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16-2 直下制圧――四本足で踏み潰す
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16-2 直下制圧――四本足で踏み潰す
外壁タイルの射出が止まった瞬間、
戦場の空気が、奇妙に緩んだ。
魔物たちは、理解したのだ。
――この家は遠距離攻撃型。
――なら、懐に入れば安全。
そんな都合の良い“戦術”が、家具要塞に通用すると思ったのなら、彼らは運が悪い。
いや、運以前に、相手を間違えた。
――ザザッ!
生き残った別動隊が、いっせいに走り出す。
射線を外し、森の木々を盾にし、速度で詰める。
「……来る……!」
騎士の一人が叫んだ。
逃げていたはずの魔物が、今度は王都側ではなく――
あろうことか、マイホームさんへ突進している。
「正気か……!? あれに突っ込むのか!」
騎士団長の声には、驚愕よりも呆れが混じっていた。
だが魔物側は、必死だったのだろう。
長距離から削られ続けるくらいなら、賭けに出るしかない。
マイホームさんは、止まっていた。
四本の脚は地面に突き立ち、
屋根も窓も、いつも通り。
外見だけ見れば、
「ちょっと歩く家」だ。
――ただし、近づくまでは。
別動隊の先頭、角のある獣型魔物が、咆哮した。
「グォオオオオ!」
勢いのまま、家の直下へ潜り込む。
次々と、続く。
数は多くない。
十数体ほど。
だが一体一体が強い。
騎士団が正面から相手をすれば、死傷者が出る相手だ。
「下に入れば……!」
魔物が吼える。
きっと頭の中では、こういう図だ。
家の足元に集まって、
四本脚の関節を狙って、
転ばせて、倒して、崩す。
理屈は分かる。
だが――
相手は家であって、家ではない。
その瞬間、
マイホームさんの内部で、静かな声が響いた。
> 《接近脅威:直下》
《迎撃段階:近接物理》
《対象:排除》
そして、外側。
――ギギ……。
四本の脚が、ゆっくりと動き始めた。
「……動いた……?」
聖女の一人が、息を呑む。
魔物たちも一瞬だけ、足を止めた。
直下にいる者たちは、見上げるしかない。
太い脚。
石造りの柱のように見える四肢が、
ゆっくりと持ち上がる。
持ち上がるだけなら、まだいい。
問題は――
その動きが、あまりにも正確だったことだ。
足が上がる角度。
重心の移動。
次の着地点。
まるで、
「踏み潰すために設計された兵器」みたいに。
魔物の一体が、慌てて後退しようとした。
だが遅い。
――ドン。
落ちた。
落ちた、という言葉は正しくない。
叩きつけられた。
地面がへこみ、土煙が上がる。
そして、音。
――ミシ。
――ミシミシ。
「………………」
その音が、あまりに生々しくて、私は息を止めた。
木が折れる音でもない。
石が砕ける音でもない。
生き物が、形を保てなくなる音だった。
踏まれた魔物が、声にならない声を上げる。
叫びは、途中で途切れる。
マイホームさんの足は、躊躇なく持ち上がり、次の場所へ落ちる。
――ドン。
――ミシミシ。
――ドン。
――ミシミシ。
機械的。
淡々。
冷静。
「……ひ、ひど……」
誰かが呟いた。
だが、否定できない。
魔物たちは、武器を振り上げ、脚を切ろうとする。
関節に噛みつこうとする。
腹の下から突き上げようとする。
だが、攻撃が通らない。
外壁タイルと同じ材質なのか、
刃が弾かれ、牙が折れ、武器が砕ける。
「……硬すぎる……!」
魔物が叫ぶ。
それでも、諦めずにしがみついた個体がいた。
その瞬間。
――バシュッ。
外壁タイルが一枚、近距離で射出される。
手裏剣ではない。
距離が近すぎて回転すらしない。
ただ、刃として飛び出した。
しがみついた魔物の指が、落ちる。
「ギャアッ!」
落ちた魔物の上へ、
四本足のうち一本が、容赦なく落ちる。
――ドン。
――ミシミシ。
魔物たちは、ようやく理解した。
懐に入ったら安全、ではない。
懐に入ったら、逃げられない。
直下は、処刑場だ。
「退け! 退けえええ!」
別動隊の指揮個体が叫ぶ。
だが――
もう遅い。
マイホームさんは、前進を再開していた。
踏む。
潰す。
進む。
止まらない。
