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17-1 必殺の予感――聖剣が「投げろ」と告げた時
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第十七話①
必殺の予感――聖剣が「投げろ」と告げた時
戦場は、奇妙な静寂に包まれていた。
別動隊は壊滅し、
空中戦力は制圧され、
地上ではマイホームさんがゆっくりと前進を止めている。
魔物の軍勢は、もはや統率を失い、
あちこちで逃走を始めていた。
「……退いている?」
王国騎士団長が、信じられないものを見るように呟く。
本来なら、ここで勝利宣言をしてもおかしくない。
王都は守られ、前線は持ちこたえた。
――だが。
誰もが、なぜか「終わっていない」感覚を拭えずにいた。
空を見上げる。
そこには、
飛ぶタンスの背に立つ、熊のぬいぐるみ。
熊は静かに、えくすかりばーさんを構えている。
その姿は、
動かない彫像のようでありながら、
戦場全体を見下ろす“騎士”そのものだった。
その時。
――キン。
澄んだ金属音が、戦場に響いた。
えくすかりばーさんが、微かに震えたのだ。
――キン、キン。
「……?」
騎士団の誰かが、眉をひそめる。
魔物の咆哮でも、
魔法の詠唱でもない。
それは、意思を持った音だった。
次の瞬間。
えくすかりばーさんの声が、
戦場に、はっきりと響いた。
『――投げろ』
「………………」
一瞬、時が止まった。
聖女たちが、言葉を失い、
騎士たちが耳を疑い、
私は、思わず空を見上げた。
「……え?」
えくすかりばーさんは、淡々と続ける。
『この戦いは、まだ終わっていない』
『逃げ延びた魔物は、必ず再び群れを成す』
『王都は、今日だけ守れればいい場所ではない』
熊のぬいぐるみは、
ぴくりと、耳を揺らした。
それだけ。
言葉はない。
だが、
聖剣の言葉を“聞いている”ことだけは、はっきり分かる。
「……投げる、って……」
聖女の一人が、震える声で言った。
「誰が……?」
誰が、という問いに、
答えは一つしかなかった。
全員の視線が、
自然と――
熊のぬいぐるみに集まる。
熊は、
視線に応えることなく、
静かにえくすかりばーさんを握ったままだ。
えくすかりばーさんが、続ける。
『私を、高く投げ上げろ』
『できるだけ高く』
「……それは……」
騎士団長が、言葉を探す。
「……危険すぎる……」
『理解している』
聖剣は、即座に答えた。
『だが、それが最も確実だ』
私は、思わず声を上げた。
「……どうして……
そんなことを……?」
一瞬、沈黙。
そして、えくすかりばーさんは、
静かに告げた。
『重力は、逃げない』
『どれほど数が多くても、どれほど散らばっても』
『等しく、落ちる』
誰もが、背筋に寒気を覚えた。
「……まさか……」
聖女の一人が、顔を青ざめさせる。
『成層圏近くまで、私を投げ上げろ』
『そして――落とす』
その言葉に、
戦場全体が凍りついた。
「……落とす……?」
『私は聖剣だ』
『耐久は問題ない』
『問題は――』
えくすかりばーさんは、
一拍置いてから言った。
『地上の方だ』
誰も、否定できなかった。
熊のぬいぐるみが、
ゆっくりと剣を見下ろす。
表情は変わらない。
だが、
その動きは、
“考えている”ことをはっきり示していた。
えくすかりばーさんが、静かに言う。
『君は、投げるだけでいい』
『狙いも、制御も、不要』
『私は、落ちる場所を選ぶ』
熊のぬいぐるみは、
しばらく動かなかった。
そして――
ぎゅ、と、柄を握り直す。
それだけ。
言葉はない。
だが、その仕草は、
了承だった。
私は、胸の前で、手を組んだ。
「……お願いします……」
誰に向けた祈りなのか、
自分でも分からない。
神か。
運命か。
それとも――
家と家具と聖剣か。
タンスが、ゆっくりと高度を上げ始める。
雲が近づき、
地面が遠ざかる。
戦場の誰もが、
それを見上げていた。
止める者はいない。
止められる者もいない。
この戦争を、
今日で終わらせるための一撃。
えくすかりばーさんが、
最後に、静かに告げた。
『――準備はいい』
熊のぬいぐるみは、
