役立たず聖女見習い、追放されたので森でマイホームとスローライフします ~召喚できるのは非生物だけ?いいえ、全部最強でした~

しおしお

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17-2 成層圏投擲――空へ

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17-2 成層圏投擲――空へ

 タンスは、音もなく高度を上げていった。

 回転はない。
 揺れもない。
 まるで最初から、空を飛ぶために生まれた存在のように、滑らかに上昇していく。

 戦場が、遠ざかる。

 地面に立つ騎士たちは、剣を下ろしたまま、ただ空を見上げていた。
 聖女たちも、祈りの手を胸に当て、視線を離せない。

 彼らの頭上を、常識から逸脱した光景が通過していく。

 ――空飛ぶタンス。
 ――その背に立つ、熊のぬいぐるみ。
 ――手に握られた、伝説級の聖剣。

 雲が近づく。

 白く、厚く、視界を遮る。

 タンスは、雲を突き抜けた。

 視界が一瞬、真っ白になる。
 湿った冷気が、肌にまとわりつく。

 だが、内部の空間は変わらない。
 マイホームさんの空調は、ここまで追随していた。

 雲を抜けると、空の色が変わった。

 青が、濃くなる。
 光が、鋭くなる。

 熊のぬいぐるみは、背筋を伸ばしたまま、動かない。

 表情は変わらない。
 だが、両脚の踏ん張りだけが、わずかに強くなっている。

 えくすかりばーさんが、静かに告げる。

『高度、十分』

『――もう少し』

 タンスは、なおも上昇を続ける。

 風の音が、変わる。
 空気が、薄くなる。

 雲は、はるか下だ。

 地上の戦場は、すでに点の集合に過ぎない。
 王都の城壁も、森も、一本の線のように見える。

 熊のぬいぐるみは、視線を落とした。

 見えるのは、地形ではない。
 **魔物の群れの“分布”**だ。

 逃げる者。
 立ち止まる者。
 恐怖で散開する者。

 それらが、地上に、薄く広がっている。

 えくすかりばーさんの声は、淡々としていた。

『この高度で、投擲』

『角度は不要』

『力だけでいい』

 熊のぬいぐるみは、返事をしない。

 ただ、えくすかりばーさんを持ち直す。

 重い。

 だが、その重さは、今や“抵抗”ではない。
 蓄積されるエネルギーだ。

 熊は、足を広げた。

 タンスの背の端まで、歩み寄る。

 落ちれば、戻れない位置。

 それでも、ためらいはない。

 熊は、ゆっくりと、腕を後ろへ引いた。

 背中の縫い目が、わずかに伸びる。
 綿が軋むような、かすかな音。

 人形の身体が、限界まで力を溜める。

 えくすかりばーさんが、短く告げた。

『――今だ』

 熊のぬいぐるみは、
 振り抜いた。

 音は、なかった。

 いや、正確には――
 音が追いつかなかった。

 えくすかりばーさんは、
 光の線となって、空へ消えた。

 視界から、瞬時に消失。

 投げた直後、
 熊のぬいぐるみは、わずかに前のめりになる。

 だが、倒れない。

 タンスが、即座に姿勢を補正した。

 上空。

 えくすかりばーさんは、なおも上昇している。

 速度が、落ちない。

 重力に引かれる前に、
 投擲の初速が、すべてを凌駕していた。

 雲より上。
 鳥の届かない高さ。

 やがて、空の色が、さらに変わる。

 青が、黒に近づく。

 太陽が、刺すように輝く。

 成層圏。

 えくすかりばーさんは、そこで――
 止まった。

 正確には、
 上昇と下降が、釣り合った“瞬間”。

 世界が、一瞬、静止する。

 地上では、誰もそれを見ていない。
 見えるはずもない。

 だが、確かにそこに、
 聖剣は存在していた。

『……よし』

 その声は、誰に向けたものでもない。

 ただの、確認。

 次の瞬間。

 えくすかりばーさんの表面に、
 光が集まり始めた。

 柄。
 鍔。
 刃。

 すべてが、膨張する。

 巨大化。

 聖剣は、剣の形を保ったまま、
 信じられない速度でサイズを増していく。

 剣というより、
 塔。

 いや、
 落下する天体に近い。

 重さが、桁を越える。

 えくすかりばーさんが、静かに告げた。

『――開始』

 それだけ。

 次の瞬間、
 聖剣は、落ちた。

 最初は、ゆっくりと。

 だが、すぐに加速する。

 大気が、悲鳴を上げる。

 空が、歪む。

 摩擦で、光が生まれる。

 地上から見れば、
 それは――

 流星だった。

 騎士団の誰かが、空を見上げ、叫んだ。

「……星が……落ちてくる……!」

 聖女たちが、息を呑む。

 王都の人々が、
 遠くの空に現れた光に、顔を上げる。

 熊のぬいぐるみは、
 タンスの背で、ただ見送っていた。

 動かない。

 表情も、変わらない。

 だが、その背中は、
 確かに――
 すべてを託した者の背中だった。

 落下は、止まらない。

 加速は、続く。

 そして――
 次に来るのは、
 衝突。

 戦争を、終わらせる瞬間。

 だが、それは、
 まだ描かれない。

 描かれるのは、
 次の一話だ。


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