――ドン。
――ミシミシ。
――ドン。
――ミシミシ。
土煙の向こう、
騎士団の一部が、青ざめた顔で立ち尽くしている。
「……俺たち、何してるんだ……?」
誰かが呟く。
それは卑屈でも、皮肉でもない。
ただ、純粋な現実認識だった。
彼らが何年も鍛えた剣と盾の戦術が、
今――
歩く家の足元で、意味を失っている。
聖女部隊の中でも、何人かが膝をついていた。
恐怖ではない。
安堵と、虚脱。
「……助かった……」
「……本当に……?」
誰も答えられない。
私も、答えられない。
ただ、ひとつだけ確かなことがある。
この家は、住人を守るためなら、
躊躇なく“敵を排除する”。
それがたとえ、
神殿で教わった“慈悲”や“救済”と矛盾していようとも。
――ガシャン。
最後の一体が、脚の影から逃げようとした。
だが、
マイホームさんの足が、ぴたりとその前へ下りる。
逃げ道を塞ぐように。
魔物が震えた。
「……や……やめ……」
言葉にならない音。
その上から。
――ドン。
終わり。
――ミシミシ……。
音が消える。
戦場に残ったのは、
踏み固められた地面と、土煙と、
そして――
何事もなかったかのように前進する、マイホームさんだった。
まるで、散歩でもするように。
私は、床に手を置いた。
家の中は揺れない。
いつも通りの温度。
いつも通りの静けさ。
だからこそ、怖い。
「……マイホームさん……」
小さく呟く。
「……ありがとう……」
返事はない。
ただ、低く、軋むような音が返ってきた。
――ギ……。
それが肯定なのか、ただの構造音なのかは分からない。
だが。
この日、私ははっきり理解した。
私は戦えない。
剣を持てない。
それでも私は、守られている。
守るのは、私じゃない。
熊でも、剣でも、家具でも、家でもいい。
彼らが守る。
そして、
彼らはそのために動く。
――次は、前線だ。
空ではタンスと熊が戦っている。
地上ではマイホームさんが進む。
魔物軍が崩れた今、
残るは――
最終決戦の“核”。
戦争を終わらせる一撃。
えくすかりばーさんが言っていた。
「投げろ」と。
その意味を、
私はまだ知らない。
だが、次に起こることだけは分かる。
この戦場は、
もう常識の外にある。
---
外壁タイルの射出が止まった瞬間、
戦場の空気が、奇妙に緩んだ。
魔物たちは、理解したのだ。
――この家は遠距離攻撃型。
――なら、懐に入れば安全。
そんな都合の良い“戦術”が、家具要塞に通用すると思ったのなら、彼らは運が悪い。
いや、運以前に、相手を間違えた。
――ザザッ!
生き残った別動隊が、いっせいに走り出す。
射線を外し、森の木々を盾にし、速度で詰める。
「……来る……!」
騎士の一人が叫んだ。
逃げていたはずの魔物が、今度は王都側ではなく――
あろうことか、マイホームさんへ突進している。
「正気か……!? あれに突っ込むのか!」
騎士団長の声には、驚愕よりも呆れが混じっていた。
だが魔物側は、必死だったのだろう。
長距離から削られ続けるくらいなら、賭けに出るしかない。
マイホームさんは、止まっていた。
四本の脚は地面に突き立ち、
屋根も窓も、いつも通り。
外見だけ見れば、
「ちょっと歩く家」だ。
――ただし、近づくまでは。
別動隊の先頭、角のある獣型魔物が、咆哮した。
「グォオオオオ!」
勢いのまま、家の直下へ潜り込む。
次々と、続く。
数は多くない。
十数体ほど。
だが一体一体が強い。
騎士団が正面から相手をすれば、死傷者が出る相手だ。
「下に入れば……!」
魔物が吼える。
きっと頭の中では、こういう図だ。
家の足元に集まって、
四本脚の関節を狙って、
転ばせて、倒して、崩す。
理屈は分かる。
だが――
相手は家であって、家ではない。
その瞬間、
マイホームさんの内部で、静かな声が響いた。
> 《接近脅威:直下》
《迎撃段階:近接物理》
《対象:排除》
そして、外側。
――ギギ……。
四本の脚が、ゆっくりと動き始めた。
「……動いた……?」
聖女の一人が、息を呑む。
魔物たちも一瞬だけ、足を止めた。
直下にいる者たちは、見上げるしかない。
太い脚。
石造りの柱のように見える四肢が、
ゆっくりと持ち上がる。
持ち上がるだけなら、まだいい。
問題は――