無言のまま、
大きく、後ろへ腕を引いた。
次の瞬間。
世界は、
重力の話を始める。
---
必殺の予感――聖剣が「投げろ」と告げた時
戦場は、奇妙な静寂に包まれていた。
別動隊は壊滅し、
空中戦力は制圧され、
地上ではマイホームさんがゆっくりと前進を止めている。
魔物の軍勢は、もはや統率を失い、
あちこちで逃走を始めていた。
「……退いている?」
王国騎士団長が、信じられないものを見るように呟く。
本来なら、ここで勝利宣言をしてもおかしくない。
王都は守られ、前線は持ちこたえた。
――だが。
誰もが、なぜか「終わっていない」感覚を拭えずにいた。
空を見上げる。
そこには、
飛ぶタンスの背に立つ、熊のぬいぐるみ。
熊は静かに、えくすかりばーさんを構えている。
その姿は、
動かない彫像のようでありながら、
戦場全体を見下ろす“騎士”そのものだった。
その時。
――キン。
澄んだ金属音が、戦場に響いた。
えくすかりばーさんが、微かに震えたのだ。
――キン、キン。
「……?」
騎士団の誰かが、眉をひそめる。
魔物の咆哮でも、
魔法の詠唱でもない。
それは、意思を持った音だった。
次の瞬間。
えくすかりばーさんの声が、
戦場に、はっきりと響いた。
『――投げろ』
「………………」
一瞬、時が止まった。
聖女たちが、言葉を失い、
騎士たちが耳を疑い、
私は、思わず空を見上げた。
「……え?」
えくすかりばーさんは、淡々と続ける。
『この戦いは、まだ終わっていない』
『逃げ延びた魔物は、必ず再び群れを成す』
『王都は、今日だけ守れればいい場所ではない』
熊のぬいぐるみは、
ぴくりと、耳を揺らした。
それだけ。
言葉はない。
だが、
聖剣の言葉を“聞いている”ことだけは、はっきり分かる。
「……投げる、って……」
聖女の一人が、震える声で言った。
「誰が……?」
誰が、という問いに、
答えは一つしかなかった。
全員の視線が、
自然と――
熊のぬいぐるみに集まる。
熊は、
視線に応えることなく、
静かにえくすかりばーさんを握ったままだ。
えくすかりばーさんが、続ける。
『私を、高く投げ上げろ』
『できるだけ高く』
「……それは……」
騎士団長が、言葉を探す。
「……危険すぎる……」
『理解している』
聖剣は、即座に答えた。
『だが、それが最も確実だ』
私は、思わず声を上げた。
「……どうして……
そんなことを……?」
一瞬、沈黙。
そして、えくすかりばーさんは、
静かに告げた。
『重力は、逃げない』
『どれほど数が多くても、どれほど散らばっても』
『等しく、落ちる』
誰もが、背筋に寒気を覚えた。
「……まさか……」
聖女の一人が、顔を青ざめさせる。
『成層圏近くまで、私を投げ上げろ』
『そして――落とす』
その言葉に、
戦場全体が凍りついた。
「……落とす……?」
『私は聖剣だ』
『耐久は問題ない』
『問題は――』
えくすかりばーさんは、
一拍置いてから言った。
『地上の方だ』
誰も、否定できなかった。
熊のぬいぐるみが、
ゆっくりと剣を見下ろす。
表情は変わらない。
だが、
その動きは、
“考えている”ことをはっきり示していた。
えくすかりばーさんが、静かに言う。
『君は、投げるだけでいい』
『狙いも、制御も、不要』
『私は、落ちる場所を選ぶ』
熊のぬいぐるみは、
しばらく動かなかった。
そして――
ぎゅ、と、柄を握り直す。
それだけ。
言葉はない。
だが、その仕草は、
了承だった。
私は、胸の前で、手を組んだ。
「……お願いします……」
誰に向けた祈りなのか、
自分でも分からない。
神か。
運命か。
それとも――
家と家具と聖剣か。
タンスが、ゆっくりと高度を上げ始める。
雲が近づき、
地面が遠ざかる。
戦場の誰もが、
それを見上げていた。
止める者はいない。
止められる者もいない。
この戦争を、
今日で終わらせるための一撃。
えくすかりばーさんが、
最後に、静かに告げた。
『――準備はいい』
熊のぬいぐるみは、
無言のまま、
大きく、後ろへ腕を引いた。
次の瞬間。
世界は、
重力の話を始める。
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