言う。

「ええ」

 

 私は遠くを見つめる。

「彼は“女のくせに”と言った」

 

 あの日の言葉。

 

「ならば見せてあげるしかないわ」

 署名の重みを。

 

 社交界では、新たな噂が広がる。

『ヴァルディナ家、軍需契約継承』

『王家完全支持』

『グラディウス家、主要収入消滅』

 

 招待状は止まり、
 爵位は停止され、
 軍需契約は剥奪された。

 

 残るのは、名だけ。

 

 私は静かに呟く。

「奪ったのは地位。失ったのは信用」

 

 そして信用は。

 金よりも、重い。

 

 夜の王都は静かだ。

 だが、ある屋敷だけが。

 確実に、沈んでいる。

 

 署名は、消えない。

 選択も、消えない。
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