その動きが、あまりにも正確だったことだ。
足が上がる角度。
重心の移動。
次の着地点。
まるで、
「踏み潰すために設計された兵器」みたいに。
魔物の一体が、慌てて後退しようとした。
だが遅い。
――ドン。
落ちた。
落ちた、という言葉は正しくない。
叩きつけられた。
地面がへこみ、土煙が上がる。
そして、音。
――ミシ。
――ミシミシ。
「………………」
その音が、あまりに生々しくて、私は息を止めた。
木が折れる音でもない。
石が砕ける音でもない。
生き物が、形を保てなくなる音だった。
踏まれた魔物が、声にならない声を上げる。
叫びは、途中で途切れる。
マイホームさんの足は、躊躇なく持ち上がり、次の場所へ落ちる。
――ドン。
――ミシミシ。
――ドン。
――ミシミシ。
機械的。
淡々。
冷静。
「……ひ、ひど……」
誰かが呟いた。
だが、否定できない。
魔物たちは、武器を振り上げ、脚を切ろうとする。
関節に噛みつこうとする。
腹の下から突き上げようとする。
だが、攻撃が通らない。
外壁タイルと同じ材質なのか、
刃が弾かれ、牙が折れ、武器が砕ける。
「……硬すぎる……!」
魔物が叫ぶ。
それでも、諦めずにしがみついた個体がいた。
その瞬間。
――バシュッ。
外壁タイルが一枚、近距離で射出される。
手裏剣ではない。
距離が近すぎて回転すらしない。
ただ、刃として飛び出した。
しがみついた魔物の指が、落ちる。
「ギャアッ!」
落ちた魔物の上へ、
四本足のうち一本が、容赦なく落ちる。
――ドン。
――ミシミシ。
魔物たちは、ようやく理解した。
懐に入ったら安全、ではない。
懐に入ったら、逃げられない。
直下は、処刑場だ。
「退け! 退けえええ!」
別動隊の指揮個体が叫ぶ。
だが――
もう遅い。
マイホームさんは、前進を再開していた。
踏む。
潰す。
進む。
止まらない。
――ドン。
――ミシミシ。
――ドン。
――ミシミシ。
土煙の向こう、
騎士団の一部が、青ざめた顔で立ち尽くしている。
「……俺たち、何してるんだ……?」
誰かが呟く。
それは卑屈でも、皮肉でもない。
ただ、純粋な現実認識だった。
彼らが何年も鍛えた剣と盾の戦術が、
今――
歩く家の足元で、意味を失っている。
聖女部隊の中でも、何人かが膝をついていた。
恐怖ではない。
安堵と、虚脱。
「……助かった……」
「……本当に……?」
誰も答えられない。
私も、答えられない。
ただ、ひとつだけ確かなことがある。
この家は、住人を守るためなら、
躊躇なく“敵を排除する”。
それがたとえ、
神殿で教わった“慈悲”や“救済”と矛盾していようとも。
――ガシャン。
最後の一体が、脚の影から逃げようとした。
だが、
マイホームさんの足が、ぴたりとその前へ下りる。
逃げ道を塞ぐように。
魔物が震えた。
「……や……やめ……」
言葉にならない音。
その上から。
――ドン。
終わり。
――ミシミシ……。
音が消える。
戦場に残ったのは、
踏み固められた地面と、土煙と、
そして――
何事もなかったかのように前進する、マイホームさんだった。
まるで、散歩でもするように。
私は、床に手を置いた。
家の中は揺れない。
いつも通りの温度。
いつも通りの静けさ。
だからこそ、怖い。
「……マイホームさん……」
小さく呟く。
「……ありがとう……」
返事はない。
ただ、低く、軋むような音が返ってきた。
――ギ……。
それが肯定なのか、ただの構造音なのかは分からない。
だが。
この日、私ははっきり理解した。
私は戦えない。
剣を持てない。
それでも私は、守られている。
守るのは、私じゃない。
熊でも、剣でも、家具でも、家でもいい。
彼らが守る。
そして、
彼らはそのために動く。
――次は、前線だ。
空ではタンスと熊が戦っている。
地上ではマイホームさんが進む。
魔物軍が崩れた今、
残るは――
最終決戦の“核”。
戦争を終わらせる一撃。
えくすかりばーさんが言っていた。
「投げろ」と。
その意味を、
私はまだ知らない。
だが、次に起こることだけは分かる。
この戦場は、
もう常識の外にある。
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