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第2章-4:周囲の不安と王女の微笑み
しおりを挟む王立学園の一室――通称“貴賓応接室”。
普段は使用されることも少ない、上位貴族専用の空間である。
舞踏会を翌日に控え、数人の側近たちがそこに集められていた。
「……このままで本当にいいのだろうか」
「殿下は本気で、婚約を破棄なさるおつもりのようです」
「何というか……あまりに無謀すぎます」
「相手はラファール王国の第二王女ですよ? 王宮では“紅の姫君”と呼ばれる御方だとか」
重苦しい沈黙。
室内にただ一つ響くのは、時計の針の音だけだった。
彼らは、エルマー王子の側近や教育係、護衛官たち。
その誰もが、王子の気性と突飛な行動を知っていた。
そして今、皆が同じ不安を抱えていた。
――このままでは、外交問題になりかねない。
「殿下は、心優しいお方です。ただ……ご自分の感情を優先しすぎる節がある」
「何とか、止める方法はないものか……」
「明日の舞踏会、万が一のために医師団と衛兵の配置を強化しましょう。ラファールの側がどんな反応を示すか……」
そのとき。
扉がノックされ、声が響いた。
「失礼します。クレア・ミゴール嬢がご来訪です」
一瞬、室内が凍りつく。
まさか、この場に? なぜ今?
だが、彼女――いや、ラファール王国第二王女クレハ・アルフェリア・ラファールは、堂々と姿を現した。
真紅のドレスではなく、上品なラベンダーの制服姿。
それでも隠しようのない気品と、透き通るような威厳。
彼女が軽く会釈しただけで、場の空気が一変した。
「皆さま、ご心配をおかけしております」
優しい声。
しかし、その奥底には芯の強さがあった。
「……姫、もとい、クレア様。明日の件について、お耳に入っておりますか」
「ええ。殿下が何をなさるおつもりか、だいたい見当はついております」
「もし、あの場で正式に破棄が宣言された場合、ラファールとしては……」
クレハは、静かに右手を上げた。
「……問題ございません」
「え?」
「それも、織り込み済みです。わたくしは、舞踏会で真実を明かす覚悟でおります」
「し、しかし……それでは姫のお立場が……」
「いえ、むしろ明かすことで整理されることもございます」
クレハは一歩、窓際へ歩み出て、外の中庭を見下ろす。
初夏の風がレースのカーテンを揺らす中、彼女の横顔は柔らかくも、どこか寂しげだった。
「殿下は、わたくしを知らぬまま拒もうとしていらっしゃる。でも、それでよいのです」
「よい、とは……?」
「本当に必要な縁ならば、たとえ遠回りをしても、巡り会いますわ」
「……それは、殿下に期待しておられるのですか?」
「それは……どうでしょう」
クレハは、ふっと笑った。
「……ただ、明日は“わたくしの舞台”でもありますの」
「舞台……ですか?」
「はい。誰かに与えられる場ではなく、自らが立つ場。王女として、ではなく、一人の人間として。
殿下の“自由”に答えるために、わたくしも“誇り”を持って立ちます」
誰もが言葉を失った。
それは、王族の婚約者という立場では決して語れぬ“覚悟”だった。
「どうぞ、殿下にお伝えください」
「……明日は、“楽しい夜”になりますわ」
そう言い残し、クレハは一礼して、部屋を後にした。
その背中は揺るぎなく、美しく、そして――
誰よりも強く見えた。
* * *
その夜。
エルマーはまた、自室の書斎で書きかけの原稿に目を通していた。
舞踏会での“宣言”の草稿だ。
「これでいい……はずだ。俺は、俺の道を選ぶ」
だが、その手元が少しだけ震えていることに、本人はまだ気づいていなかった。
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