役立たず聖女見習い、追放されたので森でマイホームとスローライフします ~召喚できるのは非生物だけ?いいえ、全部最強でした~

しおしお

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第九話 本棚召喚――知識整理が始まる

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第九話

本棚召喚――知識整理が始まる

 きっかけは、本当に些細なものだった。

「……暇……」

 ソファに座り、姿勢を正され続けながら、私はため息をついた。

 掃除スプーンは今日も元気だ。
 雑巾は働き者だ。
 クッションは音量を勝手に調整してくる。

 でも――
 刺激が足りない。

「……何か……
 もう少し……
 頭を使うこと……」

 私は、視線を書き物机に向けた。

 教会から持ち出した、数少ない私物。
 聖典。
 祈祷書。
 召喚理論の基礎書。

「……散らかって……
 きたわね……」

 気づけば、机の上は本で溢れている。

 整理しよう、と思った。

 その時点で、
 すでに間違っていた。

「……そうだ……」

 私は、軽い気持ちで言った。

「……本棚……
 召喚しよう……」

 廃屋を呼べた。
 家を呼べた。
 なら。

「……本棚……
 いける……わよね……」

 召喚陣を描く。

 今回は、かなり雑だった。

 暇つぶし。
 その程度。

「……来なさい……
 本棚……」

 光。

 ぽん。

「…………」

 現れたのは、
 想像以上に大きな書架だった。

「……え……
 ちょっと……
 大きくない……?」

 天井近くまで届く、重厚な木製本棚。
 装飾は控えめだが、異様な存在感。

 次の瞬間。

> 《付喪神:書架》
《機能:知識整理》



「…………」

 嫌な予感が、背骨を走った。

「……整理……?」

 私が何か言う前に。

 ――ザザザザ。

 本が、浮いた。

「……え……?」

 机の上。
 床。
 ベッド脇。

 散らばっていた本が、
 一冊ずつ、宙に浮かび始める。

「……ちょ……
 待っ……」

 書架の前に、
 本が吸い込まれていく。

 しかも。

「……分類……
 されてる……?」

 背表紙が、淡く光る。

 ラベルが浮かぶ。

> 《基礎召喚理論》
《儀式魔術》
《神学》
《実践記録》
《失敗事例》



「……失敗事例……?」

 そんな分類、
 元の本にはなかった。

「……勝手に……
 項目……
 増えて……」

 私は、書架に近づいた。

「……ねえ……
 あなた……」

 返事はない。

 だが。

 作業は止まらない。

 本が並び替えられ、
 隙間なく収まっていく。

「……え……?」

 棚の一角が、光った。

> 《新規生成》



「…………は?」

 棚に、
 見覚えのない本が現れた。

 真っ白な背表紙。

「……これ……
 元から……
 ない……」

 私は、恐る恐る引き抜いた。

 タイトルが、浮かぶ。

> 『あなた用の召喚理論』



「………………」

 喉が、鳴った。

「……私……
 用……?」

 ページを開く。

 中身は――
 空白。

「……?」

 次の瞬間。

 文字が、浮かび上がった。

> 《観測中》
《適応中》
《個体特性:非生物親和》



「……個体……
 特性……?」

 ページが、
 勝手にめくられる。

> 《通常召喚理論:不適合》
《魂付与:自然発生》
《付喪神化:高確率》



「……待って……」

 私は、本を閉じようとした。

 だが。

 閉じない。

「……閉じ……
 ない……」

 次のページ。

> 《推奨召喚対象》
・家具
・道具
・構造物
・概念化可能な非生物



「……概念……?」

 ページが進む。

> 《注意》
《世界法則との齟齬:発生》



「………………」

 背中が、冷えた。

「……世界……
 法則……?」

 さらに。

> 《現象:環境側の最適化》
《結果:努力の不要化》



「……これ……
 第七話……」

 いや。

 今の私の生活、そのもの。

「……本棚……
 あなた……」

 返事はない。

 だが、
 別の本が、光った。

 引き抜く。

> 『世界観測ログ』



「……こんなの……
 なかった……」

 開く。

> 《記録開始》
《対象:召喚師》
《状況:追放後》



「……いつから……
 記録……
 してる……」

 ページをめくるたび、
 私の行動が、文章になっている。

 森で襲われたこと。
 熊のぬいぐるみ。
 廃屋。
 マイホームさん。

「……これ……
 日記……?」

 違う。

「……観測……
 データ……」

 視界に、追記。

> 《解析進行中》
《結論仮説》
《当該個体は“世界に適応する”のではなく》
《“世界を適応させている”》



「………………」

 私は、本を落とした。

 床に、静かな音。

「……それ……
 危険な……
 やつ……」

 熊のぬいぐるみが、
 こちらを見ている。

 いつもより、
 真剣な目。

「……熊……」

 熊は、首を横に振った。

 ――理解不能。

「……そうよね……」

 私は、書架を見上げた。

 本は、
 静かに並んでいる。

 何事もなかったかのように。

 だが。

 世界を説明し始めた時点で、
 それはもう、ただの本棚じゃない。

「……暇つぶしで……
 召喚……
 したのに……」

 私は、苦笑した。

「……だんだん……
 取り返し……
 つかなく……
 なってる……」

 けれど。

 本棚は、
 作業を終えたように、静止した。

> 《整理完了》



「……完了……」

 私は、深く息を吐いた。

「……やる事……
 増えた……
 ような……」

 否。

 もっと、厄介だ。

「……考え……
 始めちゃった……」

 ソファに戻る。

 椅子に姿勢を正されながら、
 天井を見る。

「……スローライフ……
 どこ……」

 マイホームさんは、
 今日も森を歩いている。

 静かに。
 揺れずに。

 その内部で――
 世界を理解しようとする本棚が、
 黙って息をしている。

 こうして。

 追放された聖女見習いは――
 知識という、
 最も危険な仲間を手に入れてしまった。

 次に起きるのは。

 理解ではない。

 実験だ。


---
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